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夜中の声 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふああ〜……う〜ん、月曜日は眠いねえ、こーちゃん。

 ここ最近、ブラックコーヒー飲み始めたんだ。この日の午前から午後にかけては、眠気のピーク。そこでかなり大事な授業が集中していると来ている。

 これまで何度もうとうと、ミミズののったくったようなノートばかりとっちゃってさ。何回、友達の手を煩わせたか分からない。

 あーあ、月曜日に学校がなけりゃいいのに。

 

 これ、ブルーマンデーっていうんだっけ? 月曜日に調子が悪くなるってやつ。

 聞いた話だと、休みの日の過ごし方に問題があるとか。休みの日の睡眠時間が極端だったりすると、起こりやすいらしいよ。

 夜中まで寝入らない。こいつは昼間メインに活動する人間にとってマイナスが多く、ときたま思いもよらない事態に出会う可能性もある。

 うちのにーちゃんが昔に体験した奇妙な話なんだけど、聞いてみない?

 

 

 にーちゃんが一人暮らしをしていたアパートは、お隣さんが外国の人だったらしいんだ。

 にーちゃんが入居して、1年くらいしてやってきたその人は、母国での時差ゆえか夜中に電話をすることが多い。

 この声がなかなか大きかった。にーちゃんはしばしば話し声を耳にし、理解不能な言葉が流れて、眠りを妨げてくることにかすかな不満を抱き出していたのだとか。

 この電話らしき声が聞こえてくる頻度はさほどでもなかった。ひと月まるまる平和な時間のこともあって、にーちゃんはとりあえずそのまま眠り続けていたんだ。

 

 

 ところがある日。

 目を閉じてもなかなか眠れずにいたにーちゃんは、また理解不能の言葉を耳へ入れることになる。

 けれど、今回は勝手が違った。

 いつもは壁越しゆえに起こる、声のくぐもり。それが今回はなく、およそこの寝ている部屋の中で話しているような鮮明さで、声が耳へ飛び込んでくるんだ。


 泥棒にしては妙だ。

 足音が聞こえないのは忍び足の達人という可能性もあるけれど、それにしては話し声が大きすぎる。

 単独犯で独り言が多いなんていうのは、マンガとかのキャラとかじゃないと、まずありえない。かといって複数犯だとしても現場で、しかも住人の寝ているすぐそばで、遠慮ないボリュームなど自殺行為。



 にーちゃんの鼓動は、にわかに強さを増していく。

 起きているのがばれるとまずい。自分が犯人側なら、反射的に口を封じにかかるだろう。

 けれども、このおまぬけな犯人の顔をちらりとでも見てやりたい、とも思った。ひょっとしたら、駅とかに張り出されている指名手配犯だったりして、逮捕に協力。金一封がもらえるんじゃないかという、淡い期待さえ湧き出してくる。


 ――ちょっとだけ。ほんのちょびっとだけなら。


 にーちゃんは、細く細く目を開けた。

 まつ毛さえ完全に取り払われないほどの、狭い視界。そこには寝る前と同じ、明かりを消した傘付き丸型蛍光灯の影が浮かんでいる。

 話し声はまだ止まない。にーちゃんはそっと目だけを動かして、部屋の様子をうかがっていく。



 いなかった。

 この声は、確かににーちゃんが寝ている6畳間のどこかから響いてくる。なのに、その話し声の主たる奴の影や輪郭すら見えない。

 言葉の意味は分からず、ノイズにしか思えなかった。ただ声量からして、人間の喉から出ているはず。よほど声を出すのが得意な動物という線もなくはない。

 が、いずれにせよそいつらに侵入を許すほど、戸締りが緩かった覚えはなかったのだけど……。

 結局、にーちゃんが細いまなこで確かめた限りでは、声がおさまるまで怪しげな姿は見られなかったとか。



 翌日。にーちゃんは、自分の部屋の窓の鍵などを、もう一度確認する。

 どこもきっちり鍵をかけてあったのだけど、代わりに少し妙なところがあった。

 最初に気づいたのが、風呂とトイレにはさまれた空間に置いた洗濯機。その底を支える短く小さい四つのゴムパッド。そのそばのフローリングに、くっきりとパッドの足跡が残っているんだ。

 昨日までは、なんともなかったその場所に。


 ――誰かが、洗濯機を動かしたんだ。


 もちろん、にーちゃんは動かした覚えがない。

 他にも調べてみたところ、冷蔵庫やコンロ、本棚などにも同じような、ずらした跡が残っていたらしい。その個所は合計で9カ所にものぼった。

 

 にーちゃんが最初に思い浮かべたのが、アリババと40人の盗賊。それの盗賊たちがアリババの家を見つけるくだりだ。

 女奴隷モルジアナに対策されるも、盗賊たちは標的となるアリババの家に目印をつけていた。今回の件も、それと同じようなものだと考えたんだ。

 ならば、そのままにしておく法はない。にーちゃんは速やかにそれらを元の位置へ戻し、しばらくは横になりながらもあまり眠らず、自分の部屋へいたずらをしてくる何者かの尻尾をつかもうとしていたとか。



 一か月の間で5回ほど、夜中の部屋で会話する声が聞こえた。けれど、そのいずれでもにーちゃんは寝たふりをしながら、相手の姿を見ようとするも、できなかったらしい。

 隠しカメラをつけることも、一時は考えたけれども、もしばれたときに犯人が自分へ危害を加えてくる恐れも想像すると、とてもやる気になれなかったとか。

 だがこの5回の狸寝入りで得た収穫もある。

 

 音から察するに、この話し声の主は家具たちを動かしきってから、話し出しているらしかった。枕元にある本棚が動く気配を、毎回感じていたんだ。

 そして朝になって改めてみると、件のポイントたちのいずれか一カ所だけは元に戻っている。最初のときもそうで、2回目で1回目とは違うずらし方をされていたから、判断がついたんだ。

 合計10カ所。何者かが話すとき、家具をずらしていくらしかった。

 

 

 にーちゃんがめったに動かさないポイントのみを狙う侵入者。けれども、過去5回のすべてで現金その他が盗まれた形跡は見当たらない。

 意図をはかりかねるにーちゃんは、ちょっとあることを試してみたくなったんだ。

 ずらされている家具の位置。これまではすべて、元に戻していた。それをあえて、10カ所すべてをずらした位置へ持っていくと、どうなるのかと。

 にーちゃんは6回目の会話があった翌日、学校から帰ってくると、動かされている9カ所を確認。最後のひとつであり、正しい位置にとどまっている自分の勉強机を、あえて右に少しずらしたんだ。

 

 すぐ鼓膜を揺らしてきたのは、「キーン」という高い音。

 耳鳴りによく似たそれは、たっぷり2秒ほど響き、ぴたりと止んだ。

 しかしその休みも1秒足らずで、また「キーン」と2秒ほど。そして再びの沈黙。

 延々と繰り返される音の応酬に、「ただ事じゃない」とにーちゃんが机を戻しかけたところで。


「キーン」が途中で、ぶつんと切られる。直後に、叩きつけるような罵声が部屋全体をぐわんぐわん揺らした。

 声はこれまで、何度も夜中に聞いたものと同じ。意味は分からなくとも、それが怒気をはらんでいるのは、ひしひしと感じる。部屋が弾むのにつられて、自分の足から身体が一緒に飛び跳ねそうになった。

 たまらず、にーちゃんは耳を塞ぐ。それでも漏れ聞こえる音量は、頭を痛ませ、脳をぐらつかせるには十分だ。

 めまいにおそわれかけながらも、にーちゃんは半ば体当たりする形で、机を定位置へ戻す。

 

 ぴたりと止んだ。音も振動も。

 ウソのように引っ込んだ事態がにわかに信じられず、にーちゃんが手を外したのは数分経ってからだったらしい。

 他の9つの家具も元に戻したにーちゃんは、このあとすぐに耳栓を買いに出かけたんだ。

 でも、その役目も今晩限りだった。

 耳栓をしたにーちゃんが、連日の睡眠不足でうつらうつらしていると、耳栓ごしにあの「キーン」という音が聞こえてきたのさ。

 

 ――来た。と思った時には、もう部屋全体が昼間以上の揺れに襲われていた。

 部屋に置いてある机もタンスも本棚も、電池で動くおもちゃのように、ぐわんぐわんと飛び跳ねる。

 叫び声もまた倍だ。一方的な怒号が浴びせられたかと思うと、あるいは一息おいて。あるいはかぶせ気味になって、揺れそのものが出す音さえねじ伏せていく。

 その雄たけびは冷えることを知らず、互いに高まっていくばかり。

 

 寝ながらにして、体中にひりつくしびれを感じつつ、にーちゃんは縮こまった。そして逃げていた。

 タンスから最も遠い、本棚のそばへ。跳ねて踊って、中の本ごとこちらへ倒れ込もうとするそれを、にーちゃんは両足のキックで食い止める。

 足裏の支えとなった数冊以外、バラバラと床の上へ散っては、表紙も中身も大いに曲げる。

 ぶざまな姿になりながら、なおも彼らは部屋の揺れにあらがうすべを持たない。盛んに跳ねてにーちゃんの周りを飛び回り、ももやすねへごあいさつを繰り返した。

 いよいよタンスが完全に宙へ浮き、ちょっとでもバランスが崩れればこちらへ倒れてくる、といった寸前で。

 

 ぶつんと、これまで以上に大きい音がして、音が「切れた」。

 ひと呼吸遅れて、着地した家具たちが床を揺らし終わってより後、もはや騒ぐものはいない。

 これだけうるさくしたんだ。隣近所の部屋の人が壁ドンしたり、乗り込んできたりするのを覚悟したが、それはなかった。

 けれども、耳に当てていた耳栓を取り出してみると、それは原型をとどめない不格好なねり消しのごとき姿に、崩れ切っていたらしい。

 

 以降、にーちゃんが引っ越すまでの2週間あまりの間、一度も家具がずらされることはなかった。

 それから数年経ち、急激にケータイ電話が流行り出すのを見て、にーちゃんは思ったそうだ。

 あのとき、自分が住んでいた部屋は巨大な電話になっていたんじゃないかって。

 動かされた家具はダイヤル。10個をあの位置へ動かすと、あの相手につながるんだ。

 夜中にばかり実行されたのは、おそらく時差。向こうの都合がつくのが、その時間だったため。

 それを自分が真っ昼間にかけたもんだから、ひどいトラブルに遭ったんだろう。

 楽しく過ごす時間は、大げんかに早変わり。あいつらの仲もこじれちまったんじゃないかなって。


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