第102話「いい案があります」
結局、鍛冶場での集合は、桜坂さんが見せてくれた九鬼の『四季家の弱点判明!?』というありきたりなタイトルには似合わない、徹底的な観察動画で時間が潰れた。まぁ、それでも中尼君から聞きたい話は聞けたし、雨曝君との出会いもあった。雨曝君に関して言えば、もっと配慮してあげるべきだったとは思うが、叶に誘拐されたとあれば、不幸でしかないよな。可哀想に。今後、挨拶くらいはしておこう。謝罪も一緒に。
で、解説動画についてだが。これを今後の対戦相手が見ているとあれば、それは俺の窮地に違いない。なにせ、癖まで見抜かれたとあれば危機的状況で選択しやすい手を予め知られていることにもなる。
特に、長期戦が不利だとわかっている相手なら、耐えて耐えて、逃げ回った末に俺が会心の一撃を放つ瞬間まで待てばいい。待ち望めばいい。
基本、守りとはそういうもので、焦らせた方が負けるのも勝負の必然だ。そうはならないようにしたいものだが、会場に向かう足取りはいつもより重かった。意外にも、堪えてるようだ。
「兄さん、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれない、とか言ってもいいのか?」
四季家にまつわる噂の類を正すために動いてくれた中尼君や雨曝君、桜坂さんへお礼を言い、鍛冶場を後にした俺達は模擬訓練場へと向かっていた。ただ、望は行くところがあるらしく、早々に別れて校舎へと向かっている背後を見送った。
なので、ここにいるのは叶と夢。
そんな中、運動場から聞こえる野球部の掛け声にも負けない快活な叶への問い掛けは、彼女のキョトンとした顔に撃ち落とされる。
「駄目でしょ。兄さん、あたし達より強いのに弱音吐かない」
「はい……」
こうまでどストレートに言ってくるのも、ある意味楽ではある。申し訳なさで下げた頭に、叶よりも小さな手が添えられる。
「兄様、ご安心ください。私達がいますよ」
右側にいた叶と俺との間に割り込むように顔を出てきた夢。左手で優しく頭を撫でてくる。うん、妹に甘やかされている兄の構図である。
外であんまり甘やかされている姿を見せるのは、気恥しいからこの身が小さくなる。
「私達て、夢ちゃん何かアイデアでもあるの? あたしは諦めて全部の技を出し尽くせばいいんじゃないかと思ってたけど」
「それは今後の戦いを想定していたら悪手ではありませんか?」
「かといって、全力を出せずに敗退するよりかはいいんじゃない? まぁ、あたし達の兄さんが負けることは想像できないんだけど」
そこまで買ってくれているのなら、兄冥利に尽きる。
小さくなった身が大きくなった気がした。
気のせいだけど。存外、気のせいじゃないはずだ。
「兄様はどうでしょうか?」
「俺は夢の意見に賛成だ。というのも、切り札ていうのは見せていない状態が一番強い」
そもそも、相手がどんな戦い方をするのか。どんな戦術と剣術で立ち向かってくるのか。はたまた、手癖や自然と選択しがちな動きが判明している現代と違って、昔は生き残っている人間の情報しか流れていない。
後世まで残っているとすれば、剣術書だとか流派を持てた武士だろうか。そこら辺は学がないから、想像しかない。
ただ、今の話をすれば、LIVE配信のアーカイブで動き方や模擬戦の情報を基にすれば、ある程度の戦術や癖、思考に至るまでも読み解ける。だとすれば、何か隠し持っていると想像するのは、間違っていない。
だから、そういう状況こそが一番、対戦相手を悩ませることにもなりやすい。
「それって、誰の受け売り?」
「俺――と言いたいが、お祖父さんだな」
祖父。つまるとこ、俺へ剣術指南をしてくれた人。それだけでなく、鍛冶場の使い方と刀の打ち方までもを教えてくれた凄い人。
その人から教授してもらったことの一つが、切り札は見せないこと。これを念頭に刀を振るえとまで言っていた。
だからだろう。叶や夢の反応も「あー、おじいちゃんが」と言いたげな納得した様子を見せる。
「おじいちゃん、死ぬまで見せるな、とか言ってたよね。あたしと夢ちゃんが必死こいて、おじいちゃんからまだ見てない技を引き出そうとしても無理だったし」
「あれは叶ちゃんが慣れないことをしたからですよ。二人で得意な技で攻め続ければ、いつかはお爺様も奥の手を使うはずだったのに、焦ったから」
「お祖父さんだったら、例え俺達全員が相手になっても切り札なんか出さないだろ。というか、敵うかどうかも怪しいのに」
お祖父さんが倒れるまでも、倒れてからも、四季家で誰一人として敵う相手がいなかった。
父親だってそうだ。俺よりも強い父が、全く傷一つつけれず、地面に伏している姿を何度も見た。小さい頃、様子を見に来てくれた父親を見つけるや否や、勝負を仕掛け、その度にボコボコにしたものだから、最終的に父が俺の様子を見に来なくなった。
とんでもないお祖父さんである。
全員の師範代であり、超えるべき壁なはずが、誰として超えられる次元にいない。
鍛冶師としても、剣士としても、武士としても、侍としても、尊敬するべき人であるのに間違いない。
「まぁ、そんなお祖父さんの言っていたことだ。できる限り、今まで見せた剣術でいこうとは思う」
「でしたら、兄様。私にいい案があります」
なんだろう。
策士四季夢のお手並みとやらも気になる。
そう思いつつ、近寄ってきた夢へ聞き耳を立てると、その耳へ息を吹きかけられた。
くすぐったい背筋に、素っ頓狂な声が出たのを叶は爆笑していた。
許せん。叶には後で八つ当たりしてやろう。
そして、夢にはその可愛い頬っぺたへ指を押し付け、ささやかな仕返しをする。うん、柔らかいしちょっと冷たい。
そう感触に浸っていると、俺の指は夢に離さないよう握られ、魅惑的な笑みを見せられた。
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