10-1. 雨の日 告白
窓の外で雨が降る。シトシトと音がする。鳥の声も、人の足音も聞こえない。ただ静かに、雨の音がする。
傘を差し、足元を濡らし、俺は幾分か憂鬱な感情を隠すこともせずに、学校への道を1人歩いていた。
「ここちゃんもう行っちゃったよ!」
と起きて早々母親は騒がしかった。今日は早くから用があったらしい浅葱心は、わざわざ母親に「今日は先に行きます!すみません!」とどうやら言いに来たらしい。誠実な娘である。
母親は「遂に面倒見切れなくなったんだねえ」とわざとらしくシクシクして見せ、明日からしっかりしな!と玄関を出る俺の背中に浴びせたのだった。
朝からそんなことをされては堪ったものではない。ただでさえ雨が降り、俺の偏頭痛は止まることを知らないというのに。
ピシャッと力なく、俺の足は浅い水溜りを踏みつける。
しかし、用事があるなんて昨日の朝は言ってなかったと思うが、なにかあったんだろうか。
まあ、いいか……俺は降り止む気配のない空を見つめ、遅刻が確定している道を重い足取りで進むのだった。
―――――――――――――
「はあ……」
浅葱心はいつもより30分以上も早い時間に学校に着くと、深くため息を吐いた。
ゆっくりとした朝を迎え、あいつと急ぎ足で学校へ向かう。それが平日朝のルーティーンであり、楽しみなのだ。
しかし、今日はそれが叶わなかった。その理由は昨日の帰り、下駄箱に1通の手紙が入っていたことに始まる。
「浅葱心さんへ」
字が下手ながらも丁寧に書いたらしいその手紙には、明日早朝伝えたいことがあるので、屋上手前の踊り場へ来て下さい。と書かれていた。
「はあ……」
屋上へ続く階段を上りながら、私はもう1度深くため息を吐くしかなかった。憂鬱だった。あいつの顔を一目でも見ておきたかった。
それでも来たのは、この手紙に少なからず誠意を感じてしまったからに他ならない。
少し古傷の痛む膝を持ち上げ踊り場へ着くと、既に男の子が1人立っていた。1年生の時同じクラスだったサッカー部の橘君だ。
「あ、来てくれたんだ。よかった……」
橘君はホッと息を1つ吐くと、「今日は天気が悪いね。はは」とどうでもいい世間話をする。
「そうね」
ここ1週間、ずっとそうでしょ……なんて思ってしまった。
私が素っ気なく言葉を返すと、場は静寂に包まれ、ただ外で降り続ける雨の音だけが耳に残る。
彼はゴクリと唾を飲み込み、息を1つ吐くと意を決し、話し始める。
「あ、あの、その……俺、浅葱さんのことがずっと好きでした!付き合ってください!」
橘君は勢いよく頭を下げると、右手を私に差し出した。
誰かに想われるのは、ありがたいことだ。彼の気持ちも、きっと本当だ。それでも、私は迷うことはない。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
誰かに好意を伝えられるのは、凄い。私は彼のように、ああして想いを伝えられるだろうか。この関係が終わってしまうことを考えると、私は怖くて堪らない。
静かな教室に戻ると、私は窓際の席に着き、頬杖を付きながら雨の降る外を眺める。雨のせいだ、やけにしんみりとしてしまうのは。
続々と教室にクラスメイトが入って来る。ついさっきまで静かだった教室は、あっという間に明るい声で満たされる。
8時40分になるといつも通り、先生は私たちの前に立ち、今日の予定を話し始める。朝の出来事以外、なんらいつもと変わらない日常がまた今日も始まる。
1時間目、現代文の準備を机に出しふと外を眺めると、閉じられた校門の柵を傘を差したままよじ登っている人がいる。
ああ、なんであんな奴のことが、こんなにも愛おしく、恋しいのだろう。
明日の朝は、彼と登校できる。そのことを考えるだけで、私の心に少し晴れ間が広がった。我ながら単純だ。単純で、どうしようもない。
私は気がつくと口角を上げ、その彼に向かって「早くしなさいよ」と、小さな声で呟いているのだった。
雨の日 告白。




