第15話
孝介は公園のベンチに居座って、煙草を吹かしては腕にしてある時計を何度か見るという動作を繰り返していた
今孝介は人を待っている。約束の時間だが、五分を過ぎている。そろそろ来るだろうと考えていた
無論孝介がこうして人を待つのには、ウキウキとした気分などいらない。仕事の一つとして、人を待っているのだ
第一今は彼女など不必要である。ただでさえ自分の身に置かれている状況が不安定なのに、女と遊んでいる余裕など孝介にはない
目の前には噴水があって、近くに住む人はこの噴水の前を待ち合わせ場所にする
現に孝介の周りには多くの待ち人を待っている人がいる。特に若い人が多い……若さは同じだが、孝介とは違って待っている人の待ち人とは、若々しい身振りをしたカップルである
ここの公園はそういうスポットなのだ……何故自分はこの場所で待たされているのだろう
もっと駅前の方、カフェなどでよかったのに……
そんなことを考えていると、孝介の前に誰かが立ち止まった。孝介は煙草をくわえながら、その人を見上げるようにして見る。それこそが、孝介の待ち人であった
「ごっめん、ごめん。待った?」
横山仁美は顔の前に手を合わせて謝ってくる。孝介は彼女の顔を見ると、笑顔を作って煙草の火を消した
「いえ。俺もさっき来たばっかですから」
仁美はそれを聞くとほっとため息をついた。まったく、彼女は孝介よりも年上のはずだが、いつもながらそんな風な感じには見えない。が、そこが彼女のいいとことも言える
仁美は孝介よりも五つ年上。身長は一般女性の平均身長でいうとやや低め。若気があってちょっと活発的な女性である
今時風のロングヘアーにカールを巻いた栗色の髪。身振りや容姿は悪くないのに、残念ながら独身である
孝介は立ち上がって、仁美に並んで歩き始めた。仁美の履くハイヒールの音がコツコツと耳を通る
「ゴメンねー。あたし一人じゃ荷が重くって。捜査も難航してるの」
「いえ。佐々木博也の件も無事解決したんで。俺に手伝えることがあれば」
「ありがとう。佐々木博也見つかったんだ」
「叔父から聞いてませんか?」
「うん。最近事務所に帰ってなかったのよ」
「仁美さん、俺と真逆ですね」
そんなことを話しながら、現在仁美が関わっている依頼について詳しく聞いておくことにした
叔父からある程度は聞いているが、詳しくは聞いていなかったからだ
今回の依頼はまたもや人捜しらしい。二週間前にある男が音無探偵社を尋ねてきた
依頼人は孝介よりも、仁美よりも年上の男だった。依頼の内容は……
「恋人の行方を探して欲しいんですって」
仁美は公園内を歩きながら、そう言った
その男性の恋人が急に行方が分からなくなったという。とは言っても、何かしらの事件に巻き込まれたという訳ではなく、ある日その恋人がその男性にメールを送ったのだという
『ごめんなさい。さようなら』
それから彼女は彼に行き先も告げず、どこかに引っ越してしまったらしい
それから何日か経って何の手がかりも掴めず、ついに音無探偵社の門を叩いたという
「はぁ……まるで恋愛ドラマですね」
「でしょ?本当にそんなことがあるんだなーって思ったわ」
「やっぱりその彼女がいなくなった理由っていうのもあるんですよね?」
「う〜ん……まぁ、彼が言うにはね……原因はプロポーズにあるんじゃないかって」
「プロポーズ?」
男性はその彼女がいなくなる前の数日前に彼女にプロポーズをしたらしい。ちゃんと指輪も買って、世にありふれた形のプロポーズを誠意をもってしたという
が……
「そのときの彼女、酷く困惑してたらしいわ」
「で……返事も返さぬまま失踪……ですか」
「そういうこと」
「辛いなぁ、それ。でもそれって、答えはノーってことなんじゃないですかね?」
「う〜ん……でも何も言わないまま突然いなくなるっていうのは変じゃない?もしかしたら何か事情があるのかもしれない」
「そうですね……彼も納得行きませんしね。えっと……ところで今捜査はどのくらいまで?それと今日はどこへ?」
孝介がそう聞くと、仁美は難しい顔を浮かべた
「それがてんで駄目。手がかりになると思えば、その先に繋がらないの」
「そうですか」
「でも、今日は違うのよ。彼女が利用したかもしれないっていう不動産屋が浮かんだの」
「都内ですか?」
「もちろん。今日はそこらに行くのよ」
「一体いくつくらいが?」
「えぇっと……二十件かしら……」
「…………」
今日は一日中歩きまわる羽目になりそうである