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新宿ホームレスと2匹のカワラバト

掲載日:2021/04/10

生きるって何なんでしょうね。

 2021年12月4日。今日は彼の誕生日だ。しかし彼を祝う者は誰一人としていない。なぜなら彼が生き続けることで幸せになる者がいないからだ。


 彼には生きていくことへの恥じらいがあった。こんなにも大勢の人たちが交差するこの駅で、彼の歩いている半径1m以内には誰も入ってこない。土日にもなれば「うぇっ、ホームレスやん…」という若者の声も聞こえる。そしてその人たちが彼に向ける侮蔑した目つきを見れば、生きていくことが辛く、恥ずかしくなるのも無理はない。


 彼が無能で価値のない人間であるという事実は彼自身が最も理解していたものの、無能すぎるが故に一段と目立ってしまっていることが彼の悩みでもあった。

 しかし、この駅は彼にとって非常に住みやすい駅でもあった。この駅には無数の飲食店が存在し、毎日大量の生ゴミが排出される。彼はその生ゴミのビーニール袋を漁るという手法で食糧を得て、日々を食い繋いでいる。それ以外にも、若者が食べ切らずしてポイ捨てしたゴミや、道端に落ちている100円玉で何とかこの世界を生きている。

 彼にとってこの駅は数々の侮蔑した視線によって辛さや恥じらいを感じながらも、生きていく上では非常に助かる駅であり、そのジレンマと向き合いながら日々生活している。それでも彼が頑なに生きるという選択肢を選んでいるのには理由がある。それは彼の心に「死ぬまで生きる」という信念があるからである。


 彼が今日誕生日だということは彼しか知らないであろう。彼ですら正午過ぎに気づいたのだから。彼がやることは今日も変わらない。昨日調達した少量の生ゴミの残りから食べれそうなものだけを厳選し、少しずつ食べる。後は横になるだけだ。昨日手に入れたのは弁当のゴミに残っていたお漬物と梅干し。それから道で拾った飴玉で全てだった。

 運が良い時であれば、クレープの包み紙についた大量の生クリームが食べれたり、弁当の白米が半分ほど残っていたりする事もある。炊き出しを頂くという方法もあるのだが、彼はなぜか炊き出しを受け付けない体になっていた。

 今日が誕生日であるにもかかわらず、16時には彼の手元に飴玉以外の食糧はなくなっていた。彼は今日も、深夜になったら食糧調達の旅に出なければならない。


 23時にもなれば店は続々と灯りを消していく。それと同時にサラリーマンや従業員は帰宅する。彼は飴玉を口に含み出発する。


 彼の行き先は既に決まっていた。最近オープンしたたい焼き屋だ。たい焼き屋では閉店直前までたい焼きをストックしているため、たい焼きが売れ残った場合に廃棄として生ゴミの袋に詰め込まれる。そしてたい焼き屋がある通りはゴミ収集車による夜間回収が行われており、ゴミ収集車が来るのは25時30分前後。23時閉店のたい焼き屋がゴミを出して2時間ほどの間を彼は狙っていた。

 彼はたい焼き屋に向かった。たい焼き屋までは徒歩5分。その間にカワラバトの親子が餌を探している様子で散策しているのを見かけたが、彼にとってはいつもの光景だった。彼にもなれば何匹かは色や模様で分かるようになっていた。


 彼はたい焼き屋に到着した。彼の予想通り、たい焼き屋が出したゴミ袋の中にたい焼きが入っているのを確認にした。それと同時に、隣のクロワッサン専門店のゴミ袋を乱雑に漁る音が聞こえてきた。さっきの2匹のカワラバトだった。カワラバトはゴミ袋を引きちぎり、中からクロワッサンの破片らしきものを口に加えているのを彼は見た。すると彼は、たい焼き屋の固く結ばれたゴミ袋の口を丁寧に解こうと試みた。彼がゴミ袋の口を解いている最中、彼の耳にはカワラバトの親子の会話が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、あれは人?どうして僕と同じことしてるの?」

「そうさ、あれも人間さ。僕らは人間の食べカスやお(・)こ(・)ぼ(・)れ(・)を食べて生きているだろう?同じような生き方をする人間もいるのさ。」


 一瞬、彼の手が止まった。しかし、彼は再びゴミ袋の口を解くために手を動かす。カワラバトの会話は続く。


「どうしてそんなことするの?」

「それはお父ちゃんにも分からないね。ハトにでもなりたいのかもな。」

「確かに!臭いが一緒だ!」


 子どものカワラバトが彼に近寄りこう言った。


「あっちに美味しいクロワッサンがあるけど食べませんか?それかその袋破ってあげましょうか?それと、友達になりませんか?」


 彼はそのカワラバトを無気力な目で睨んだ。そして何も返事はせずに、再び袋の口を解こうと手を動かす。そしてようやく袋の口が開いた。しかし彼は絶望した。袋の中を覗くとたい焼きは凄まじい臭いを放っていた。その臭いの原因は漂白剤によるもので、店側が廃棄したたい焼きに漂白剤をかけてホームレスに食べられないよう対策を講じていたのだ。彼はゴミ袋の前で数秒間立ち尽くしてしまった。すると、親のカワラバトが彼に話しかけた。


「兄ちゃんよ、うちの子が言ってることが気に食わないかね?こっちの袋にはあんたでも食べられるクロワッサンが少しばかりあるんだぜ。食べないならこっちで頂くぜ。」


 彼はカワラバトを無視した。しかし、悔しさや怒り、悲しさや食欲が同時に彼を襲った。


 するとその時、たい焼き屋の店内から出てきた店主が彼の元へ真っ直ぐ向かってきた。


「ちょと、何やってんすかっ!人のゴミを開けないでください!それにうちが出した廃棄は全て食べられないように漂白剤をかけてあるんです。金輪際ここには来ないで頂きたい。」


 たい焼き屋の店主はそう言いながらゴミ袋の口を縛ると、隣のゴミ袋を漁っている2匹のカワラバトを見て、ほらほらあっち行けと言いながら蹴り飛ばそうとした。そしてカワラバトが飛んで逃げていくのを見ると、付け加えるように彼に説き伏せる。


「あんた、あれと同じですよ?」

 さらに店主は続ける。

「ハトは羽を使う。ヒトは頭を使う。それができなきゃハトでもヒトでもお仕舞いですよ。」


 彼は無言でその場を立ち去った。自分の寝床がある地下の大通りに辿り着いた。すると、先ほどのカワラバトの親子がクロワッサンを口いっぱいに頬張るのが見えた。その日の夜、寒空の下で彼はダンボールと一枚の毛布に身を挟み、一晩中頭を使った。


 次の日の朝、彼は午前6時に起きた。今日はいつもとは違う目的があった。彼はずっと大切にしていた平成元年の100円玉と昭和32年のギザ十を握りしめ、100円ショップに向かった。彼は包丁を買った。


 その日の夜、23時くらいだったであろう。彼は昨日出会った子どものカワラバトを捕まえた。右手でカワラバトの首根っこを掴み、左手で羽根を抑えた。彼は人の通りがほとんどない裏路地まで連れて行き、そのカワラバトに名前を聞いた。その子の名はサムエルだった。それを聞いた後、彼はそのカワラバトを包丁で刺した。サムエルの動きは次第に弱まった。やがてサムエルは死んだ。一瞬の出来事だった。彼はサムエルから包丁を抜くと周囲の人にバレぬようにすぐさま毛布に包んだ。


 そして次に向かったのはたい焼き屋だった。彼はサムエルを包んだ毛布を持っていた。羽織っているジャンパーのポケットにはサムエルの血がついた包丁も忍ばせていた。彼はたい焼き屋の出したゴミ袋には目もくれず、店内へ侵入した。このたい焼き屋は出入り口の扉を開けるとまず初めにスタッフルームがある。その奥にあるもう一つの扉を抜けるとたい焼きの焼き台や会計をするレジや窓口がある。


 彼はまずスタッフルームに足を踏み入れた。そこには昨日の店主(彼を注意した人物)が恐怖と驚きを隠せないような表情で彼を見つめていた。


「ちょっ、あんた、何やってんの!おい、警察呼ぶぞ。いやなら出てけ!とりあえず出てけ!」


 彼を見た店主は怒りの感情が込み上げていた。しかし、彼が一歩ずつ店主の方へ近寄ると店主は恐怖を隠せなかった。そして彼は毛布を床に落とし、ポケットから包丁を取り出した。そして目一杯の力で店主を刺した。店主が気絶したのを確認すると、彼は店主から包丁を抜いた。彼は毛布からサムエルを取り出し次の扉を開けた。


 彼は焼き台の火をつけた。たい焼きの鉄板が温まるのを待った。その間に彼は包丁でサムエルを調理した。羽をむしりとり、たい焼きの型に収まるような大きさに足や胸の肉を均等に切っていった。閉店からそれほど時間が経っていないからか、たい焼きの鉄板はすぐに温まった。

 彼はサムエルをたい焼き用の鉄板で焼き始めた。彼は独り言を呟きながらサムエルが焼き上がるまでの時間を潰した。


「しぬまでいきるのがおれのしんねん…」


「あたまをつかってかしこくいきよう…」


「おれにだってなまえはある…」


 彼の名はジンだ。


「1957ねん12がつ4にちうまれ…」


「1989ねん6がつ6にちうまれ…」


「わがむすめよ、そしてサムエルよ…」


 彼は焼き上がったサムエルを食べた。血生臭い味だった。何度も吐きそうになりながらも、彼は口に詰め込んだ。彼は無宗教にも関わらず何かに洗脳されているようだった。


 その頃、彼がやってきた時に偶然トイレに入っていたアルバイトリーダーが隙を見て店から出ると、すぐさま交番に駆け込み警察官に事態を知らせていた。


 警察官が来た頃、彼はサムエルを3分の1も食べきれていなかった。彼は警察官の手によって直ちに取り押さえられるも、彼は抵抗する素振りを見せなかった。その後、彼は激しい食中毒の症状に見舞われた。しかし、彼は死ななかった。一方、彼に刺されたたい焼き屋の店主は搬送先の病院で死亡した。


 彼は牢屋の中でも独り言を呟いていた。


「ひとがやせほそり、はとがこえふとるまち…」


「ぼくらのまちにはせいかいがない…」


「やっとみつけた、ぼくのせいかい」



 

生きるって色々ありますもんね。

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