3-2. 重い荷物を背負うほど、雨衣絢愛は軽やかに走る
中庭で紅く燃える葉が、ゆらゆらパラパラと降り注ぐ中、俺はノートと向き合っていた。
まあ素直に書いておくか。と、それなりに悩んだ結果、ノートにはこう書くことにした。
「生徒会は働きすぎだと思います」
雨衣絢愛生徒会長は1枚の紙と向き合い悩んでいた。
目安箱を設置してから数ヶ月もの間、1枚として入れられることがなかったこの箱に、遂に、1枚投函されていたのだ。
彼女のそれを見た時の精神の喜びようといったらなかった。少し飛び跳ねた。
「こほん」と1つ、彼女お得意の咳払いで落ち着きを取り戻すと、その紙を大事に大事に自分の巣、生徒会室へと持ち帰ったのだった。
しかし、いざその紙を広げてみるとこれ。
「ふえ〜、いたずらだったか……」ため息と呆れたような声が混じり、ドキドキで強張っていた身体をグイ〜と猫のように伸ばした。
「どりゃどりゃ?」と生徒会長の机に乗っかったその紙を人差し指と中指で挟み、ピラッと自分の顔の前に持っていく。
副生徒会長、若草 花由子。彼女は死んだような目で文章をサラッとなぞり、読み終わるとチラッと雨衣を見て一言。
「……絢愛、これ多分悪戯じゃねえぞ」
綺麗な顔をしている元ヤン、若草副会長は粗雑な物言いで意見した後、紙を雨衣の前に戻した。
眉間にシワを寄せ、厳粛な顔で紙と再度向き合うことになった雨衣は酷く困った。
「……返事、どうしよう……」
真面目とわかったら、100%の気持ちで向き合わなければ気が済まない雨衣絢愛にため息を吐きながらも、「こう返事するのは?」 と、最後まで付き合うことを内心決めた若草花由子なのだった。
次の日、掲示板の隅に答えが返ってきていた。
「全く問題のない範囲で活動しております。ご心配頂きありがとうございます」
……ほう。そう呟くより他なかったが、その答弁は俺をムキにさせるのに充分だった。
それから1ヶ月半ほど、週に2回俺と生徒会はやりあった。目安箱に紙を投げ込み、掲示板にバーン!と張り出されるのを待つ。
その間のやり取りで変わった校則が2つ。アルバイト禁止の撤廃と頭髪服装規制の緩和。仕事がお早いことで……生徒たちは当然喜んでいた。
こうして生徒会の仕事を増やせていることに満足し始めていた頃、俺はついに捕まってしまった。
もはや習慣になった目安箱への投函を終え、立ち去ろうと歩き始めると背後から声が聞こえる。
「見〜〜つけたあ……」
感じたことのない圧が背中越しに全身を覆う。これが、プレッシャー!全身が、重い!
俺は恐怖から壊れかけのロボットのようにギギギギ……と後ろを振り返ると、そこには怖い笑顔で俺を見下ろす若草副会長が立っていた。
「ひっ!!」
金取られる!
俺が状況を瞬時に完璧に分析していると、右斜め下。若草さんの隣から声がした。
「もう!花由ちゃん!怖がってます!」
見下ろすと若草さんの左腕を引っ張りながら、ぷにぷにしていそうな頬を、ぷくりと膨らませている小動物のようなかわいい生き物がそこにはいた。
左怖い、右かわいいで脳みそがバグりそうだ。
重い荷物を背負うほど、雨衣絢愛は軽やかに走る。