第106話「地下の響き」
地下訓練場。
図貝先生から聞いた正式名称はその在り来りな名前をしていて、それでいて今まで廃施設となっていた。
理由というのは、酷く簡単で。
残酷な現実で。
いい感じの追い込みであって。
納得出来る理不尽だっただろう。
模擬訓練場の建設計画が承認された。元々、地下訓練場であったから、誰かしろは利用していたのだが、いかんせん地下というのが良くない。
セキュリティ面や耐久性に難がある。温暖な気候であっても、島の地盤とやらはあまり信用に値しない。いや、沖縄県の地盤強度は凄まじいので、今回の地下訓練場に当てはめて言うとすれば、適した地層の上にない。
これに尽きる。
多少なりとも耐久性はあっても、シェルターとしての役目があったとしても。普段使いするには、少々小難しい。
まぁ、結局使いにくいから避難シェルターに宛てがわれた、のが一番納得出来る理不尽。
地下だし、わざわざ階段を降りなきゃ行けないし、広さからして一組が悠々自適に戦えるだけ。二組目は難しいくらいに、仕切りもない。柱はあるのに。
だから、模擬訓練場が人混みでぎゅうぎゅうになっていれば、仕方なく使うしかない施設には違いない。
「兄さん、なんか楽しそうだね?」
「そう?」
右隣で暗闇に目が慣れた叶と目が合う。
もう、恐怖心は消えてしまったようだ。
「こういう、新しい場所に来る時はワクワクしない?」
「わかるよ。あたしも月見島に来た時ワクワクして寝られなかったもん」
「凄かったのですよ兄様。朝起きてからずっっっっっっっっと『月見島行きたい! 早く!』て叶ちゃん言ってたんですよ」
「……そ、そんなに言ってたかな? ずっとじゃないような」
「いいえ、ずっとです。朝起きて、二十四時間経っても言ってました」
二十四時間て。
うん? 二十四時間?
「ずっと起きてたの?」
「はい。月見島行きのフェリーに乗るまでの二十八時間も起きていました」
「そ、そうだったけ?」
顔を逸らし、頬をポリポリかく叶。
元気っ子なのは知ってたけど、健康優良児でもあったから、寝ないのには驚いた。しかし、もっと驚くとしたら、夢もだろう。
俺は左隣で緩やかな溜息の過去を吐き出す夢へ顔を向ける。
「叶がそうなのを知ってるということは、夢も起きていたということか?」
「いえ」
おや、見当はずれ。
「なにせ、私以外にも家族はいますから。目撃情報というか……と言いますか、共犯者がいたから判明したわけですし」
「共犯者……てことは、叶と一緒に寝なかった人がいるのか」
コクン、と暗がりの中頭を下げる大和撫子。
となれば、誰が共犯者か、というのは想像するに難しくない。というか、一人しかいないだろう。
「望だったり?」
「正解です」
当たり。
やっぱり、と溜息を吐くべきか。飲み込むべきか。
「望ちゃん、楽しみだったみたいだよ。兄さんに会えるの」
横からひょこっと覗き込んでくる叶。
その顔は真っ暗な空間でも、一際輝いているようにも感じる。
なんだかな。
「でも、月見島に着いて早々どこにいたんだ? 会わなかっただろ」
「あー、それはね」
月見島に来ることは事前に夢から教えてもらっていた。だから、フェリー到着後から出迎えようと思っていたが、三人の妹はどこにもいなかった。
妹以外の学生はたくさんいたが、妹だけはいなかった。だから、寮やら学校やらを適当に探していても見つからず、結局その日は会うことさえできずに終わったのを思い出す。
あの時、来ていたはず。連絡も取れていた。それなのに、どこにもいなかったのはどうしてか。数ヶ月苦しんだ謎である。
「んー、言ってもいいのかな? 言っちゃいけないのかな? でも、何も言われてないから言ってもいいのかな?」
「……やけに悩むね」
煮え切らないのは仕方ないとして。そこまで悩むことが起きていたとすれば、心の中で渦巻く不安に何らかの免罪符が必要だ。俺がその場にいれば良かったとさえ、余計に思ってしまう。
しかし、何回かの唸り声を収めると叶は決めたようだ。
「うん、言ってもいいでしょう。あのね、フェリーに乗ってる時、『鬼族の誰か』が話しかけてきたんだよね」
「誰か……名前は言わなかった?」
「言ってませんでしたよ。ただ『鬼族の誰か』としか」
正式名称が『鬼族の誰か』と。成りすまし、という感じか? だとしても、『鬼族』の面々で顔を出しているのは壱鬼から肆鬼、と九鬼くらい。他の奴らはせこせこ暗躍しているはず。
だとすれば、有名な壱鬼以外の誰かだろうか。
「その『鬼族の誰か』が話しかけてきたのなら、なんて言い寄って来た?」
「兄様、怒っています?」
「いいえ」
怒っていません。決して。口調がおかしいのは気にしないで。感情の制御が上手くいかなかったわけじゃないから。
「……まぁ、簡単な話ですよ。私達が『四季家の人間かどうか』確認しただけで」
「どうせ、それ以外にも刀の話とか聞かれただろう?」
「……はい」
基本的に、そういった類でしか『鬼族』とは話をしたことがない。口を開けば、刀の制作方法は。四季家以外で作ることはできないのか。方法を、誰であっても作刀できる方法を模索しないのか。とか、好き好んで話をしているわけじゃない必死な言い方をしてくるのだ。
呆れるほどに。
飽きるほどに。
「作刀方法がどうとか。私達は刀を打ったことがないと伝えても、なかなか理解して頂けなかったみたいで。それもあって、長引いたわけです」
「え、だけどその『鬼族の誰か』が月見島に到着したら商店街に行けとか言ってたじゃん」
おや、そうなのか。叶の補足に何やらきな臭いものを感じる。
「それはなぜか、言ってた?」
「えっと、フェリー到着直後だと『壱鬼様がいらっしゃるので、商店街で時間を潰し夕刻になってから寮へ向かうように』とか、言ってたような」
詳細に覚えているものだ。
これは褒めてあげなきゃいけない。数日以上前の話を覚えているのだから、この記憶力は大切にしなければいけない。そう思って右隣の頭を優しく撫でる。
「よく覚えていたね。そうか、壱鬼と鉢合わせしないように、だったら今回の試合会場の話もそれ関連な気もするな」
「兄様は壱鬼さんと会ったことはないのですよね?」
「会ったことも、話したこともないかな。記憶の中だと」
生まれてこの方、刀鍛冶の家に生まれてなお十数年。壱鬼の存在は新聞記事の紙面かニュースのインタビューでしか知らない。声と名前と顔はなんとなくわかっているような気がして、それでいて忘れてしまっていてもおかしくない記憶力でしか覚えていない。
だから、どこかですれ違ったとしても、俺はそのすれ違った人を壱鬼と認識できる自信がない。
それは妹達も同じなはずだ。
「だとすれば、何かの意図はあるでしょうね」
「だよな。どっかの『鬼族』さんは血気盛んだから覚えやすかったのに、壱鬼は雲を掴むみたいでいまいち納得出来る認識にならないし。試合会場が変更になった理由もよく分からないし」
図貝先生に聞いておけば良かった。
案内されたからてっきり俺以外の予選参加者もいると思っていた。しかし、今のこの暗闇には俺と妹達。遠くに先生の気配があるのみだ。
この感じだと、俺と俺の対戦相手しか来ない可能性だってある。それか、トーナメントの順番に招集しているのかもしれないけど。
どちらにせよ、理由が分かっていないことに変わりない。
「透ちゃーん! そろそろ始まるから準備よろしくね〜!」
遠くからでも聞こえてくる勇ましくも艶かしい声。
よく響く。恥ずかしいほどに。
さて、そろそろ始まるらしいので、妹達と離れ、目を閉じる。
暗闇だから閉じる必要はないかもしれないが、瞼を下ろす行為というのも、ある意味大切なのだ。瞑想とやらには。これから対戦する相手を思うと、余計に精神的揺らぎは少なくしなければいけない。
相手はあの通称黒蛇さん。
独特の足運びに、長期戦を得意とした戦術の相手だ。
俺が最も対面したくない相手でもある。
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