12-7. 運命の選択権、山藍風花
時間は15時23分。俺たちはバイキングやゴーカートに乗ったり、行き交う人の流れを見ながらかき氷を食べたり、楽しい時間を過ごしていた。
「……最後に乗る」
かき氷のスプーンを咥えた風花が指を差すのは観覧車。
「それじゃあ行こうか」
「……うん」
乗る前から、この場所にさよならを言わなければならないことが、少し寂しくなる。
「……観覧車は、なんで最後?」
列に並び、ゴンドラから降りたり乗り込んだりしている人達をぼんやり眺めながら、風花は疑問に思っていたのか、そんなことを口にする。
「ドラマでも小説でも最初に乗ることってないよな」
言われてみればなんで最後なんだろうか。
「……ゆっくりだから?」
「話の入りから激しいこともあんまりないし、観覧車から乗ってもいいんじゃないのか」
「……確かに」
ゆっくりと進む列の中、ムムムと考えてみるが、答えは出ない。様式美と答えてもいいが、それはなんか違う気がする。
「ロマンチックだから?」
「……観覧車は甘美……?」
「観覧車がというより、2人きりの世界が甘美……?」
「甘美……?」
意味は分かっていても、甘美そのものにピンと来ない俺たちは考えるのをやめた。
ガチャコンとゴンドラの扉は開かれ、俺たちはゆっくりと上昇する孤立した世界に招かれる。
「……これが観覧車」
向かい合って座る風花は、窓から徐々に離れていく地上を見下ろし、初めての観覧車にワクワクしているようだ。
「上から見るとあの洋館すごい異彩を放ってるな」
カラフルな世界の中、ポツリと暗い影を纏って見える。
「……」
対面に座っていた風花は何食わぬ顔でしれっと俺の横に移動した。
「怖かった?」
オバケ屋敷を思い出させてしまったか?かなり怖がってたし。
しかし風花は軽く首を振り、こちらを見上げる。
「……違う。これは、甘美」
「……おう」
唐突に襲ってきた緊張感をどうしようかと思っていると、風花は隣に来ただけでなく、俺の肩に頭をコテンと乗せた。
腕と腕が触れる体温、彼女の息遣い、小さく動く手。
固まる身体をそのままに、2人の静かな呼吸音だけになったゴンドラは、その気も知らずに一定の速度で上昇していく。
「……どう?」
もうすぐ頂上に着くというその時、風花は沈黙を破った。
「話の始まりから、これは持ちません」
鬱陶しく鳴り続ける鼓動を抑えられないまま、俺は風花に目も向けられず、遠くの街を眺めるしかない。
「……観覧車は甘美。理解した」
そんなの理解しないでくれ。そして自分が美少女だということをもっと理解してくれ。
風花は肩から頭を上げ、俺から少し距離を取った。
「ふう……」
詰まっていた息を小さく吐き出し、俺は漸く風花に目を向ける。
下がり始めた太陽に照らされた彼女は、雪のように白い頬を赤くし、胸を手で押さえ、前髪の間から見える眼鏡の向こう側には、潤んだ瞳があった。
「……これは、私も持たない」
いつもとなんら変わらぬ美しい声色は、いつもとなにもかも違う彼女から発せられる。
「……私は、これくらいでいい」
彼女は右手を伸ばし、俺の左手の上に、そっと被せた。
風花の白く綺麗な手はひんやりと冷たく、俺はその氷細工のような手を壊れないように握る。
2人は言葉もなく外を眺め、観覧車はゆっくりと回る。夏の暑さも忘れて……
「……」
「……」
俺たちは降りた後も、繋いだ手はそのままに、どことなく気まずいような、甘酸っぱいような、そんな沈黙を保ったまま、入ったときよりも少し寂しさを漂わせる遊園地を後にした。
「楽しかったな」
俺は左手を優しく握る風花に話しかける。このむず痒い沈黙に耐えられなかったのだ。
「……うん」
いつも通りに戻った風花は、ゆっくりと返事をする。
同じように遊園地から出た人達は、まだその余韻からか楽しそうに話をしたり、笑いあったり、騒がしさを残している。遊び疲れた子供達は親の腕の中で眠り、騒々しさと離れ穏やかな夢を見る。
そんな人達の後ろを歩く俺は、現実にいながら穏やかな夢を見ているようだ。多分、風花も。
「夏祭り……」
駅に向かう途中の壁に、8月の終わりに開催するという夏祭りのポスターがズラリと、何枚も貼られていた。
「……花火?」
夏祭り!と漢らしい書体の後ろには、大きな花火が咲いている。
「やるんじゃないか?」
風花はポスターの前で足を止め、俺の左手をギュッと握った。
「……夏祭り、一緒に行こ?」
風花はスッと顔を上げ、風で流れた前髪をそのままに、揺れながらも力強い瞳をこちらに見せる。
風花から、どこかへ遊びに行こうと誘われる日が来るとは、夢にも思ってみなかった。
「ああ、……」
行こう。そう返事をしようとした時、世界は立ち止まり、運命は俺の肩を叩いてこう呟く。
選択を決めるのはお前だ。しかし、結末を決めるのは、お前ではない……と。
運命の選択権、山藍風花。




