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第149話「排他的家族」


 九鬼の目の前に、日記が差し出され数枚捲られた後にとある箇所にページは止まる。

 それを参加者全員が前のめりで見るも、何が書かれて分かっていないのは数名。分かっているだろう二名は、無表情で顔をあげる。


「ここが恐らく、秘伝の方法が書かれているんだが――分かってなさそうだな」


「そりゃ呪文にしか見えない」


 どうやって見ても、縦にも横にも斜めにしてみても分からない。古文書くらいな独創性さえある。消えてしまった言葉を見ているような気分だ。


「ちなみに、なんて書いてある?」


「『沸き立つ血の静まる、是、呪縛から逃れる方法』と、書いてありますね」


「沸き立つ、ね」


 叶がぽつり零すと、どこからか取り出してきたオレンジジュースのプルタブを傾ける。カシュ、と気の抜けた心地よい音を響かせ、あおる。


「状況的には興奮状態のことだと思います。戦闘中だったり、感情が昂った時に近いかと」


 と、夢が考察を言っていると、正面に座った桜坂さんが申し訳なさそうにこちらへ顔を近づける。といっても、がっつり接近するわけじゃなくて、ヒソヒソ話をしたい感じだろう。実際、口元を夢達に見えないようしている。

 


「ねぇ、戦っている時てそんなに沸騰しているの?」


「人をそんなヤカンみたいに言わないでください」


「いや、だって。沸き立つ血てことは、体温がめちゃくちゃ上がってることじゃ――というか、それで正常なの怖いよ」


 そんな改めて引かれても。正常かと言われたらそうじゃない。異常に慣れただけだし。かといって、体温とかそこら辺はよく考えたこともないのも事実だ。

 実際、どうなんだろうか。

 俺は戦っている時、筋肉が思った通りに動くのは感じる。血の巡りも、心臓の鼓動も、煩いくらい分かる。だが、それで血が沸騰しているかなんて分からない。でも、体中から湯気が出ているのも、体温が上がっているのも分かっているのなら、認識はできているのか。

 じゃあ、あの状態が沸騰なのか。


「血が沸き立つてめちゃくちゃ、やばい状態じゃないか?」


「お前、今言うなよ」


「いや、だって、考え直したことなんかないからさ」


「やばい状態どころか、なんで生きていて後遺症がないのか不思議なくらいだぞ」


 九鬼の呆れた溜め息を受け流す。確かに、そうなんだよな。後遺症もない。強いていえば、最悪死ぬくらい。

 それ以外は何も問題ないのだ。手足の痺れも、関節の痛みとかも、外傷でさえも治っている。だから大丈夫だと判断していたのだが、改めて考え直すきっかけがあると話は変わってくる。


「もしかして、実際に後遺症になる前で治ってたりするんじゃないのかな」


 叶の一言。

 集まった視線をものともせず、ぐいっとオレンジジュースを飲み干す。空っぽになった缶が机の上で音を鳴らす。


「それはどういう理由で?」


「九鬼さん。あたし達てさ、体真っ赤になってて、その皮膚の下ではマグマみたいに血液がグツグツ煮えてるの」


 すると、懐からもう一個缶を取り出す。

 どこに隠していたのか、というツッコミは誰もせずに、その小豆色の缶をあける。


「そりゃもう沸騰した水とかそこら辺なんかとは違うわけ。マグマていうのが比喩表現じゃないくらいに、熱した血液が粘度を持ってぐるぐる高速で回ってるの」


「……叶はそこまで分かっていたのか」


「そりゃ流れがおかしいからさ。試しに皮膚をちょろっと切ったら、いつもと違っていたし」


 違う、というのも言っていた粘度の話だろう。

 サラサラなはずが、切り傷からの出血はドロっとしたものだったのだろう。もしくは、出が悪かったか。

 重力に従って垂れ落ちるものが、張り付いて落ちないくらいだったのだろう。

 想像でしかないけど。叶の言いたい違いはきっとそれに違いない。


「ちなみに、どんな状態だったかは聞いても?」


 九鬼は真面目な声音で問いかける。

 しかし、そこまで興味を惹かれるものなのだろうか。俺達の身体というのは。


「んー。なんて言えばいいのかな。真っ赤にした水溶き片栗粉みたいな感じ」


「あー、イメージしやすい」


 桜坂さんが共感してくれた。そして、改めて自分自身の体でそんなことが起きていることに若干の恐怖も芽生える。

 それで動けるのは不思議でしかない。


「よく、そんな状態で生きていけるよね」


「いいえ、生きていけるわけではないのですよ。実際、私達の身内は短命ですから」


 夢が説明してくれる。

 ただ、()()というのに引っかかりを覚えた。


「夢、お祖父さんは短命じゃないだろ。まだ生きてるぞ」


「お祖父様はそうですね。規格外というものでしょう。もしくは、外れ値というもので平均から見れば逸脱した存在ですし」


「……酷い言われようだ」


「事実です。九鬼様はご存知かどうか把握しかねますが、我が家は元々短命でございます。現代の医療技術で長生きできていますが、四十年生きていれば長寿と呼ばれるくらいなのです」


 そこまで夢は把握していたのかという驚きと、誇らしさが心の中で同居する。

 凄いだろ。そこら辺もちゃんと学んでいるのが俺の妹だ。九鬼にニンマリとした笑みをぶつけていると、大層不快感を顕にして、目をそらす。


「そこら辺は俺だって知らないわけじゃない。何のために『一刀流』を参考にしたと思っている」


「参考に、されたのですか」


「あぁ、というか。ほぼそっくりな技術にしろとまで言われたが」


「それは誰にだ?」


「壱鬼さん」


 ……本当なんだろうか。いやいや、壱鬼がそんなことを頼むなんて思えないだと、否定するだけの材料はない。

 それだけの交流も、信用も、信頼もない。

 九鬼の言葉が嘘だったとして、それを嘘だと言えない。

 だから、この場合は言っていることをとりあえずは知っておくのが無難だろう。

 そこまでの思考を音にすることなく、訝しげな表情を作る。


「そこまで不信の顔も見たことないぞ」


「そりゃ信じられるわけもない」


「ま、俺だって逆の立場だったら信じられないからいいが。だから、ちゃんと言葉にしておくが、お前達四季家が短命で、滅亡の危機に晒されている状態は放置するべきじゃない。継承できる技術が死ぬ。そのことを案じた壱鬼さんの提案だ。文句は本人に言ってくれ」


 ひらひらと降りかかるだろう火の粉を予め払う九鬼。その表情は、心底鬱陶しいとさえ言っているようでもあった。


「まぁ、そういうことだ。今や『鬼族』全体で後継者問題が深刻化しているし、お前達だって四季望を養子に迎え入れたのも、それが理由だろ」


「……まぁ、そういう側面もある」


「だったら、信じられないとかじゃない。事実、現実に起きているのなら、受け入れる姿勢を見せることも家柄じゃないのか?」


 容赦のない微笑み。ムカつくほどの、試すような文言。問答無用で叩き落としたい気持ちがムカムカと湧いてくる。

 でも……実際問題。壱鬼によって、物事が進んでいるのも事実。俺だけが――俺達四季家は蚊帳の外にあっただけで、周りはもっと先に進んでいるのだ。

 受け入れるより、他ない。

 そうでなければ復興も、名誉回復も、できないだろう。だからといって、感謝を述べる理由にはならないけど。


「兄さん。望ちゃんは跡継ぎとか関係なしに、四季家(うち)に来たかったから来た。ただそれだけだよ」


 思考を遮り、叶は訂正をする。二人目の妹ができ、一緒に過ごし、家族愛を培ってきた叶が言うのなら、そうなんだろう。それを思考停止とは呼ぶまい。精々、信頼だ。

 そして、至極真面目――いや、少しだけ呆れた印象を含ませた叶は九鬼へと言葉を投げる。ちょっとだけ、棘を生やして。


「それより、本題は? (自分達)の存在理由とかそういうのはいいから。あたし達にとって、利益になることを教えに来たのなら、早いとこ教えなさいよ。それとも、『一刀流』の真似事なんかするな、て切り捨ててもいいんだったらするけど」


「そうやって排斥するのはお前達の悪い癖だな」


 まるで、突き放せば要求が通るなんて思っているとでも言いたげだ。

 いや、実際そうなのだろう。

 今までの言動全て、排他的であって本筋を望んで少しでもズレることに納得出来ていない。

 間違いではない。

 だからといって、あんまり好きでもない相手へ愛想を振りまくような愛おしい人間ではないのだ、俺達は。


「ま、回り道しすぎてクドくなっているのは事実だ。そこは申し訳ない。色んな話をして楽しみたい年頃でな」


「俺達と同い年だろうが……」


「だからだ」


 そういうものか。

 そう呆れていると、九鬼は日記の文章『沸き立つ血』を突き刺す。


「お前達は視点を変えて、自分達の呪いを見てしまえばいい。色々な話を楽しむ余裕がなくとも、様々な視点を思考に組み込むのも、多角的に見れば大きな解決になるだろ」


 

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