第153話「魔術師」
たった数センチにも満たない欠片だったからか、気を失っても数分で戻ってこられた。らしい。
「俺が説明を早くしていれば良かったかもしれないがな! もう少し、慎重になって行動するとかできないのかよ。お前、意識喪失がどれだけ重いことか理解出来ていないだろ」
「……すみません」
こうやって、九鬼の説教を真正面から受けている時、机の上を転がっていた神鋼が目に入る。
「まぁ、いい。神鋼をお前の手から離せばある程度早くに回復することはこれで確認できた」
「実証済みか」
「元はお前の妹達が言っていたことだからな。マッドサイエンティスト扱いはするなよ」
そう扱うつもりはないけど、人体実験が好きそうな感じはするな、とは思う。
今回は利害の一致の節があるから、特にその印象が強くなっているのもあるだろう。
「……本当に、お前、刀打っているのか」
「なんだよ、疑っているのか」
「疑っているというよりかは、信じられない。欠片の大きさでも意識がなくなる奴が、基準量の神鋼を触っていて平気だとは思えない」
それもそうか。
小さな存在で卒倒しているのなら、一キロ以上の神鋼なんか触ったらどうなる。
実際、どうなった。
木箱から取り出したものを、そのまま触って見事ぶっ倒れたじゃないか。
それ以上の証明は必要ない。
「榊先生なら、何か知っているかも」
「榊先生が?」
休憩室となった畳の上でこの状況があってなお、イビキをかきながら寝ている背中を見る九鬼。
こんなことがあっても身動ぎもしないのか、あの先生は。
「あの人、俺が刀を打っている時の監視役だからさ。俺は覚えていないことを、榊先生なら覚えている可能性はある」
「確かにな」
言うやすぐさま榊先生を叩き起す九鬼。
文字通り、背中を叩き起こした。
「あんだ……」
「榊先生、四季透はいつもどうやって刀を打っていますか」
「教師へ向かって張り手食らわせて何もなしか」
「教師なのに四季透が気絶した時、ぐーすか寝ていたあなたに言われたくありませんよ」
「うへぇ、正論使うな。そいつ、意識がなくても動けるから危険な行為をしなかったら大抵は無視していいんだぞ」
なんだその無責任。
とは、口が裂けては言えなかった。
なんせ、俺が気を失ってまで刀を打ちたいと駄々をこねているわけだ。事実、他の先生からも鍛冶科からの転属も打診された。この状況を見られて、危険だからと刀を打たないように。
刀へ触れられないように、提案もされた。
それを跳ね除けて、押しのけたのは俺だ。
「というか、そいつが刀を打ち始めたのはここ最近の話だろうが。こっちだって、どれが良くて悪いのか、そこら辺の突き詰めもなしに俺へ一任されたんだぞ。俺が見て判断して、決めるのが悪いと思うなら倒れるんじゃねえよ」
「ここ最近? 四季透は鍛冶科でしょう。それまでに一本は打たなきゃいけないんじゃなかったですっけ」
「ギリギリになってな。一年生の集大成というわけじゃないが、一年生の終わりに打つことにはなっていたが、そいつ、頑なに打たなくてな」
そういえば、色んな先生から焦らされた――というより、詰められたような気がする。
いつになったら、打つ。
もう、大半の生徒は形にしたぞ。
四季家だろうと、課題くらいはやってくれ。
そんな言葉を浴びたはずだ。
ごもっともな話ばかりだった。
「最終日の夜中まで刀すら打たなかった――というか、今の技術で刀を打つことに嫌悪感満載でな。駄々こね始めたから、この場所を教えたら呆気なく打ちやがってな。しかも、あれやこれやと私物を持ち込んできやがって」
今の技術が嫌い。
それはそうだ。機械に打たせるくらいなら、自分の腕はなんのためにあるというのだ。
楽を嫌っているわけじゃない。
気楽を遠ざけているわけではない。
自分の打っていない刀は、刀じゃないから信用していないだけだ。そんなもので戦いたくない。
この手で打つことが納得の一打になるからだ。
負けても、折れても、曲がっても、それは自分の成果となって糧となる。
その過程が欲しい。
だから、機械という手段では打ちたくない。
「好き嫌いの激しいペットが、ようやく食べたのが市販のペットご飯だったみたいな感じだ。あーでもない、こーでもないとかこだわったものをとことん嫌っていたし、今でもそんな感じだしな」
「人をペット扱いしないでくださいよ」
「じゃあ、機械で刀打ってこいよ」
「死んでも嫌です」
「ほらみろ」
俺と榊先生のやり取りを観測して、ある程度の区切りがついたと判断した九鬼は、少しの気だるさが滲んだ色を声へ含ませる。
「それで榊先生。四季透はどうやって刀を打っているのでしょうか? 質問にお答えしてくれませんと、監督不行届を提出しますよ」
怖。
いや、凄みがある。
お前、そんな顔できるのかと心底驚くことを遠ざけるほどに、殺意に似た感情の注視に必死だ。
「そうやって大人を脅すな。社会を舐め腐ったガキンチョみたいな言い方は品がないだろ。それでも『鬼族』の人間かよ」
「…………」
しかし、榊先生の方が上手だったのか、それとも『鬼族』の一人であることに重みが置かれているのか、九鬼は一文字に唇を結ぶ。
「言っておくが、そいつ自身覚えていないぽいからって、俺が言ったことを嘘だとか決めつけんじゃねえぞ」
「そんなことはしません」
「じゃ、そいつがどんな感じで打っているか、か……。何から説明するか。とりあえず、神鋼を触ってから意識が無くなるのは見ての通りだと思うが」
見ていなかったわけではないようだ。
むしろ、その状況を俺は知らないけど。覚えていることといえば、一瞬で、真っ白な世界に置き去りとなっただけだ。
「ただ、意識喪失とか言っておきながら、数分もすれば立ち上がって動き始める」
「ゾンビか?」
「そんな奇怪な姿をしていると思う?」
そんなわけがないと九鬼に冷たく答える。
冗談を愉快に返したつもりだったが、あまりウケなかったようだ。
「それで。動き始めるてことは、この間の試合――長虫弁天との試合のような感じ、といったところですか」
「近いようで遠い。むしろ、真反対にあるかもしれないが、無意識の意識下という意味では似たようなものだろうが、本人的にはどうなんだ。試合中、覚えていることはあるのか」
途端、二人の目が集まる。
んー、試合中のことか。
「覚えてはいる」
「覚えては? やけに他人事だな」
九鬼の指摘を受け、少し淀む。
どうして、他人事な言い方が自然と零れてしまったのか。そして、それを違和感なく、言い切ってしまった選択をとれたのか。
「それが無意識の中にある自意識みたいなもんだろ。自分自身を客観的に見た時、そう思ったからその言い方になった。何も間違っているわけじゃない」
榊先生のフォローもあってか、腑に落ちた様子の九鬼。露骨に「ふぅーん」と怪訝そうな顔をするのは、俺が現象の説明が出来ていないことによる、不信感からだろう。
本人の知覚以上に、信じられるものはない。
そう言いたげだ。
「で、無意識の意識下の中。四季透は何をしているのでしょうか」
「刀を打っているな。鬼の形相で」
「…………それは苦しんでいるんじゃ」
「いいや、苦しんでいるわけでもない感じだな。どちらかといえば、怒っている」
怒っている。
俺が、無意識でも怒っている。
それは、誰に対してだ。何に対してだ。どんなことに怒っている。何に憤慨し、何に憤り、何に感情を沸騰させている。
分からない。
考えても、思い出そうとしても、霧がかってる。
覚えていない。
ただ、なんとなく、正解はありそうな気がする。
根源的な、当たり前となって居座っているふてぶてしい存在に、だろう。
「四季透、お前は刀を打つ時、何かへ怒りを抱きながら打っている。果てしない努力を掴み取る夢追い人でも、宝物庫への扉を開く略奪者でも、全てを手中に収めようとした征服者でもなく、ただただ、際限なく湧き上がる憎悪を刀へひたすら込め続ける魔術師のようだ。お前が打っているのは刀じゃなくて、五寸釘を打っている。それも、憎しみに満ちた醜い顔で」
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投稿が遅くなってしまい、申し訳ございません。
言い訳としましては、ここ二ヶ月ほど仕事が多忙を極めておりまして、何がなんでも上司の負担を減らそうと躍起になっていたら投稿が滞ってしまった、という次第です。
誠に申し訳ございません。
また、十二月で更に忙しくなるので楽しみに待ってくださる方は、気長にお待ちしていただければ、と思います。
頑張って時間を作っていきますので。
改めて、長らくお待たせしてすみませんでした。




