第142話「神父役はできればしたくない」
朝の鍛錬はいつもよりも早い時間に終わった。
別に急いでいたわけではないし、望と歓談することだってしていたのだが、目標としていた回数をこなし終えた時には普段よりも一時間も早かった。
「とぉ兄は鍛冶場へ行くの?」
「そうだよ」
「じゃあ、わたしはシャワー浴びてくるよ。また後で行くからね」
「はいよー」
手をささやかに振る望と別れる。
時間が時間で、起きてきた人達の流れを立ち止まっては、隙を見つけて勢いよく突き進んでいく後ろ姿を見守る。
人混みは苦手らしい望らしい動きだ。
「さて、九鬼が来る前に刀だけはしまっておくか」
踵を返し、鍛冶場への道に進む。何度だって通ってきた道は、俺だけの足跡があってもおかしくないほど、通い慣れている。
しかし、最近違うことがあるとすれば俺や妹達以外にも訪問者がいることだ。
「あ、榊先生もか」
まぁ、本人はいないし榊先生も鍛冶場へはあまり来たくないとボヤいていたからいいだろ。
でも、合法的にサボれるから程々に呼び出せ、とか言っていたけ。
「……あんな大人でいいのか」
「あんな大人てのはどなたのことで?」
「うぉ」
グラウンドの横を通っている最中に、背後から肩を叩かれる。
華奢な指先は小さな驚愕を引き起こすと、当の本人は少しだけ微笑む表情を見せていた。
ふんわりと桜の匂いがして、穏やかな春模様を思わせる雰囲気。なんだか、桜餅が無性に食べたくなる。
「桜坂さん」
「おはよう、透さん。妹ちゃんは一緒じゃないんだ」
さも珍しいと言わんげな目線はキョロキョロと周りを見る。
桜坂さん、上にも下にも妹はいませんて。
「叶と夢は多分食堂にいますよ。望はさっきまで一緒に訓練はしていましたけど、部屋に戻っていきましたね」
「へー、望ちゃんも刀を振るんだね」
「いいえ? 刀は振らせませんよ」
疑問符が浮かんだ桜坂さんは立ち止まって宇宙を眺めている。
あ、そうか説明していなかったけ。少し言うべきか悩んだが、大したことではないと決めつける。
望に怒られたら、地面に頭を擦りつけよう。
「望は一度見た技は覚えてしまうので、あまり刀を持たせないようにしているんです」
「覚えてしまうだけなら、問題ないんじゃ?」
「使ったら二度と使えなくなるので」
「……え、使い捨てなの?」
頷く。
隣に並んできた桜坂さんは、理解し難いと声に出さずとも物語っていた。
まぁ、驚くのは無理もないし、理解できないとは思う。そりゃ、覚えて多少なりとも忘れてしまうのは無理もない。しかし、使えなくなるのは理解できないだろう。
できていたものが、できなくなる。
一度使ってしまえば、無くなってしまうエリクサーのような特性。それが四季望であり、最強の妹なのだ。
「一度きりだからこそ、使ってもらう場面は限っているんです。いざという時のために四季家へ迎え入れたわけでもありますし」
「それは四季家だからとか、血筋とか関係あるの?」
言い終えてから、桜坂さんはブンブンと手を否定に合わせて振る。
「ほら、壱鬼さんとかも元々視力が弱い一族だって聞いてたから。その代わり、耳が凄くいいとかあるものだから望ちゃんもそうなのかなって」
「望とは血の繋がりはありませんよ」
あっけらかんと言い放ったのに反して、桜坂さんはおっかなびっくりと口を開ける。
すっごいな、そんなに開くのか。
人体の不思議を見た気がする。
「まぁ、血は繋がっていませんが、似ているかもしれませんね。そうであったら、俺達も嬉しいですし」
「他の子は繋がっていて、望ちゃんだけ?」
おずおずと伺いながら聞く姿勢に優しさを感じる。
「そんなセンシティブな話じゃないですよ。だからいつも通りに聞いてください」
「いつも通りに聞いたことなんてあんまり無いと思うけど」
「あー言えばこう言うのはセンシティブ判定にしますよ」
「理不尽だ!」
大袈裟なほどのリアクションをしてくれたお陰で、重くなりそうな話が浮いていくような錯覚をする。
他人にとって、家の事情ほど近づきたくない身近さがあることを俺が理解していなかったのだから、桜坂さんに助けられたと言っても違いない。
というか、『鬼族』の家庭環境が面倒くさいのだから『鬼族』のせいにしておこう。四季家が筆頭なのは目をつぶっておくことにして。
「叶も夢も血縁関係があります。あ、ちゃんと両親は一緒ですからね」
「そこまで複雑になったら気遣いで弾けそうよ」
そりゃそうだ。
異母姉妹とか。腹違いともなれば複雑怪奇になってしまう。ただでさえ、珍妙な集団がなんとも言い難い一家になる。
「望は孤児院にいたんです。孤児院の玄関先に赤ん坊のまま捨てられていたそうで」
「……ひどい」
「まぁ、酷いですよね」
親としての責任を捨てるのも、責務を果たさないのは、あまりに無法過ぎる。命の価値と、大変さを知らないのならば理解する義務はあるだろうに。
そう思うものの、真相はなにも分からず、憶測でしかないために言っても仕方ないことだと片付けるのだ。
実際、望自身も覚えていない。
赤ん坊の頃で、気づいた時には孤児院の皆と一緒にいた。
「でも、孤児院ではちょっとしたアイドルだったんですよ」
「そりゃ、赤ちゃんだったらねー。かわいいもの」
「大きくなってからもですよ? 時々、望と一緒に孤児院へ行くんですけど、その時ももみくちゃにされてはいつの間にか結婚式のお嫁さん役になってます」
「……大人気じゃん」
「しかも、お婿さん役はほぼ全員、男の子も女の子も皆お婿さん役です」
「どういう状況!?」
分からない。
気づいたらお婿さん役の列がとんでもなく伸びていたのは覚えている。
あの時は挨拶回りしか頭になかったが、よくよく思い返せば凄い状況に望を置いてきてしまったようだ。
今度、神父役でもしよう。
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