第6話
「僕は“音”を“楽”しむのが好きなんだよ。ただそれだけ」
そう言い張る奏に孝介は一種の屈辱感を感じていた。才に溢れている者ほど、そう言う。一つの物事に対して才に満ち溢れ、優れている者はその本質を見抜き、心の底から楽しもうとする
例を挙げれば、スポーツなんかもそうである。甲子園に出場してレギュラーを勝ち取り、メディアのインタビューに答える高校球児は決まってこう言う
好きな野球……楽しい野球……
好きな野球のためなら努力は惜しまないと……
孝介から言わせれば、そんなのおかしい。矛盾している
幾ら野球が好きだって、楽しからって、努力ではどうしても超えられない壁というのはある。その辺の弱小高校に属する野球部員がその例だ
彼らは毛頭甲子園に出場する気はないはずだ。県大会でそこそこの成績を残せればそれで満足なのだ
理由はなぜか?知っているからだ。自分たちがどんなに頑張っても全国レベルで戦っていくことは不可能に近いと……
高いレベルでやるためにはもちろん努力は必要だ。そんなこと分かっているし、世の中の理だとさえ思っている。が、しかしやはりそこには満ち溢れた才能が備わってなくてはならない
才に満ち溢れた者、その才を磨き上げることが出来る者だけが勝者となり得るのだ
「君には才能がある。それは間違いないだろ。誰もが君みたいになれるわけじゃない」
孝介は低い声で唸るように奏にそう言った。その屈辱感を持ってぶつけることが今の孝介にとって一番気が楽になれるからだ
しかし奏はまたもや首を傾げた
「そんなことないよ。そりゃ僕にはちょっとした音感っていうのはあるかもしれない。だけどそれだけさ。あとは何もない。ただ純粋に音楽が好きなんだ」
「それは才能に満ち溢れた者だけが言えることだ。俺みたいな凡人には皮肉にしか聞こえない。君の言う通りなら、誰でもビートルズ並みのミュージシャンになれるし、誰でもマラドーナみたいなサッカー選手になれるってことになるぜ?」
「そんなの屁理屈じゃんかァ。分かんないかなァ?大人は頭が固いね」
奏にそう言われて、孝介は黙り込んだ。屁理屈……確かに奏の言うとおり、少し大人気ない言い方をしてしまったかもしれない
しかし孝介は持論に間違いはないと確信していた
「君が羨ましい」
孝介はため息混じりでそう呟いた
「俺も君のように才に恵まれてればよかった。君の音楽を聞いて、自分がいかに愚劣だったかを悟ったよ。君の言うとおり……俺の作る曲はダメなものばかりだ」
「まァ、そんなしょんぼりしないでよ。確かにお兄ちゃんの曲は良くはないけどさ」
改めてそう言われると、むっとくるはずだったが、この生意気な“ガキンチョ”に言われても納得してしまうほど孝介は意気消沈していた
しばらく沈黙が続く。孝介は奏から窓の外へと視線を変えていた
空は澄み渡っていた。雲一つない青空である。一昨日の雨の日とは打って変わっての気持ちのいい晴れ空だった
「……ねェ、お兄ちゃん」
奏がゆっくり孝介に話しかけてきたと思えば、奏は自分のベッドから立ち上がって孝介のベッドに近づいていた
手には取り上げられるかもしれないアコースティックギターを持っている。そうかと思えば、ギターを投げ出すように孝介に渡してきた
孝介は慌ててそれを受け取った。反動で音が微かになる。孝介の好きな澄み切った音色だ
孝介はそのギターを目を凝らしてよく見た
真っ白なボディに黒っぽい茶に染まったフラットの部分。弦は錆びている様子はないが、よく見るとボディのあちこちに小さな傷がある
孝介は小さくため息をついた
「楽器はもっと大切に扱え。それと……何のつもりだ?」
孝介がそう聞くと、奏は孝介のベッドに腰掛けて笑っていた
「お兄ちゃん、あげるよ」
「は?」
孝介が聞き返した。ギターをあげるという意味で捉えたが、実はそうではなかった
「あげるよ、お兄ちゃん。僕の音楽を、全部あげる」
孝介はしばらく何も口を聞けなかった
正確な意味を捉えることが出来なかったというのもあるが、それだけではない
奏の目に魅了されていた。そこら辺の子供とは違った目をしていた
澄み切った目だ。何にも捕らわれることのない、強い信念を持っていることが何故か孝介には感じられた
顔つきは幼いものの、その瞳には確固たる信念、覚悟が秘められている
笑顔だが、その笑顔はどこか心の底から嬉しそうだけど、なんとなく寂しそうなものに見えた
孝介はしばらく唖然としてからはっと我に返った
健です
この作品は丁寧な描写を意識しているため、登場人物の心情などが長く描かれている場合があります
もしかしたらそれを好まない方がいらっしゃるかもしれませんが、これがこの小説のスタイルなのでご了承ください
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参考にさせていただきます
皆さんの意見を反映していく小説にしたいと思いますので、ご協力よろしくお願いします
ゆっくり時間をかけて読んでいくことをお勧めします
自分もゆっくり時間をかけて更新していくつもりなので
月乃民さん、評価第一号ありがとうございました。執筆していく上での大きな原動力となりました
皆さんこれからもよろしくお願いします