第109話「広い会場」
対戦相手である人物は、名前を長虫弁天と言うらしい。珍しい名前だ。長虫も聞いたことがない。なにより、弁天というのも弁財天を由来とするならご利益が大いにありそうな縁起のいい名前だ。
だが、その相手は刀を持っていて。俺の対戦相手だとすれば、頭を悩ませるには充分すぎる。
未だに戦いの答えが出ていない。
何をもって何を制す。これといった確証がない。あまりに宜しくない状況だ。戦術の組み立てや組み合わせ、突発的な行動に対応するためには、どれだけ試算を繰り返し、備えたかによって変わる。練度と呼ばれるものだ。どう足掻いても他者と戦うのであれば、純粋な鍛錬以外にも対人戦闘における引き出しの多さが勝利を確固たるものにする。
それが分かっていてなお、理解できているのに、だ。
それなのに、もう少しすれば試合が始まる。
真っ暗な空間。目の前には監督官の先生と恐らく向かいに同じような人がいるはずだ。
その向こうへ、長虫さんはいるはず。
しかし、だ。
長期戦を得意としているのは、この間試合を見ていて知っている。だが、刀の特徴だとか具体的な戦術に関しては、全く分からない。
始まれば、どうにかなるだろうか。
僅かな不安だけが心に残り、立会人の咳払いで身構える。
「東、四季透よろしいか?」
「はい」
「西、長虫弁天よろしいか?」
「はーい」
なんとも気の抜けた声が響いてくる。
気だるそうでもない。面倒くさがってもいない。どちらかといえば、リラックスしているようなそんな感じ。
どういう精神状態なんだ?
大体、緊張で声が上ずったりとかするだろうに。
「では、両名。部屋のライトがこれよりつくが、試合開始の合図は私の号令となります。間違えないよう、監督官の先生方もご留意ください」
先に電気がつくのか。
まぁ、そりゃそうか。光に目が慣れるまでは必要だ。こんな暗い中、いきなり明るくなれば視界を塞がられたも同然。そこからいつも通り戦えなどは暗闇にどれだけ慣れているかだったり、先行して行動できた人が有利すぎる。
なにより、監督官の先生だって止めようにも見えなければ意味が無い。
「では、点灯」
その号令に合わせるように、懐中電灯なんざの光よりも圧倒的な光源が存在を顕にする。
真っ暗だった部屋に突如、雷のように生まれた光。自然な流れで目を固く閉じ、少しばかり痛んだ感覚が無くなると徐々に瞼を開ける。
「……ひろ」
ようやく確認できた部屋は、とんでもない広さをしていた。どのくらいかといえば、俺達がいる部分は全体の五分の一もないほどだ。県立高校くらいの体育館くらいはある。
模擬訓練場よりも大きいけど、所々にある柱が邪魔だ。この上なく、容赦がないほど。
そして、対戦相手の姿も見える。
予選会場で見た、真っ黒な髪だ。ただ、こっちを見てくる瞳には戦うという感情が見えてこない。
「開始前に、この場所全体を試合会場とする。立会人や監督官の先生方のことは気にせず、戦いへ専念するように」
いいのだろうか。という疑問よりも先に、厳かな衣装に身を包んだ立会人は、懐から小刀を出す。
銘もない。華厳な装飾も鞘も至って普通だ。
パッと見では。
だけど、着飾っていないから質が悪いなど、誰かが決めたわけじゃない。あの小刀は、そこら辺の刀より切れるだろうし、耐久性も高い。なにより、雰囲気で感じ取れるくらいに、肌身で分かるほどに、あの小刀は神聖そのものだ。
神々が使っていたと言っても信じるに足りるほど。
「この小刀は私への攻撃を自動的に防げるように組み込まれています。それだけではなく、監督官の先生方も同じようなものを持っています。
そうすることで、この場所の恩恵を存分に受けることができるわけです。なので、安心して戦うように。
ただ、意図的に攻撃してきた場合は失格とするので」
この場所――あぁ、納得できた。小刀じゃ意味が無いとかはない。小刀でも、刀を持っていることに意味があるのだ。
模擬訓練場とは違うところがあるとすれば、ここは閉鎖されていたのだ。
設備なんかも点検などされていない。突貫工事で配線やらの確認をしただろう電灯でさえ、点滅を繰り返していたり、中には一切光が着いていない物だってある。
それだけ、昔の設備なのだ。
あの小刀があれば、所持者にシールドを付与できる。つまりは対象指定じゃなくて、対物指定なのだ。
今時だと、カメラで人を認識して照合、シールドを付与してくれるし、監督官の先生や立会人にだって付与した後、勝手に姿を消してくれるような仕組みになっている。
「この一帯が戦う場所へと変わりますが、柱を利用した攻撃や回避行動は減点対象となります。
例え、シールドの数値が勝っていたとしても審査の後、敗北になることもあります。
誠実で、武道に基づいた戦いを」
これ以上言うことはないのか、立会人はコホンと咳払いをする。
分かっていたことではあるけど、大切な注意事項だろう。なにせ、模擬訓練場には邪魔になるものがない。強いていえば、強化ガラスの壁くらいなもので柱なんてそもそも試合場所に割り込まないよう設計されている。
だからだろう。利用してしまおうと考えている生徒を咎めるためには、必要なことだ。実際、考えていたし。向こうにいる長虫さんも同じはず。
独特の足運びで長期戦を得意としているのなら、こんな環境、水を得た魚みたいに生き生きするに違いない。
それだけは嫌なんだよな。
「では、両者構え」
凛とした声に空気が一瞬で張り詰めた。
緊張感が漂う中、『徒名草』に左手を添える。
作戦さえ決まっていないが、最初は様子見するのが無難だろう。今までだってそうだ。
相手の手の内がパッと見ただけの試合だけで得たものなら、尚更型を見極めるのが安牌ともいえる。
でも、長期戦を得意としている相手だ。それはそれで、相手に踊らされているようでつまらない。
「始め――!」
俺は掛け声と同時に鞘から刀を抜き、放った。
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