第13話
時刻は九時過ぎになっていた。孝介の部屋の中は二人の笑い声が響いていた
既に二人はすっかり酒が入ってしまっていて、出前で取った寿司がそろそろ無くなりかけていた
それでも酒があるから、会話は弾み、気分は心地良くなる。そう感じているということは、孝介はすっかり酔ってしまっているということだった
「アッハハハハハ。そっか〜、弘樹のやつ、また女に振られたか」
「あァ。これであいつ、コンパ五回連続失敗。あいつもよくやるよな」
「目標が高すぎんだよ、あいつは」
「かもな。そんで俺はいっつもあいつのヤケ酒に付き合わされんだよな」
「結構なことじゃんか」
「他人事だと思って……」
「亮太は?あいつも元気でやってる?」
「亮太?あぁ。でも仕事がなかなか決まらないらしいよ。今はフリーター生活」
「ふぅ〜ん……そっか……」
「あいつは結構続いてるらしいぜ?」
「へェ……真紀ちゃんと?大学のときに知り合ってからずっとだろ?すごいな。あいつめちゃくちゃ誠実だからなぁ」
「でも歯がゆいだろうぜ?」
「何で?」
「何でって、真紀ちゃんはもう就職して立派な社会人になってんだぜ?歯がゆいどころか気まずいだろ」
「あァ……こりゃ時間の問題かな」
「かもな。だからあいつ相当焦ってるわけ。真紀ちゃんを手放したくないらしい」
「結婚とか考えてんのか」
「今はそこまで考える余裕なんてないだろうけど……でもやっぱりしたいとは思ってんじゃないか?」
「ふぅ〜ん……フリーターじゃ格好つかないもんな」
「まず結婚式が挙げられないだろ」
「言えてる」
孝介たちは笑い合ってから一息ついた。孝介は再びコップに酒をつぎながら感慨深く呟いた
「みんな……色々と頑張ってんだな」
「うん……」
カズも酒を口にしながら小さく頷いた
「……そういや、足は大丈夫なのか?」
「ん?あァ、もうすっかり。何ともないよ」
「そっか。でも運が良かったな。足一本で済むなんて」
「まったくだ」
孝介は遡ること今から二ヶ月とちょっと前、無事右足の複雑骨折の手術を受けてから何日間か経って無事退院した
それでもちろん治ることはなく、しばらく松葉杖の世話になることになった
足が完治するのには時間が経ったが、歩くのにはさほど労力はいらなかった
ただ階段や段差を登るときには苦労した
そして孝介はそのことを思い出すと、ついでなのかは分からないが入院していた時期を思い出す
酒を口に運びながら、頭の中に浮かぶのはある一人の少年である
音楽の才に満ち溢れていた、しかし重い病気を患っている少年……奏は今どうしているだろうか
奏からの誘いを断ってから、孝介は特に奏と話をすることはなかった。検査や手術のことで孝介自身も忙しかったのもあるが、お互いに話を交わそうとしなかったとこが大きな要因だろう
けれど孝介の方は少し違ったのかもしれない。今日のように、先ほどのように頭の片隅に奏がいた
奏のこと、言葉をふと思い出してしまう自分がいた
あいつの誘いはきっぱり断ったはずなのに、それでもあいつのことを気にかけている。それは何を意味しているのか……
被ってしまうことは、佐々木博也が言っていた言葉……結局自分は今の今まで、夢を諦め切れていなかった
どんなに虚勢を張っても、諦めたと言葉で口にしても、諦めたくない、まだ続けたいという気持ちが残っているがために、彼のように当ての先もないのに東京に居残るような行動に移る
自分はどうだろうか……彼ほどまでとは言わないが……もしかすると……
「探偵の方はどうだ?」
「ん?」
カズにそう聞かれて、孝介は不意に聞き返してしまった
「探偵だよ。仕事上手くいってるか?」
「あ、あぁ……その話か。まぁな。最近依頼が立て続けにあってさ。今日も一つ依頼が済んだんだが、また一つ入っててな」
「ふゥ〜ん」
「人探しはさほど大変じゃないけど、物探しは難航するんだ、いつも。手がかりが少ない中、特定された物を探し出すって言うのには中々骨を折る」
「そうだよな。大きい物ならとにかく、小さい物なんか……」
「叔父さんが言うには、前に指輪の依頼があったらしいよ」
「指輪っ!」
「未亡人の亡くなった夫からの結婚指輪だってさ。三カラットのダイヤ付きのたっかい指輪」
「そりゃ何としてでも探したいな」
「あぁ。でもその時運が良かったのかどうか……吉祥寺の近くのファーストフード店に届けられてたんだ」
「へぇ……誰かが拾ってくれたんだ」
「みたい。未亡人、めちゃくちゃ喜んで涙を流して感謝してきたって。経費の倍近く払おうとしたらしいよ」
「世の中まだまだ捨てたもんじゃないな」
「本当だよな。三カラットの指輪が落ちてて普通届けるか?俺だったらネコババするよ」
「質屋に売る?」
「いや、いざ結婚するってときのためにとっとく」
「何だよそれ」
二人は再び小さく笑い合った。孝介は中に入った酒を少し口に入れた
「……今日の依頼は……つらかったなァ……」
「え?」
「佐々木博也。今日見つかったんだよ」
「あ……あぁ。前言ってたやつ?見つかったんだ」
「あァ」
「つらかったって、何で?」
孝介はしばらく答えず、代わりに窓の外を見る。近くに線路が通っていて、さっきから電車の走る音が響いている。その環境の悪さがあるからこそ、このアパートの家賃は安いのだ
「……夢に破れた落ちこぼれだったよ……」
「え?」
孝介はカズに佐々木博也のことを話した。佐々木博也がこれまでに体験してきたこと、その境遇が今の自分と重なること……少しずつ話して行くと、カズも話の概要がわかってきて、徐々に声のトーンを落としていく
「……なるほどな」
「うん……」
孝介は再び小さく酒を飲む。するとだった
「悪かったな……」
「え?」
カズが沈んだ顔つきで孝介につぶやくように言ってきた
「あのとき、俺があんなこと言い出したから……一番頑張ってたお前が怒るのも無理はなかった……本当に悪かったな」
「よせよ」
孝介は笑ってそう答えた
「もう済んだことだぜ?それに今ではむしろお前に感謝してるよ」
孝介はそう言って笑いながら、また窓の遠くを見つめた
あの日、孝介たち“fingers”が解散することになったきっかけを言い出したのは、紛れもなくカズである
カズは現在金融会社に勤めている。“fingers”がまだ存在していた頃に、カズは先のことを見据えて孝介たちに何も言わずに就活を進めていたらしい
そして金融会社に就職が決まると、カズはすぐに解散の決意を促してきた
当時孝介は、まだ夢を諦めることを知らなかった。そのためか、孝介はカズの言い出したことを最初は理解することが出来ず……さらにはそれを理解した瞬時、カズに対して激しい憎しみを抱いていた
憎しみだ。怒りではなかった。体が瞬時にカズに殴りかかっていた。周りの二人に止められていなかったら、カズのことを病院送りにしてたかもしれない
頭が冷めてから、虚無感に襲われた。夢がついに終わったのだと、徐々に自覚していく自分がたまらなく嫌だった
そこで事故に逢った
「お前があの日、解散のきっかけを言い出してくれたから、俺らはようやく前に進めたんだ。じゃなきゃ今頃、佐々木博也みたいになりかねないよ。だから気にするなよ」
「…………」
カズは何も言い返さず、孝介を見つめていた。酒を飲みながら、そう言う孝介を見てカズは何かを感じ取っていたのである
それからしばらくして、カズは残っていた酒を一気に飲み干した
「……孝介」
「ん?」
「まだ、ギターはあるのか?」
カズがそう言ってきて、孝介は小さく笑った
「え?いや、事故のときにぶっ壊れた」
「学生の時に使ってたやつはあるんだろ?」
「それはあるけど……何で?」
孝介が不思議そうに尋ねると、カズは澄んだ目で孝介に言った
「聴かせろよ」
「え?」
「お前の歌。もう一回聞きたくなった」
孝介はしばらく唖然としていた。それから小さく笑った
「カズ……酔ってんな。お前」
「いいから。ほれ、早くっ」
カズは立ち上がって、孝介をそれをさせるように促して、立ち上がらせようとしてきた
孝介は笑いながら仕方ないと押し入れの中にしまってあったギターを探した
孝介も何故か、全く嫌な気分にはならなかった。どうやら飲み過ぎたらしい
孝介は押し入れからケースにも入れてない埃被ったアコースティックギターを取り出した。ベージュ色の至ってシンプルのアコースティックギター。弦は錆び付いてしまっているし、チューニングはバラバラだ
「弦が酷いな……」
孝介はおかしそうに笑った。こんな風に完全に錆び付いてしまっては、チューニングしているときに必ず切れてしまう
「久々に変えるか」
弦を張り替えて、チューニング、つまり音も合わせた。ピックを持ち、あぐらをかいてギターを持ち、一弦一弦、丁寧に弾いていく
「いい音だ」
孝介は呟いた
「ギターの音は澄んでいて気持ちいい」
本当そうだ。この心地よいクリーンな音色が、孝介は好きだった
「……何が聞きたい?」
カズに尋ねると、しばらくカズは考える素振りを見せた
「ん~……お前に任せるよ」
「ん~……じゃあ……」
孝介はボディを小さく叩いてリズムを取り、優しいメロディーを奏で始めた
イントロの部分だけでカズはそれが何の歌か分かってくれた
「『一日が始まる』か」
「今何となく歌いたいんだ」
朝目覚めると 柔らかな匂いが僕を包む
心地よい瞬間が 君の寝顔と共に
カーテンを開ければ 眩しすぎる朝日
薄ら目を開く君を見て 僕は小さく笑った
おはよう
おはよう
朝になったよ そろそろ起きようか
コーヒーでも飲むかい?
ブラックでもいいかい?
こんな風な日常にありがとう
空は赤く染まる 昼とは違った顔に変わる
世間体に合わせて それも一種の道徳
公園を通れば ベンチに居座る老人がいて
目を合わせたんだ 彼は優しく微笑んだ
こんばんわ
こんばんわ
今日もお勤めご苦労様です えぇ ありがとう
今日が終わるよ
日が沈むのと共に
目の前の夕日に目を細くして笑うんだ
どんなに頑張ってみたって 何かが変わるわきゃないし
一週間経ったって
一年間経ったって
十年間経ったって
日は昇り 沈んでくんだ
一日の終わりには
飲みにでも行きましょうか
今日は奢るよ だって先輩だもん
それもまた ありふれてる現実
おはよう
こんにちは
こんばんわ
心のこもった言葉って何だろう?
でも最後に言わせておくれ 自分にさ
今日もお疲れ様
おやすみなさい…
『一日が始まる』
by Kousuke Otonashi
『一日が始まる』は、中川健司自作の歌詞でごさいます≧∀≦
喫茶店でコーヒーを飲みながら、行き交う会社員やOL、頑張ってる人たちを見て、世間で頑張ってる彼らの思いをこの歌に込めてみました
みんなにどう伝わったのか、そして気に入ってもらえれば嬉しいです♪
ちなみにメロディーもちゃんと考えてるんデスヨ(笑)
このように自作歌詞をどんどん乗せていきます
あと有名な曲もちょいと載せます……
この小説のテーマは「音楽」ですから(◎o◎)
これからもよろしくお願いします( ̄∀ ̄)