第103話「秘密の階段」
模擬訓練場。
連日続く予選会の会場は、いつもより人が多く、今か今かと立ち見の生徒がひしめき合っていた。
出入口でそんなことになっていて、中の様子は想像するに難しくはない。
「……兄さんて人気者だったの?」
「そうだぞ、とか言ってみたらいいかな?」
「良くないね。兄さんはあたし達だけの兄さんだから」
なんという独占欲。右隣の叶は目の前に広がっている人垣に辟易としていた。うん、分かる。俺も嫌だ。この中に突っ込んでいくのも、かき分けて行くのも。
「それより、兄様。どうやって進みますか? 飛び越えますか」
「いや、着地地点にも人がいるから無理だって。踏んじゃう」
踏んでもいいわけないしな。というより、人は頭の上から落ちてくる物への耐性なんかほぼない。俺達が人の頭を飛び石感覚で進めば、大怪我をする人が出てくるのは必然だ。ファンタジーじゃあるまいし、そんな芸当はするべきじゃない。
「こんなに人が集まるものかな? 動画の効果てやつ?」
叶が呆れながら問い掛けてくる。目の前に広がる押せや引けやの列をうんざりした瞳で見ながら。
「動画と、後は予選会の最終日だからな。人が多くなるのは例年通りじゃないか」
「でしたら、これだけの人が集まると知っていた先生達が何もしていないのはおかしいのではないでしょうか」
確かに。
夢の言う通り、例年通りの人混みだったのなら列整理の先生がいるはずだ。なにより、選手や立会人などの関係者も優先して誘導しないといけない。
大会が後ろに引っ張られるのは良くない。
そう納得して、辺りを見渡しても先生の姿は見えない。というか、色んな人の頭が被さってしまって見えなくなっているが正しいか。
「そうは言っても、この人の流れだと分からないな」
「順番待ちしている時間はないし、無理やりかき分けて行くしかないかな? 任せて」
いや、任せたくないんだが。
叶が腕まくりをして、かき分けるどころか跳ね飛ばすだろう体を引き止めていた時のこと。
「おや、透ちゃんじゃない」
背後から、やけに艶かしい男の声が聞こえてくる。
……振り返りたくない頭をどうにか先生だから、と納得させて見えたのは、屈強な肉体をスーツへ押し込んだ大柄な男性だ。
「図貝先生」
「えぇそうよ。図貝先生よ。覚えていてくれたのね」
忘れようもないだろう。とは言えなく、なんとも表現しにくい笑顔を浮かべる。
しかし、相手が図貝先生であったなら良かった。これ以上ない僥倖というやつか。
「先生、俺これから試合なんですけど。この人混みで、どうにもできなくて」
「そうね。この中を進もうと思ったら試合時間になんか間に合わないものね。間に合ったとして、相当体力を消耗することにもなるし」
「わかってくれますか。でしたら、モーセの如く切り開いてくれたら助かるんですが」
先生が大号令でもあげれば、ひしめき合う生徒も注目するだろうし、図貝先生が無理やりにでも人混みをかき分けていけば、それこそ試合する部屋まですんなり開通することは間違いない。
しかし、図貝先生はゆっくりと首を横へ振る。
「それはワタシにも難しい話ね」
「え、でも先生だって中で仕事があるんじゃ……」
どんな仕事があるのかは分からないけど、この侍月大会は全教員で運営していることは間違いない。去年がそうだったのだ。
だとすれば、図貝先生だって本来の職務から遠のいていることは避けたいはずだが……。思惑と違った。
「ワタシの仕事はこの下よ」
「下?」
図貝先生のゴツゴツしていて、爪はつるつるに光っている指を地面へと向けたのに合わせて、俺も妹達も同じように見る。
うん、コンクリートの灰色しか見えない。
「さ、それじゃ誘導係の仕事をしましょうかね。三人ともワタシについてきなさい」
そう言いながら、さりげなく手を取られそうになったのを回避する。若干、頬を膨らませたのも束の間。即座に躱した手は叶に握られる。もう片方も、夢に取られる。
「あら、ごめんなさいね」
一切悪びれるどころか、あえてそうなるよう仕向けたような笑みを浮かべながら、図貝先生は人混みとは別の方向。
模擬訓練場の壁沿いに進んでいく。
しばらく進む。そして、壁がなくなり、曲がり角までやってくる。
「この先だけど、三人には予め言っておくからちゃんと守るようにしてね」
こういう時、守らないと痛い目にあうのは必然だろう。特に普段お茶目な人が真面目に言っている時ほど。
「まず、ここから先は誰にも言わないこと。誰にも教えないこと。これを約束して」
「図貝先生、それはどうしてなのか言えたりは……?」
叶が腕にまとわりつきながら、問いかける。すごいな、首の動き。
「そうね……秘密にしておかないと悪用されてもいけないからて言っておこうかしら。まぁ、貴方達の刀を先生達が預かっているのと意味合い的には一緒よ。守っていれば問題はない」
余程、知られたくないこと、というほどでもないのか。言い方から察して、刀と同じだとすれば、つまりは過去の事例を踏まえた上での対応なんだろう。
木刀がイジメの武器になった。
刀も同様になるかもしれない。
だとすれば、ここから先の情報というのも、同じように秘匿しておいた方がいい。ここら辺の結びつきは、まぁ、理解できるしむやみやたらに言える相手なんかいないので、安心といえば安心だ。
心が少しザワつくのは、知らない振りをしておこう。
「それより、透ちゃん」
図貝先生はこちらを振り向き、立ち止まる。
木々の隙間から差し込む陽射しに照らされ、その顔は生真面目そのものだ。
「体は大丈夫かしら? 倒れたって聞いたけど」
「このとおり、獅子奮迅の如くですよ」
適当に言ってみたものだが、事実、四肢もすこぶる快調。精神的な疲労も目立った部分がない。自己分析してなお、限りなく万全に近い。
そんな目に見えて分かるようなものではない体力とやらを、図貝先生はジッと観察し、やがてうんうんと二回頷く。
「大丈夫そうね。だけど、無理はしそうな感じ」
「……」
図星とはいえ、無理をしないといけない場面とやらはいつかくる。それが毎回、立て続け、とあらばそれは仕方がないことじゃないだろうか。そう納得させる。
それを無謀だと、言うのだろうか。
「まぁ、いいわ。何かあってもワタシ達がいるし、なにより妹ちゃん達がいるのなら、貴方も自分の身を犠牲にすることはないでしょ」
「それもそうじゃないんだよね、図貝先生。兄さん、割とあたし達がいるかどうかに関わらず無茶するから」
右隣の叶が俺の頬を突っつきながら抗議の声をあげる。そんなに無茶――はしていたか。倒れたのは事実だし。
「じゃあ、ワタシも透ちゃんが無茶しないように見張ってた方がいいかしら?」
「いえ、結構です。もう無茶はしません」
言わされた感が尋常ではない。
いや、仕組まれていたと言うべきだろうか。ある意味、図貝先生の一つの説教を見た感じだ。
図貝先生に監視されたくない。何をされるか、よく分からない。それを念頭に置けば、無茶してはいけないと思うし行動する。
ただ、不服そうな顔をしているから本心からか、それとも俺を思ってのことかは判断が付きにくい。
「さ、ここから行くから。もう一度言っておくけど、誰にも言わないこと。言ったらワタシがお説教に行くから、覚悟しておくことね」
到着したのは、ある程度雑木林を進んだ先の、何の変哲もない木に囲まれた空間。目印もない。木々にも、傷跡だってないし、見通しが悪いわけでもない。
目を凝らせば、模擬訓練場の列が見える位には鬱蒼としていない。建物からもそこそこ近い。ただ、足元の雑草を鬱陶しいと思って気軽に入ろうとは思えないだろう。
セキュリティとしては、良くないとさえ思うが図貝先生は近くの木の幹をぺたぺたと触る。
……若干、指の動きが艶かしいのは癖か?
見なかったことにして、ぺたぺた触ってちょっとの時間で、カチッとプラスチックの折れる音が聞こえる。
枝が折れた音じゃない。プラスチックだ。
見れば、図貝先生は木々の幹――その樹皮の一部を真横に捻じ曲げていたのだ。
これには、叶も少し驚いた表情で「あたしもいけそう?」とか言い始める。
できるだろうけど、やめようね。明らかにスイッチだから、そこら辺の幹で試そうとするのはやめようね。
どこか行きそうになる叶の首根っこを掴んでいると、図貝先生はある一点――捻じ曲げた幹のすぐ右隣をジッと見つめる。
すると、なんの音もせず。なんという奇跡と言うべきか。発展した科学が魔法と遜色ないのを見たと言うべきか。
ただの雑草地帯に突如として、地下へと続く階段が現れたのだ。
寂れて、茶褐色どころか黒色に錆びた手すり付きのコンクリートの段差が、漆黒の先へと繋がっている。
秘密の階段と言うに相応しい。そんな奇想天外な光景に驚いていた俺達へ、逞しい笑顔を浮かべた図貝先生。
「さ、行きましょう」
これほど、頼もしいことは無い。ただ、両脇の圧力が増したのは、言うまでもない。
叶も夢も、こういう怖い場所は苦手なのだ。
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