第151話「カンカン」
桜坂さんが数分、あれやこれやを考えて唸っていると、不意に悩みがちな瞳が俺へと向く。
なにか、顔を見ればヒントになるんだろうか。
それならそれで、見せていてもいいか。
と、呑気に思っていると桜坂さんは、おずおずと口を開いた。
「透さんて、神鋼を持った時てどうなりますか?」
「……なんで敬語で?」
「いや、評価ポイントになるかなー、て」
「それはないかも……。先輩は先輩ですから、いつも通りでお願いします」
この人、結構本気で考えているらしい。
そこまで必死にならなきゃいけないのか、進路とやらは。そんな覚悟、俺が持てるだろうか。
いや、そんな先の話よりも今は目の前のことからか。
「……神鋼を持った時、か。んー、それはどうして?」
「え、ほら、慣れちゃえばどうにかなるかなー、ていう根性論。好きでしょ」
「…………返しに困りますけども、まぁ」
水を飲むのはいけないだとか、エアコンをつけると夏バテしやすくなる、とかは好きじゃないけど、ひたすら一つのことに打ち込む根性は好きだ。
そういう意味だと、神鋼で気絶してしまうのなら、慣れてしまうまで触っていればどうにかなるんじゃないか、というのは近いような気がしてマシだとは思う。
だが、思い出せない。
なにせ、さっき気づいたことだが、俺は刀を打っている間の記憶がまるっきり無いようだ。
気づいたのも奇跡だが、勝手に刀が出来ていたのと、記憶にないのに、それがどういう性質なのかは把握していたのは、記憶喪失していたからかもしれない。
もちろん、厳密には違うかもしれないが、思い出せない現実がより濃厚になるだけだ。
と、なれば、物は試しという言葉がある。
俺は立ち上がり、休憩室へと無造作に靴を脱いで上がる。そのまま、部屋の一角に敷かれた畳を引き剥がす。
すると、小物が二、三個ほど入るだけの空間が出てくる。無論、そんなのは既に木箱で埋められているが。
それを持ち出す。
「そんなところに隠しているのですか」
「隠しているわけじゃないけど、一応、厳重管理が必要な物だろ。で、鍛冶場にそんな大事な物を保管できる場所なんか無いから、榊先生がここでいいって」
「そんな梅干し作ってるんじゃないだからよ……生徒会に申請したら金庫くらい置いてくれるぞ」
「そうなのか……!」
なんで榊先生は教えてくれなかったんだ。
それならそうと言ってくれよ。なんで俺は床下収納をしてまで大切に隠していたんだ。
へそくりじゃあるまいし。いや、へそくりみたいな重要資源ではあるか。
「……ちゃんと、申請し忘れるなよ。これだけの人間が見たんだぞ」
「分かってるって。で、試しに触ってみるから、何かあったら頼むぞ」
「……暴走でもするのか?」
「その方がマシかもしれないけど、もしかしたらぶっ倒れるかもしれない」
刀を打っていて何も身体に異常が出ていない。いや、記憶喪失以外は特に不自由はないから、恐らく、意識が飛んでいるだけかもしれない。
だとすれば、気絶の類なわけで。その時は床に寝かせておいて欲しいのだ。
そのことをいち早く理解した叶と夢は、神妙な面持ちで頷いてくれる。
何もないのが一番だが、万が一は考えておく必要はある。
「じゃ――」
木箱の中に収まった黒鉄の塊。煌びやかとは正反対な原石の状態で、至る所は摘出された時のままの刺々しい様子を残している。
鉱石と言えば、こんな見た目だよな。そんな感じをしている。
その一部分に、いつものように触れる。
◆
「あ、目が覚めた」
「…………ん」
うっすらと開いた瞳に映るのは、叶の穏やかな顔。
なんだ、どうして、俺は叶に膝枕をされているんだ。
「兄さん、覚えていることはある?」
「いや……いや、ある。確か、試しに神鋼へ触ろうって話になって、それから……」
意識を失っていたらしい。
というより、意識を失っていたかどうかでさえもあやふやだ。特に、神鋼へ触るかどうかの話でさえ夢のような感じさえしている。
もしかしたら、夢の話かもしれない。
「兄さん、神鋼へ触った瞬間に卒倒したんだよ。もー、ねー、びっくりだよね。よく今まで刀打ってて平気だったのかなとか不思議だよね。そんなことはどうでもいいか。
とにかく、まだ体を起こさないようにね」
「……でも、重いだろ」
「こういう時は妹の厚意に甘えるべきだよ」
額をぐりぐりと押される。
まぁ、いいか。ここは甘えるべきだろう。まだ、神鋼へ触れた右手が痺れているし、落ち着くまではこのままいよう。
「他の人は?」
「とりあえず、解散したよ。九鬼さんはまた顔を見せに来るとは言ってたけど。兄さんがぶっ倒れたから、色々試してみたいことがあるとかも言ってたし」
「物騒なやつだな。俺を実験体かなんかと思ってるのかよ」
「科学者みたいだよね。なんか、神鋼の含有量で変わるかもしれないし、質量の違いも試してみないと、とか言ってたし」
俺で実験する気満々じゃないか。
そこまで露骨に言うものかよ。
いや、まぁ、壱鬼から頼まれたらしいのだから、本気で臨んでいる姿勢なんだろう。そう思うことにしよう。それ以外を考えるのは、ちょっと怖いし。
「兄さんも、別に悪い気はしていないんでしょ」
「そんなことは……まぁ、実際、あの日記に書かれていることは実験の記録みたいなものだし、恨みつらみが節々にあっても、多少なりとも危険な挑戦をしなきゃ前へ進めないだろうしな」
それが九鬼の手によって進んでいることは、少し納得はしていないが、感情を切り離して考えるべきだろう。
使えるものは使う。
できることは、できるうちにやる。
そういう精神でなければ、四季家の再興だとかは不可能だろう。
今、どのくらい落ちぶれているのかは分からないが、予選を勝ち抜いて、本戦に出場したのだから、多少は評価が変わっていればいいな。
「じゃ、あたしはそろそろ行こうかな」
「ん、もう行くのか」
「そりゃね。九鬼さんへ目を覚ましたこと言ってこなきゃだし」
軽くした頭に合わせて叶の膝が遠のいていく。
そのまま、特に足が痺れた様子もなく慣れた靴を履いて出ていく。
だが、玄関の手前で立ち止まった。
「あ、そういや、望ちゃんにこのこと言ったからちゃんと謝ってね」
「このこと、て、九鬼に色々教わる話か?」
「いやいや。望ちゃんはそんなことで怒ったりなんかしないよ。もう終わったことに区切りはしっかりつける子だし。そうじゃなくて、兄さんがまた倒れたから、カンカンだよってこと」
「……どのくらい怒ってる?」
「それは謝ってから言ってあげるよ。じゃあね」
「お、おい」
呼び止める暇もなく、駆け抜けていった。
逃げ足だけは早い。
……でもま、仕方ないか。怒られても仕方ない。心配をかけたのもそうだし、不安にさせたのも事実だ。
誠心誠意謝って、許してもらおう。多分、これから何度も起こりそうだし、そのことも伝えなきゃか。
そうこう、うだうだと考え、開け放たれた扉をとりあえず閉めようと近づく。
すると、扉の向こう側。そこから小さな影が俺の胸にしがみついてきた。
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