第150話「試合ではボコボコにしてやる」
多角的に、多方面を意識して物事を観察する。
それ自体は、その言葉自体は簡単に見えるが、俺達にとってはとてつもない難易度を誇った。
というのも、元々、閉鎖的な一家がいざ上下左右に目配せして、現象の確認や視認をできるかと言えば、仲の良さが仇となってしまう。
似ている兄妹であり、似通った兄妹であり、似すぎた兄妹であるために、思考や視点までもほぼ似てしまっているのだ。
「だったら、色んな人に聞いてみればいい」
「そう簡単に言うけどな〜」
「簡単だろ。聞いてみて、答えが出て、出なくても、どちらでもいい。やってみて判断してみろ」
そう言いながら、九鬼は一人思考の旅に出かけている桜坂さんを指差す。
無機質に、無感情で指名された桜坂さんは驚き、現実に帰ってきてくれる。
「え、なに?」
「桜坂先輩。一つ、お聞きしたいことがありまして、いいですか」
「え、うん。話がなんだかよく分からないけど、それでもいいのなら」
「問題ないですよ」
――そもそも、答えが見つからない前提なのだから。
そう言いたげな、物事そのものを試すように唇を歪ませる九鬼。
まるで、研究者みたいだ。
「桜坂先輩にとって、苦手なものに挑むとなったら、どうしますか?」
「……それって、どういうこと」
「例えば、苦手な相手。その相手と戦うとなったら、どんな準備をしますか」
「んー……苦手な相手。苦手ね。私、結構王道な戦い方をしない人は苦手だから、とにかく、残っているアーカイブを見ながら癖を掴むかな」
「今回でいうなら、長虫さんとかが近いですか」
「あ! そうそう、あんな感じに動かれると翻弄されちゃうから苦手なんだよね」
「そのために、情報収集をして、対策と作戦をたてるわけですね」
それは、戦う上で大事なことだ。
そして、大抵の人はやっていることだ。
もちろん、事前情報を頭に入れていた方が動きやすい人や、アドリブで対応することにアドレナリンをどばどば放出するタイプとで変わってくるが、その違いでしかなく、大概の人はやっている。
だから、答えになりそうじゃないけど。
だが、そんなことを言うのはナンセンスだ。
そもそも、前提は違う。今はなんでもいいから意見が欲しい。考えるためのきっかけを無作為に選びたいのだ。
そういう意味でいうなら、この答えになりそうのないことはなぜ答えじゃないのか。
それを考えればいいだけだ。
「でも、作戦立ててもどうにもならない時はどうしますか」
「………………」
九鬼の質問に、長考をする桜坂さん。
答えに悩んでいるというよりかは、思い出しているようにも感じる雰囲気を纏い、やがて口を開く。
「……どうにもならない時はそれはそれで納得できるからいいんだけど。大抵そういう時て、基礎力で負けてるとは思うんだよね。積み重ねっていざという時に明確な差になるから」
基礎力。
つまるところ、様々なものだろう。
体力か。刀を掴む握力か。経験を踏んだ場数の違いか。思考の閃きか。それらが複合的に混ざっているのを基礎力とすれば、こればかりは時間を掛ける以外の近道はない。
触れている時間。
目にしている時間。
イメージトレーニングしている時間。
そして、試行錯誤している思考時間。
それらをまとめあげて経験値と呼ぶのだ。
「だから、何がなんでも触れる時間をつくるかな。常に触れておけば、素振りでもなんでもしておけば、感覚を忘れて忘れなくできるから」
忘れて、忘れなく。
一見矛盾しているようで、背反しているようで、実の所は表裏一体のようなもので。
慣れてしまえば、意識が散漫していても体が動くのと一緒で、唐突に反応できるだけの反射神経にも直結する感覚。
染み込んだ動きが、思考の邪魔をしなくなる。
それが動作の意識を忘れて、経験を忘れなくできる。
ということだろう。深い。
「とすれば、桜坂先輩はとにかく練習あるのみと思うわけですね。相手に勝てるかどうかはそれをやり続けてから思えばいい、と」
「え、うん。まぁ、そうかな。私みたいな実力だと、それくらいの理由しか見当たらないからさ」
――皆みたいに、刀をずっと握ってきた人とは、やっぱり差があるから。
悲しげに、寂しげに、桜坂さんは笑う。
なんと言うべきだろう。
なんと声をかけるべきだろうか。
この、どう言っても慰めになってしまう場合、どうすればいいのだろう。
持ち得る手札では、答えが出てこない。
そう思っていると、九鬼は短く鼻を鳴らす。
「そりゃそうでしょ。そういう家だったからてだけですし、桜坂先輩はその相手に負けない方法を探していたのですから、自分をそこまで卑下しなくていいですよ」
「あ、いや、卑下したかったわけじゃなくて」
「ま、四季に負けた俺が言えた口じゃないですけど」
じゃあ、誰なら言えるのか。誰も言えないじゃないか。とでも言いたげな桜坂さん。九鬼を見つめる瞳に取り繕わない不満が漂っている。
……なんとも言えない。努力の量が全てじゃないし、それが評価基準で比較するべきでもない。
だからといって、それを真っ直ぐ伝えるのも相手のこれまでを――これまでの気持ちや心持ちや時間を蔑ろにしてしまいそうで、否定してしまいそうだ。
「桜坂先輩。基礎力が、基礎練習が大事だと見極めた貴方へ、違う質問をしますが。
貴方が、四季透だとして。どうやって、心臓の呪いを克服しますか」
どうして、桜坂さんなのか。
どうして、指名したのか。
疑問が湧き上がる。それは、桜坂さんも一緒のようで、心底「その質問をする相手は私じゃないでしょ」と言いたげで、おっかなびっくりな顔をしている。
そりゃそうだ。当然だ。
ほぼ部外者の先輩が、突如、鬼の呪いに関して意見を求められても、観測した経験も未熟で、もちろん、体験なんかしたことなんてないだろう。
それで、克服できる方法を聞かれてもこれといった案なんか浮かぶわけもないはずだ。
そう思って、鋭く九鬼を睨む。
すると、九鬼はあろうことか口の端を意地悪に歪めるのだ。
それも、悪ガキのように。
「ちなみに、桜坂先輩はなるべく『鬼族』の人と接点を持って、進路やら就職やらで有利になりたいと風の噂で聞きましたが、本当ですか」
「え!? い、いやいや。そ、そんなことは――」
そうなのか。
桜坂さんは否定して、取り繕うつもりなんだろうけど、嘘をつくのがあまりにも下手くそすぎる。正直者すぎる。目も泳いでいる。
絵に描いたような動揺が見える。
「桜坂先輩は否定したいとは思いますけど、大体『鬼族』へ近づいてくるのはそういう人ばかりですよ。だからといって、桜坂先輩を軽蔑しているわけではなくて、そういうのって皆持っているだろう向上心だと思いますよ。もしくは、営業マンだとすれば他社競合を出し抜く無粋なほどの商売根性かもしれませんけど」
そうなのか?
いや、俺達は堕ちた一家だし、そんな家に話を持ってくるとすればウォーターサーバーの営業くらいだろう。
うん? いや、そんな営業さえ来たこともなかったな。水道管とか、電気会社とか、そういう類もなかったな。
だとすれば、九鬼が『鬼族』へ入る前の話をしているのだろう。そうしておこう。
「大事なのって、相手のことを考えているかどうかだと思いますし、桜坂先輩にはそういう気遣いがあると見込んで問い掛けています。もちろん、案が出てこなくても問題ないです。なにせ、四季家がこれ以上強くなることはないことになって、俺達としては大助かりなことですから」
「そういうのは口にしたら駄目だろ」
ジトッと見つめると、肩を竦める九鬼。なんだ、わざとらしい。おちゃらけるつもりでもない一言だったくせに。
「だから、意見を聞かせてください。もし、革新的ないしは理屈の通った納得できるものであれば『鬼族』から、そういった評価を各方面へそれとなく話題にすることもできますので」
「少し考えさせてもらっていいでしょうか!?」
桜坂さんは勢いよく挙手する。しかも、目が血走っている。怖い。そこまで必死に考えるものなんだろうか、進路とやらは。
それに、九鬼も九鬼だ。『鬼族』の名前を出して勝手に決めていいのだろうか。
……いや、もしかすると、だ。
それも織り込み済みだったとすれば。それも、見越した上で九鬼が派遣されたのだとすれば。恐ろしい。誰がそこまで考えて人に頼めるというのだ。
くそ、九鬼と目が合った瞬間、憎らしいほどのドヤ顔をしやがった。試合ではボコボコにしてやろう。そう心の中で決めた。
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