2-3. 千の春を越えて今君と 飛ぶ
求める道は、常に険しいほど良い。
七宮千春に引っ張られ辿り着いたのはここ屋上。部活もなにもしていない、運動不足の俺には少し辛い速度だった。ビュービューと吹く風に汗は冷え、俺は震えながら首を振っていた。
「お前バカだろ!ふざけんなッ!帰ってこい!」
なにも寒かったから震えていたわけではない。肩ぐらいまでしかない屋上のフェンスを越え、今、七宮千春は屋上の縁に立っていた。腰にビニール紐を巻き付けて。
「たっかいよー!いい気分だねえ!」
俺の忠告はどこ吹く風。これじゃ桶屋は儲からん。などと言っている場合ではない。
「いやもういいだろ?野球部の坊主を上から見れただけでも儲けもんだろ?日常であんなに坊主見れることそうないぞ。な?もう帰ろうぜ」
風で髪が靡くのが、酷く鬱陶しい。俺は帰りたくて堪らない。
こいつのことなど、何1つとして理解できない。
「……当然、するって言ったよね……?」
七宮の細いサラサラした髪も風に揺れる。下からはガヤガヤと他の生徒たちの声がし始め、さっきまでグラウンドで元気よくフライを追いかけていた野球部も、もう片付け始めている。
そんな中、俺は見つかる当ても無い彼を止める言葉を、脳内でグルグルと探し続けていた。
『当然するでしょ!』この選択肢は大きなハズレくじだった。こんな命に関わるようなことならもっと真面目に考えるべきだった。考えたところであの2択では意味がなさそうだが、せめてここに辿り着く前になんとかすべきだったのだ。なんでこんな馬鹿げたことに……俺は少し前までのことを鮮明に思い出す。
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「ふぃい着いた!」
ようやく俺の手を離したのは屋上に着いてからだった。
キラキラとした表情は一切ブレることなく七宮の顔から消えず、ウキウキとした様子は疲れることを知らない。
「はぁはぁ……屋上?」
走ってバクバク鳴っている心臓と呼吸を整え歩きながら、こんな所入れたのか……とフェンスに寄りかかり遠くを見つめる。
この学校は別に坂や山の上にあるわけではないが、周りに高い建物はなく、視界は切り開かれている。学校の近くは田園と疎らに家屋。遠くになるに連れて住宅街やお店が増えていく。見晴らしよく遠くまで見ることができ、多少灰色な空が残念ではあるが、なかなか悪くない景色だ。晴れたらきっともっと良い眺めになるだろう。
なんだ……七宮の良い事というのはこの景色を見せることだったのか。と安堵するのも束の間、振り返るとどこに隠し持っていたのか、ビニール紐を身体に巻き付けていた。相も変わらず、キラキラした笑顔で。
「なにやってるんですかね?」
俺は嫌な予感を足の裏から頭の先まで感じながらも、全く理解できない行動にクエスチョンマークを浮かべていた。
「よーしっ!」と透き通る少年のような声が、ガランとした屋上にポトンと落ちると、ようやく七宮はその行動を説明する気になったようだ。左手を腰に当てモデルのようなポージングを取ると一言。
「バンジーだけど?」
さも当然のようにキョトンとした表情で馬鹿馬鹿しいことを言い始めたこいつを誰か殴ってくれ!と思うことから、誰が逃れられよう。誰かこいつを殴ってくれ。
「待て待て待て待て!」
両手を広げ静止させようと頑張る俺の手に、七宮はビニール紐の先を持たせ、ウインクしながらグーとサムズアップ。舐めてんのか?
「いや無理だって!」
止める声は空しく、冒頭に戻る。南無。
千の春を越えて今君と 飛ぶ。