12-6. 唯二人
ジェットコースターを降り、地面を踏む感触が懐かしい。レーンを駆ける音、悲鳴、それらが遠くなった今、心なしか世界が静かに思える。
「……大丈夫?」
肩を貸してくれている風花は、俺の顔を覗きこみながらベンチに誘導してくれている。
「いつもすまんのお……」
よろよろのおじいさんになった俺はゆっくりとベンチに腰を下ろす。なんだかキャラメルの甘ったるい匂いが余計に気持ち悪さを悪化させる。
「……ちょっと待ってて」
俺の頭をポンと1つ叩いた風花は、早歩きなのか小走りなのか、トテトテという擬音が付きそうな足取りで離れていく。
騒がしいところで、1人ベンチに座っていると、なんだかいつも以上に心細い。俺以外の人間全てが、俺を置いてどこかへ行ってしまうような、そんな気分になる。
「……飲んで」
戻って来た風花は、項垂れていた俺に水を手渡し、自分が飲むように買ったであろう小さなレモンティーを首元に当ててくれる。
ああ、世界に2人になった。彼女だけは俺を置いて行かなかった。なんて、弱気になった人間はこんなんだからダメだな……と思いつつも、風花となら、なんとなく2人でも生きていけるんじゃないかと、そんなことを思わせてくれる。
「ありがとう」
弱々しくキャップを開け、舐めるように水を口に入れる。
「……こんなに弱いと思っていなかった。ごめん」
「弱……」
まあ、確かに。弱いという自覚はある。でも俺にはくだらない自尊心があったようだ。なんか傷ついてる自分がいる。三半規管的な意味で言ってるのはわかっているけど。
「?……いつもの、お礼」
何故か凹んでいる俺に疑問符は浮かびながらも、口を開いた風花は少し照れ臭そうに目線を俺から地面に移した。
「お礼されるようなことはしてないと思うんだけど」
そんな気はなくても、少々気恥ずかしい。俺は頬を掻くが、隣の風花はふるふると首を振る。
「……あなたといると、楽しいから」
彼女は俺の首元からひんやりとしたペットボトルを離すと、それを両手で持ち一口飲む。
「……だから、お礼で合ってる」
風花は両手で持ったレモンティーを見つめ、口元をキュッと結ぶ。眼鏡が乗った鼻筋は美しく高く、丸みのない鼻先にスッと通る。
「そうか」
緊張した雰囲気を持ちながら感謝を述べる風花に、俺は愛おしさを感じ、つい優しい目で彼女を眺めてしまう。
「……うん」
風花が小さく頷くと、残るは心地よい静けさだけ。
周りは陽気な音楽や人の話し声、様々な音がしている。確かに聞こえる。それなのに、静かだ。
世界に唯二人。そうに違いなかった。
「ありがとう。そろそろ行こうか」
気分が悪くなったのはジェットコースターのせいだけではなく、騒がしい人混みに長いこと触れていたのも関係していたらしい。
「……うん」
彼女はスクッと立ち上がり、俺に手を差し出す。
「ありがとう」
俺は彼女の手を握り、また元の騒がしい世界へ舞い戻った。
誰もいないベンチに、2人の静けさを残して。
「次はなに行く?」
「……あれ」
「あんな垂直に上ってくやつ……行くか……」
「……冗談」
彼女は繋いだ手を振り、上機嫌に歩く。似つかわしくなかったこの騒々しい場所が、2人の物になる。
唯二人。




