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第104話「出会った」


 叶も夢も、俺の両脇にしがみついて絶対に離れないと意思強く握っている。そんな二人を連れ、先陣をきって歩く図貝先生の背中はとても逞しく思う。

 こればかりは仕方ないのだ。ただ、分かっているのは俺や望だけであって、他の人にとっては怖がっている姉妹にしか見えないだろう。


「ごめんなさいね。夢ちゃんも叶ちゃんも。あれだったら、無理して来なくてもいいのよ?」


 立ち止まり、後ろを振り返った図貝先生はとても心配そうな顔をしていた。優しい先生だ。ただ、こればかりはどうしようもないというか。なんというか。俺が説明した方がいいだろう。叶や夢はそれどころじゃないだろうし。


「すみません、図貝先生。せっかくのお気遣いなんですけど、二人共ここで引き返すような子達じゃないので」


「でも、相当怖がっているようだけど……。何かあるのかしら?」


 察しがいい。こちらの家柄や諸々を気にかけていて、それでいて深入りできないことをやきもちしている表情を見ると安心できる。心配してくれるだけじゃない。俺達のことへ敬意とやらを感じるから。


「問題があるとすれば、小さい頃。この子達だけが出会った()()のせいと言いますか」


「異形?」


 俺も見たことは無い。ただ、小さい頃だ。この子達がお祖父さんの訓練を受けて、空いた時間に辺り一帯を動き回っていたことの話。


「確か、三歳か四歳くらいの頃に、この子達が近くの山で遊んでいたんです」


「山……山育ちなの?」


「というより、たまたま引っ越した先に山があったというだけで、山間に家があったというわけじゃないんです」


「たまたまね……。まぁ、貴方達の家がどこにあるのか。どこに居座っているのかなんてワタシ達も知らないんだけどね。生徒情報見てもコロコロ転居してるじゃない? だから先生皆、貴方達がどこに住んでたかなんて覚えてないのよね」


 それでも――と、図貝先生は言葉を繋げる。


「暗いところが怖いのか。それとも、穴に向かって進むのが怖いのか、それだけは教えてくれるかしら?」


 察しがいい。というか、考えの選択肢が多いと捉えるべきか。ここで引き返せと言わないのは、先生なりの優しさだろう。


「どちらかといえば、暗い穴に向かって進むこと、ですね。俺は見たことないんですけど、こんな感じの洞穴があったみたいで」


 記憶を辿る。両隣にいる叶や夢には申し訳ないが、こればかりは理解してもらうための致し方ない説明というやつだ。二人のトラウマを呼び起こすことが、極力最低限で済むように言葉は選ぶつもりだけど。


「そこを興味本位で見たらしく。といっても、深そうだったから入口付近を様子見していた時に、出会ったらしいんですよね」


「それから、暗闇の空間が怖くなった、ということかしら?」


「ですね。こんな感じで狭いと余計に」


 逆に言えば、広い空間だと二人はそれほど怖くないそうだ。例えば、夜道。宵闇の中、電灯に照らされた街路であっても二人はピンピンしている。

 ただ、道幅が狭くなったり、壁に囲まれ始めると途端に顔色が悪くなる。


「暗所と閉所恐怖症て感じかしら。だとしたら、余計に連れて来たのが申し訳ないんだけど」


「ここが安全な場所だと目で確認できたら大丈夫です。後、俺が傍にいないといけないので」


「……? それは兄としての責任てやつかしら?」


「いえ、この状態のまま外で待機してると暴れ始めるので」


「暴れる……? そんな子達に見えないけど」


 そんな子達なんです。残念ながら。特に叶なんか、人が集まっているところを見つければ突進していく。恐ろしい話だ。夢はありとあらゆる人の背後をとっては、何もせずにニコリと微笑んで去っていく。イタズラにも近いが、誰彼構わずやっていくし、ほぼ無差別攻撃なもんで、二人共放置しておくのはやめておいた方がいい。

 そんな抗議の目をちらっと見たからだろうか。図貝先生は小さく息を吐き出す。


「まぁ、透ちゃんが二人の安心に繋がるのならいいけど。大丈夫なのよね? 本当に」


「はい」


 こればかりは強く言える。それほどに心配してくれている図貝先生には感謝だが、事実、叶や夢の安定剤にはなっているはずだ。両腕の圧力は凄まじいものだが。

 必死に頭を上下に振っている姿を見て、図貝先生もある意味納得はした――というより、信じてみる気になったのだろう。


「じゃあ、透ちゃん達を信じます。それで説明なんだけどね」


 てっきり、異形の深堀でも始まるのかと思っていたが、デリケートな部分だと理解してくれた図貝先生は、それ以上聞いてくることはなかった。

 実際、俺も見たことがないので説明しようがない。

 ただ、恐ろしい存在で。驚くよりも、逃げることを優先しなければいけないと思うほどで。即座に立ち去った後も、度々夢に現れては追い掛けられる。そんなトラウマ。忘れたくても、思い出される記憶。それを畏怖と呼ばず、なんと呼ぶべきか。

 兄として、どうにかしなければいけないのは分かっているが情報もなく、ただ恐ろしい存在が洞穴からこちらを見て、今にも食い殺しに来そうだった――くらいしか知らないのだから、恐怖を和らげるしかない。

 何も出来ない手のひらで、落ち着けるよう頭を撫でることしかできない。震える唇に、大丈夫と宥めることしかできない。

 ただ傍にいてあげること。これ以外の安心を、俺は知らないのだ。

いつも読んでくださりありがとうございます。

良ければ、評価ポイントやブクマしていただけると嬉しいです。

もしアドバイスなどあれば教えてくださると嬉しいです。


また、投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。

一週間前からコロナウイルスに感染しまして、寝込んでいました。ご心配おかけしました。


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