第13話「脆弱」
「大体、なんで脆い刀なんて作ったのよ。これじゃ、鍔迫り合いなんてできないし、そもそも刀が折れたら敗退じゃない……兄さん。どうしちゃったんだよ。おかしくなっちゃったか?」
「至って正常だ」
「兄様。私もあまり言いたくないことではあるんですが、この刀では勝ち進むことだって難しいと思います。それこそ、家の名声やらを取り戻すなんて不可能かと」
「おっしゃる通りです」
未だ、地面に頭を擦り付けて謝罪をする俺へ、叶も夢も呆れたように批判を吐き出す。
そのどれも、見当違いとかではなく、事実なのだ。
「ちなみに、脆い理由にしたのはなにか意味があるんですか?」
「え、意外性があるかなーと」
「夢ちゃん。今から兄さんをボコボコにするから目を閉じていなさい」
「おい! 冗談だって!」
慌てて、距離を取り壁際まで避難する。
叶に暴力を振るわれると体なんて原型を留めないことだろう。このフルパワーで殴ることしか脳みそにないゴリラ女子が力加減を知っているはずもない。
「兄さん。今、変なこと考えてるでしょ」
「いや、なんでもない」
明らかに何かあることを誤魔化すことができない俺は、とりあえず腰をあげる。
話題を変えねば、明日の朝日が遠のいてしまう。
「なんでもない――て、何かある人の言い分ですけども」
「それより、なんで脆い刀にしたこと。その説明をしようか」
「あ、露骨だわ夢ちゃん。兄さん明らかに馬鹿にしてたんでしょ。あぁ、妹は悲しいわ。肉親に、兄妹であるのに、心の中で心無い罵倒を受けているのよ。なんと悲劇的なのかしら」
「大根みたいな演技はいいから。聞かないなら聞かないでいいぞ。邪魔しなければそこら辺に転がってる刀でも振っておけ」
邪険に扱えば叶は寂しがって、大人しくなる。
むしろ、構って欲しいがために色んな邪魔をしたり、目立つような行動をとる。
今回の大根役者もそうだ。
「酷いなぁ、聞かないなんて言ってないよ。
で、なんで脆くしたの」
再び、刀の置かれた机へ集合する面々。
ここまで待たされた刀は、なんとなく冷えているようにみえた。
「実際、コイツが鍔迫り合いをすれば砕け散るだろうな。そこは叶の考えに近い。ただ、あえて脆くした理由がいくつかあるんだが、そうだな……。我が妹達は紙で手を切ったことはあるか?」
「まぁ、何回かは」
「ダンボールとかもよくありますね」
「普段ペラペラで、いかにも殺傷能力なんてない物であっても、斬り方さえ間違えなければ皮膚を切ることだって可能なんだ。
つまり、この刀の役目は主にそこにある」
あえて、鍔迫り合いで負けるような脆さにしたのも。
あえて、刀としての脆弱性を高めたのも。
ピンと来ていない叶へ向け、続きの言葉を投げかける。
「つまりは――」
「つまり、斬り筋の特訓というわけですよ叶ちゃん。正しく、打ち合いができなければ刀は無惨にも砕け散ってしまい、次の攻撃ができなくなります。言ってしまえば、構えや振り方の全ての矯正道具みたいなものですね」
「ほほぉ。なるほど、流石夢ちゃん。天才だぁね」
俺の言葉を遮り、夢が語ってしまった。
おい、そこは俺の役目だろ。なんで奪うんだよ。てか、そのドヤ顔でこっちを向くな。たっく、可愛いな。
「その通りだ夢。流石の観察眼だ」
「へへへ……」
褒められたいから、夢は俺の言葉を奪ったのだろう。
実際、夢の頭を撫でると彼女は蕩けたような顔になる。いつものことだ。
「でもさ、それって。戦い向きではないんじゃない?」
俺と夢へ向かって、率直な感想――もとい、意見を投げる叶。
その表情は、真剣そのものであった。
「戦い向きではないな。どちらかといえば、飾っておく方がいいとさえ思えるようなものだ。矯正道具をわざわざ試合へ持ち出すなんて、贅沢かつ相手を侮辱するようなものだしな」
相手を舐めているように捉えられてしまうだろう。
そんなことをすれば審判からのお小言だって飛んでくるかもしれない。最悪の場合は、対戦相手からの異議申し立てによって試合が有耶無耶になってしまうことだってありえる。
ただ、その刀を練習用にしなかったのも。
試合用に仕上げたのも。
全ては理由があったのだ。
「だが、それでも。その刀は恐らく、この世界にある刀の中で一番、美しく強いものだ。
それを振るえば、嫌でも有名になるだろう」
それだけではないのだが、こんな目立つ刀を振り回せば嫌でも目につく。嫌でも名が轟く。
そうすれば四季家の名前が広まれば、失った名誉と得てしまった不名誉をどうにかできるだろう。
この刀はそんな思いが込められているのだ。