第4話
朝の時間を終えて、孝介は昼前頃の時間を読書をして潰していた
朝ご飯に食べた病院食は不味いと聞くが、そんなことはなく美味しく頂くことが出来た
孝介自身、お腹がとても空いていたみたいだから、どんなものでも美味しく頂けそうだった
そして今、孝介は特に何かをすることもなく暇を持て余している。母からの差し入れみたいな物で、棚の中に本が数冊置いてあったのを見つけて今それを読んでいる
司馬遼太郎の作品が主にあった。孝介は中学の頃から司馬遼太郎の作品は好きだった。母もそのことを知っていたので、古書店屋でわざわざ買ってきてくれたのだ
しかし母には申し訳ないが、母の買ってきた作品はいずれも読み終わっているものだった。そのため普通なら難しい文体で構成されている司馬遼太郎の作品も、行き詰まることなく読み進めることが出来た
内容は知っているけれど、こうしてもう一度読み直すのも中々面白いものだと思った
そんな読書の時間を楽しんでいた。一冊の半分を読み切ったところで、孝介は本に詩織を挟んで軽くため息を吐いた
それにしても入院生活というのは思ったよりも退屈なものである
安静にしていなければならないために、何もすることができない。ましては足を怪我している孝介は自由に歩くことすら難しい
せめて誰か話し相手がいてくれれば……
朝ご飯の病院食を食べ終えた後、何かないかと棚の中を見たところ司馬遼太郎の小説と共に孝介の携帯電話と財布があった
携帯電話はまだ使えることが出来たものの、液晶画面に大きく罅が入って液晶が漏れかけていた
しかし何とか解読することが出来た
見ればメールが何件か溜まっていて、開いて見ると友人からのメールだった
殆どが事故に関したメールである。二つだけ、他のメールとは違う内容だった
孝介のセフレ関係の相手からのメールだった。今度いつ会えるかというニュアンスが込められたメールだった
さっきも言った通り、孝介は女に困ったことがない。と言っても、今現在心から愛し合っている人がいるのかと言われればそうではない
この相手との間にも愛などは存在しない。飲み仲間に誘われた先の店で声をかけられて知り合った程度である。適当に話していく内に意気投合し、時間が経っていく内にホテルで行為に及んで今の関係が始まった
以来月に何度か会い、軽く食事をしてお互いの欲望を満たし合う関係になった
念を押して言うように、二人の間に愛はない。ただ体の相性が合うだけで、他には何もないのだ
だからお互いのことを殆ど知らないでいる。きっと孝介が事故に遭ったことも、相手は知らないのだろう
こんな状態でこんな文面のメールは場違いかな、と孝介は可笑しく思い返信はしていない
事故のことを知り、心配してメールをくれたことを孝介は嬉しく思っていた
自分には自分のことを心配してくれる人が身の回りにこんなにいたことを気づかされた
普段の人付き合いがいかに大切かを気づかされた
その中で嬉しく思ったのが、今日わざわざお見舞いに来てくれるやつがいるということだ
孝介はその来訪者が来るのを心待ちにして、今の時間を潰していたのである
恐らく見舞いにくるのは昼過ぎくらいであろうと思われた
ずっと本を読んでいたためか、些か目が疲れてしまったようだった。急な睡魔に襲われた。昼の病院食が運び込まれてくるまで、目を休めようと目を閉じた
そのときだった
仕切りのために閉めているカーテンの外がやけにざわめいていることに孝介は気づいた
最初は何だろうと思いつつ、不思議に思った。だが、大方どこかの見舞い客だろうと孝介は思った
特に気にすることはないだろう、と孝介は再び目を閉じた
するとざわめきとは違う音が孝介の耳に入ってきた
クリーンな音色、一つ一つの音階ごとに高さを増す
孝介は聞き慣れたそのギターの音に再び目を開けた
仕切りのカーテンの外から、一度だけ聞こえたその音が気になり、孝介は仕切りのカーテンを開けた
すると、隣のベッドに、あの“ガキンチョ”がいた
ベッドに居座り、アコースティックギターを持ちながら……