10-3. 雨の日 居場所
雨の日の本は、いつもと違う匂いがする。いつも一緒にいるのに、ふと違う一面を見せてくる。こちらもなんだか、いつもと違う気持ちで読んでしまう。
山藍風花は、騒がしい教室で1人、雨の音を聴いていた。
雨は好きだ。なんだか1人じゃない気がするから。
クラスメイトたちの言う面白いことは、別に面白いことじゃなかった。あの輪の中に入ったら、きっと面白くなるんだと、私は思う。
「はい、お前が行ってこーい!」
「まじかよ!ええ、本当嫌なんだけど!!」
遠くの席で、男の子たちが騒いでいる。きっと私だ。最近、少し多くなった。
「山藍さん!好きです付き合ってください!」
私はこの人の名前も知らない。ただ同じクラスというそれだけの関係性で、なぜこんなことが出来るんだろう。私には、理解出来なかった。
「まじでいった!」と笑う人。またやってるよと呆れている人。少し興味を持って眺める人。
私は、ここに居たくない。
山藍風花はノートにただ1文。ごめんなさい。とだけ書いて見せる。
「うっわ!振られたわ!!」
そう言って見知らぬ男子は笑いながら、仲間のところへ戻っていく。
「そりゃそうだろ」「どんまい!」「危なかったな!」「アホだろお前!」
沢山の煩い声が混ざり合って、もっと大きくなって、その分、私の居る場所は小さくなって、そして、いつか無くなる。
輪に入らないのは、悪いことだ。直接そう言えばいい。そしたら私は、悪い自覚を持って過ごせる。全部私が悪いのだと、そう思って生活できる。そしたら何されたって、もう何も考えなくていい。
昔からコミュニケーションを取るのが苦手だった。下手だった。子供らしさがなく、うまく笑えなかった。大人たちの厄介者を見る目が、常に降り注いだ。
そんな中、ただ祖父だけが、「風花はそれでええ」と笑って肯定してくれた。
「山藍ってなに?」
幼かった私は、大好きだった祖父の膝に座り、自分の苗字の語源を聞いた。
「ふぁっは!そんなことも知らんのか?山藍はだなあ……あー、山藍ってなんだっけ……」
忘れたと祖父は大笑いして、釣られて私も笑った。
その後、自分で調べて、祖父に教えてあげたのだ。
「お爺ちゃん!山藍はね、山に群生するトウダイグサ科の多年草で、昔はその葉っぱから染料を作ったんだって!」
「ふぁっは!調べたんか?風花は立派な子じゃねえ」
そう言うと豪快に笑い、膝の上に座る私の頭を優しく撫でてくれた。
私はつい、図書館で出会った彼のことを思い浮かべてしまう。
「山藍ってなんだっけと思って……」
そう言って照れ臭く笑う顔。
「ありがとう」
そう言って微笑む顔。
そうか。私は、どこか彼にお爺ちゃんを重ねていたんだな。そして自分のことを肯定してくれる人だと、そう思っているんだな。
そうか。私は、彼のことが、大好きなんだな。
この気持ちが、お爺ちゃんへの気持ちと似たような大好きなのか、彼のことを異性として好いている大好きなのか、それはまだわからない。
それでも、2人で出かけた時に酔った私が言った「大好き」は本物だったらしい。
それが、今は嬉しい。
私の居場所はここにはない。だけど、私が居てもいい場所はきっとある。
それが光り輝く場所じゃなくてもいい。真っ暗闇の中でもいい。隣に彼が居てくれたら、もっといい。
私は、少し、彼に会いたくなった。
山藍風花は雨の音を聴いていた。
私は雨の音が好きだ。1人じゃない気がするから。
雨の日 居場所。




