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第107話「鬼の傲慢」


 目の前にいるのは図貝先生。屈強な体をぎゅうぎゅうにスーツへ押し込み、一挙手一投足をするにも窮屈な動作で大変可哀想にも思う人。昔見たオカマのヒーローに憧れているらしく、漢気のある声に艶やかな雰囲気を纏っていて、聞くところによると様々な生徒から人気を集めているらしい。

 というのも、仕事熱心で生徒想い。これだけでも好かれる理由はあるが、オカマのヒーローに憧れているからこそ。目指しているからこそ。指標であるからこそ、生徒同士の人間関係のあれやこれやの機微に動いてくれるからだろう。

 助かった生徒が多いとも聞く。

 実際、いい人なのは間違いない。

 ただ、それとこれとは別問題というか。


「先生、背中を向けながら指をわしゃわしゃしないでくれますか。危うく頭に触れそうなんですけど」


「あら、なんで当たらないのと思ってたけど、躱してたのね」


 そりゃ躱す。何がなんでも。

 この人、後ろ手に組むのはいいとして、それを俺の頭に触れようと指をわきゃわきゃ動かしている。暗闇だから余計に動く気配には敏感になっている時にだ。

 怖いよ、なんだか。


「まぁ、怖がることしちゃ怒られちゃうわね。ごめんなさいね」


「いえ……。先生も怒られるんですか」


「そりゃもちろん。昨日会った受付の先生覚えているかしら?」


「はい。真面目そうな人でしたよね」


 眼鏡を掛けていたから真面目そうな印象を受けるのは、安直だっただろうか。でも、図貝先生と仲良さげでもあったし、何より図貝先生の冗談をスルーしていたのもあって、図貝先生とある程度交友があるとは思っていた。


「真面目も真面目。もー、仕事熱心でね。ワタシが息抜きしなさいて言っても、『じゃあ五分だけ』とか言うのよ。怖いわよ、親友としても」


「……」


 気持ちは分からないでもない。自分自身を真面目だと自負できる心なんかは無いけど、息抜きをしようと思えば何をすればいいか分からない。

 ジュースを飲めばいいのか。

 溜息を吐き出せばいいのか。

 ストレッチでもすれば息抜きになるのか。

 受付の先生も、仕事をしていてその中に休息時間を作っていて、いざ息を抜くとなればたった五分だけで済んでしまうのかもしれない。


「その無言、透ちゃんも無理してそうね」


「いえ、そんなことはないですよ」


 本心ではある。

 無理なんてことはしていない。

 だが、目の前図貝先生は、こちらも見ることなく溜息を吐き出す。


「榊ちゃんから聞いてるわよ。毎日夜遅くまで鍛冶場にいるって」


「昨日はいませんでしたよ?」


「そういう言い逃れはやめときなさい。ワタシ達も教員よ」


 そうか。監視カメラがあるからバレてはしまうか。

 ただ、それを無理していると言われると心外である。


「無理はしてませんよ。じゃなかったら、今ここにいませんし」


「じゃあ、言葉を変えると榊ちゃん。毎日鍛冶場にいる透ちゃんへ文句垂れてたわよ」


「聞いてますよ。少しは休め、じゃないと俺が休めない、て」


 かといって、監視役が必要かどうかは俺の考えることじゃないだろうし、決まり事に沿って行動しているわけだ。

 休みはある。休んでいる。

 俺自身に問題はない。

 かといって、巻き込まなきゃいけないのが榊先生なのは申し訳ない気持ちがあるのも然り。


「榊先生以外にも頼んだことはあるんですけど。毎回榊先生が監視官の欄に名前を書いてしまうんです」


「まあ、あの人も責任感強いからね〜」


 責任感があるのだろうか?

 鍛冶場に来ても、休憩室のくたびれた座布団を枕にうたた寝している人が、生徒の行動を確認して、視認して、大丈夫だと判断を下すのだろうか。疑問だ。

 口を開けば愚痴か、文句。

 いや、正論かな。俺に対して、やれ休めだ、やれ息抜きをしてしまえだの言ってくれる。

 そういう意味では責任感があるのだろうか。サボりたいからとかじゃないよな? あの人、刀打ってる時よく寝てるし。


「透ちゃんは、毎日刀を打たなきゃいけないのかしら。あ、これはワタシの純粋な疑問だから」


「……普通だったら、毎日じゃなくていいとは思います」


 この世界は刀鍛冶に機械を使ってもいい。半自動か、全自動だろうと問題ない技術が確立されている。

 それに甘んじて、使えるものはなんでも使っていいのなら、一年に一回か二年に一回程度の作刀でいい。

 鍛冶科の人間だったら、一年に一回は刀の提出があるけど、毎日打つ必要はない。

 特に、機械に任せず、全て自分の手でする必要なんかもない。こればかりはこだわりの領域だろう。

 だけど、俺はしたいのだ。

 しなきゃいけない焦燥感だってあるのだ。


「でも、やらなきゃいけない気がして。これは家の使命感とか、鬼族とかどうかとか一切関係ないんですけど。

 なんか、刀を打たなきゃいけない。完成させなきゃ、いけないって。そう思うんです」


 明確な答えになっていないのは分かっている。

 でも、それ以外に答えになりそうな気持ちを言語化できそうもない。


「それは、誰に言われたわけでもなく?」


 図貝先生の声は優しい。撫でるようで、大切にしてくれている。そんな声だ。勇ましいのに。男らしいのに。


「はい。でも、昔から祖父には刀を打てとは言われていました」


「お爺様とは仲が良かったのね」


「どうでしょう。俺が刀も振れない。刀も触れない体だから気に掛けてくれたからかもしれませんけど」


「振れないし、触れない? 四季家の呪いてそんな感じなの」


 そういえば、知らない人は知らないのを失念していた。そういうものだ。自分自身の家庭環境なんて特に。

 鬼の呪いだって。


「俺のは特別というか。悪い意味でですけど。普通だったら、刀を握っただけで死にかける。もしくは、刀を振ると死にかけるのどちらかを鬼の呪いとして受け継ぐんです。俺はその両方が発現して、刀を振ると昨日みたいになるんです」


「……それ、握っただけの方が深刻よね? あぁ、いえ、どっちも深刻なのはそうなんだけど」


 図貝先生の言う通りだ。

 明らかに握っただけで死にかける方が症状は重い。

 こればかりは、鬼の呪いがどういうものか判明していないから断定できるような原因じゃないけど。


「祖父曰く。鬼はかつての四季家。御先祖様と戦った時に呪いを掛けたんです。四季家は今後、刀を打てなくなるように、と」


「刀? 打てなくすることが目的なんて珍しいわね」


「鬼は刀さえ無ければ負けることはない、とか言ってたみたいですよ」


 こればかりは聞き伝でしかないけど、祖父がわざわざ蔵の奥にあった伝承が記された巻物を持ってきてまで、教えてくれたことだ。確証はないけど。オカルトではあるけど、呪いがあるとすれば言っていることは間違いないはずだ。

 それを鬼の傲慢とするか。慢心とするか。もしくは本当に刀が、鬼を打ち倒すようなものだったかは分からない。


「それで、透ちゃんは両方なのよね? なんで二つ共受け継いじゃったのかしら」


「……よく分かりません。確証がないというか、あくまで祖父から聞いた話でしかないんですけど」


 病に倒れる前、祖父からビシバシとしごかれていた時に言われたことが、真実かどうかは分からない。ただ、印象に残っているということは、そんな気がする、のだろう。

 思い出しながら、言われた風景もついでに頭に描きながら口にする。


「今も鬼の呪いを掛けてきた鬼は生きていて。四季家を滅ぼすタイミングを見計らっている。その兆候が二つの呪いを受け継いだ子が産まれた時、とかって」


 

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