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第100話「解説動画」


 然るべき話へと戻すなら、中尼君や雨曝君は俺達四季家のために、広まった噂の修正をしてくれていた。

 大変だったはずだ。というより、他人の評価や印象がそう変わるわけもないし、固まったイメージを元の形に戻すのは至難の業だ。

 大抵の人は興味もなく、起きた事象に対して不謹慎だなんだと言ってみる。そこから火事でも起きればまた話は別だが、ほとんどは一日の話題になれば充分なくらいだろう。


 しかし、中尼君から聞いたのは、少し俺の興味が惹かれるようなもので。理解しにくい事象だった。


「透さんは、九鬼さんが解説動画を出したのを知ってますか?」


「解説動画? 九鬼の?」


 鍛冶場の椅子で、右膝に望。左膝に夢。叶を肩車しながら、進んでいるようで進まなかった会話を切り開いたのは、中尼君からの疑問であった。

 え、そんなのあったのか。


「九鬼てアカウント作ってたのか。初めて聞いたぞ」


「……模擬戦があったじゃないですか。その時のゴタゴタにちゃっかり開設したらしいですよ」


 ここでようやく雨曝君から補足してくれる。

 凄く低い声なんだ。ちょっと、あれだ。セクシーな感じだ。


「ちゃっかり。雨曝君は見た事あるの?」


「……炎上騒ぎの時に見ましたけど、結構学べる動画でしたよ」


「面白かった?」


「…………見る人によっては」


 んー、どうやら雨曝君にとっては面白くなかったようだ。しかし、学べる動画――解説動画となれば、なんだろうか。動きの指南とか、剣術のやつだろうか。


「中尼君は見たの? その九鬼の動画」


「見ましたよ。ちょうど昨日」


 昨日? 意外とタイムリーだ。


「あ、もしかして四季透の戦い方を徹底解剖、て書いてあったやつ?」


 桜坂さんの言葉に俺は疑問符が浮いてくる。徹底解剖て。なんだそりゃ。腹の中が真っ黒以外は大して面白くもない体だぞ。


「それはどういった内容だったのか、かいつまんでもいいので、教えてくださいますか?」


 右膝の夢が僅かに身を乗り出す。少しだけズレた重心に合わせて右足を動かす。


「実際に見た方がいいとは思うけど……えっと、夢さんでしたっけ」


「はい桜坂先輩、私は四季夢です。四季家次女です。そして、兄様同様敬語は大丈夫ですよ」


 可愛らしく笑顔を浮かべる夢。

 ……そういえば、妹達の自己紹介をしてなかったか。


「じゃあ、ゆーちゃんね」


「ゆ、ゆーちゃん?」


 思わぬ提案に夢は面食らう。そりゃそうだ。ゆーちゃんだなんて、家族も言ったことがない。大概は夢ちゃんだ。

 夢の友達がそういうあだ名をつけていたのなら別だが。この反応的に、夢ちゃんだったのだろう。叶と同じ学年だから、なおさら夢や叶や望の呼び方は統一されたんだろうな。

 そんな背景に思いを寄せていると、なんとも言えぬ恍惚な表情の桜坂さん。傍から見れば怖い。知っていても怖い。


「ゆーちゃんに、後の人は……なんて言うのかしら?」


「あ、叶です。願いを叶えるで叶です。四季家長女です」


「じゃあ、かなちゃんね」


 そこはかーちゃんじゃないのか。分からない。桜坂さんのセンスが分からない。

 しかも、あだ名をつけられて嬉しいのか肩に乗った叶が揺れる。今にも飛び出しそうだ。やめて欲しい。


「あなたは?」


 そんな中、それぞれが簡単な自己紹介をしていたのだkら、自分自身に来ることがわかっていた望は、少しビクッと体が震える。

 驚いたわけじゃない。

 むしろ、遂に自分に来てしまったと思ってしまったのだろう。あわよくば、話題が逸れてくれないかなとも期待したのだろう。

 可哀想に、人見知りだから余計にこういった場面での自己紹介は苦しいものがある。というより、失敗したイメージがチラつくからだろうけど。

 しかし、そこは桜坂さん。年長者らしく、望の近くまで体を寄せる。近すぎず、遠すぎない。そんな距離感で。


「望です。四季家の末っ子で……」


「のぞみちゃんね。どんな字を書くの?」


「えっと、希望の望です」


「うん、ありがとう。のーちゃんね、私は桜坂蘭ていうの。蘭はお花の名前からきてるの。もし、どこかで見つけたら一緒に思い出してくれたら嬉しいわ。

 そういえば、そんな名前の先輩がいたわねって」


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 ニコッと、人付き合いのいい笑顔を浮かべる。そこに嫌味などは一切ない。だから、望も素直にそれを受け取ってコクンと小さく頷く。

 なんだろうか。小さな子どもと大きなお姉さんとのやり取りを見ている気がして、心がほっこりしてくる。

 良かったな、望。とぉ兄は嬉しいよ。


「……とぉ兄、怖いよ」


「どこが。そろそろ本題に戻ろう」


「途端に指揮とるじゃん」


 望からは頬に指を突きつけられ、加勢してきた叶に脳天をつんつんされる。どうしてこうなるのだろうか。


「ほら、九鬼の解説動画て気になるだろ」


「いや――いった!」


 言いかけた叶の太ももをバシンと叩く夢。

 ここまでお淑やかな少女だった印象が覆る一撃に、叶は文句を言いかけた口が別のことに気づいて開き方を変える。


「うんうん、気になるよ。うん、九鬼さんも『鬼族』だもんね、同業他社的な競合他社的なやつで気になるよ」


 その言い方だと、俺達も動画投稿しなきゃいけないことになるぞ。とは、指摘しにくい。

 多分、桜坂さんから提案されたことを否定するのは、あまり良くない対応だと夢の物理的叱りに気づいた苦しい言い訳だ。ここで詰めたら叶が不憫でしかない。

 気にはなるが、頭の片隅にでも置いておこう。


「それで、桜坂先輩。九鬼さんの解説動画は見られたということでしょうか?」


 そこはかとなく叶に圧を掛けながら、というより視線で「何も言わないように」と念を押しながら、桜坂さんへ問い掛ける。

 そうすると、桜坂さんは胸ポケットからスマホを取り出して、件の動画を見せてくれた。

 言うより見るのが早いのもそうだが、なにせ、刀道の解説動画とやらを初めて見る。興味津々ではあるけど、九鬼だからいまいち信用出来ないのもある。

 何か嫌なことでも言っていたら直訴しに行こう。


「これって、桜坂さんの試合だね」


「そうだね。後もう一本あって、それが雨曝さんとの試合だね」


 画面に写っているのは泣きそうな表情の桜坂さん。

 対面している俺は一層険しい顔をしている。

 なんだこの対象的な動画は。まるで立会人の視点みたいに、全体を俯瞰して見られる。

 これはこれで、勉強用にはいいだろうな。動きの改善だとか見てわかる。だが、良くない所があるとすれば。


「なんで、画面の右下に九鬼がいるんだよ」


「解説役ですから。それにこれなら、リアクションも見られていいでしょう」


 夢がすかさず解説してくれるが、納得できる部分とできない部分がある。

 というより、俺とは違うからこその反感だろうか。意識的の違いだ。


「俺なら顔出しできないぞ……」


「もう、解説動画とかLIVE配信しているのに顔出しを気にしても仕方ないんじゃない? あたし的に兄さんも対抗して解説動画出せばいいとは思ってるけど」


「それは諦めてくれ。あと、試合とこういうのは違うだろ。対戦相手しか見ていない時と、画面の向こう側の人間に向かって相手しているのは違うというか」


「とぉ兄が動画出したら視聴回数どうなるんだろうね」


 望からの純粋な疑問に答えられるほど、自己肯定感は高くない。リンボーダンスで負け無しの評価は、至って普通に――なんとも言えない中途半端な結果が予想できる。

 なにより、解説できるほど理解しているわけじゃない。刀道も、剣術も。


「それはそうと、九鬼はフェイント全部解説するつもりか? これ、俺がやっていたことに字幕入れてるし見やすいけど、全てを解説するってなるととんでもない数になるんだが」


 動画もまだ前半。そんな中でも、至る所にフェイントポイントとか言いながら指さして説明している。俺の視線だけじゃない。呼吸で上下する肩、指先の動き。柄に添えた左手の力みかた。ふくらはぎの膨らみだとか、瞬きの回数だって。


「これは解説動画というより、解剖動画ですね」


 夢の言葉通り、俺のフェイント全て――意図した動きに解説をしているとすれば、これは動画という形をした攻略本だ。

 説明書なんてものじゃない。

 これら全てがフェイントで、本命は左手人差し指が柄に触れた瞬間に動く、とか言われてしまうと胸の奥がウズウズしてくる。

 あぁ、そうだよ。

 今まで触れていたところをスロー再生すれば分かる。俺はフェイントする時、左手親指から柄を握る。

 そうじゃない時――つまりは刀を抜く時、左手人差し指から柄を握る。

 ただの癖を理解した上だったが、攻略情報にされてしまうのは、少しむず痒い。


「兄さんのフェイントとか駆け引きとか、そういうの全部を紐解いたってことはさ。あれだよ、あの、あれ」


 そう言いながら俺の頭をつんつんしないでくれ。脳天は割と痛いのだよ叶。


「んー、望ちゃんにパス」


「え!?」


 結局、言葉が出なかったのを投げ渡すな。ついでに、俺の頭を叩くな。机じゃないんだぞ。


「えっと、とぉ兄の考えたこととか、どうしてそんな動きをしたのかが明らかになったから、世間の評価だった『舐めプしている』がある程度正しい方向に戻っている――とか?」


「素晴らしい! さすがあたしの妹よ」


 明らかに言わせたのを棚に上げ、調子よく望の頭をぽんぽんと優しくタッチする。撫でないのは髪がぐちゃぐちゃにならないためだろう。そんな配慮ができるのに、なぜ兄には杜撰な扱いをするんだい。

 小一時間、問いただす必要がある。

 まぁ、それは置いておいて。九鬼の解説動画に意味があったとして、それが四季家の信頼回復に多少なりとも貢献したとして、だ。

 唯一、疑問がある。これしかないほどのもの。


「なんで、九鬼がそんなことをしたんだ? 模擬戦では俺をあんなに嫌ってたのに」


「きっと、透さんの手札を全て出させる気なんじゃ」


 中尼君がおずおずと語ってくれる。

 手札、手札ね。


「つまり、これは俺への宣戦布告でもあるし、他の対戦相手へのヒントにもなると」


「……後、あわよくば、九鬼さんが相手になった時。対応しやすいように事前情報を得るためとか」


 雨曝君の言っていることがほぼ正解な気がする。

 俺だったらそうする。九鬼の立場であって、ある種縛られないほどの行動力があるのなら、そういった盤外戦術を駆使して本番に臨む。

 できることがあるのなら、全部してしまわないと勝負はあっという間に決してしまう。

 うん、実に理屈っぽい。筋が通っている。


「兄様。今後どうされますか? このまま、まな板の上で面白おかしく跳ね回りますか?」


 いじらしく問い掛けてくる夢の頭を優しく触る。

 絹糸のように撫で心地のいい。指を通せばそのまま沈んでしまうほどにサラサラな髪。

 うん、やはり愚直であるべきだ。


「そうだな。できれば棘だらけの体で暴れるとしようか」


 解剖できるのなら、してみろ。

 対応できるのならやってみろ。

 そんな気合いを込めて、ゆっくりと息を吐き出す。

 ……さて、どうしよう。

いつも読んでくださりありがとうございます。

そして、投稿が遅れてしまい申し訳ありません。

なんとかできた時間を駆使して、ゆっくり書いていきます。

良ければ、評価ポイントやブクマしていただけると嬉しいです。

もしアドバイスなどあれば教えてくださると嬉しいです。

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