9-5. 聞こえない台詞に、耳をすませば
しかし、今の彼女が酔っぱらった状態、もしくわ極限にテンションが高まった状態だとして、一体本当の彼女はどちらなんだろう。と電車を待つ中、俺は考えていた。
本当の、というと語弊があるかもしれないが、深層心理にはこういう人と触れ合いたいという欲があるのだろうか。それとも幼児退行的なきらいがあるのか。
俺の左腕にぐでーと掴まる彼女は、果たして彼女のどこから来ている一片なのだろう。
駅に流れるアナウンスと共に電車はホームにやって来る。休日にしては空いている車内に入り、彼女と共にドアのすぐ横の席に隣り合って座ると、すぐに発車した。
「ふふ……また、遊ぼうね」
彼女はそう隣でボソリと呟くと、俺の肩にもたれ眠り始めてしまった。
「ふう」
俺は続いていた緊張の糸がようやく切れ、ついつい息を1つ吐いてしまう。
同時に隣から聞こえるスースーという安寧の寝息につられて、俺も眠くなり、欠伸を1つして目を瞑る。
「…………きて」
ハッと目を覚ますと、風花が前に立ち、俺の肩を揺らしていた。
「……着いた」
外を見ると風花の最寄駅にすでに到着し、プルルルと発車のベルが鳴り始めていた。
「ちょおい!」
俺は勢いよく立ち上がり、彼女の腕を掴むと急いで降りた。
「あっぶねえ」
いや、そんなことよりも、彼女の様子が気になる。
「風花、大丈夫か?」
見た感じ大丈夫そうではあるのだが、眠る前までのあの感じを見ていると不安だ。見た目は変わらないし、もしかしたらまだ……ということもあり得る。
「……問題はない」
彼女はなにが?と首を傾げながら返事をする。完全に元に戻ったようだ。本当に良かった。心の底から祝福したい、この時を。
「……それより、なんで?」
ここにいる?と彼女は俺に言いたげだ。
待ち合わせした駅は俺の最寄り駅の路線、風花の最寄り駅の路線、その2つの路線が入っている駅になる。故に、俺がこっちの路線に乗っていることにクエスチョンマークだったらしい。しかし、ここまでのことを全て彼女に言うべきなんだろうか……そもそも記憶は、まあ俺に聞いてる時点でないのか。
「ああ、いや、なんとなく?」
なんのごまかしにもなっていないが、彼女は「……そう」と特に気にしていない様子で、改札に向かって歩き始めた。
なんにせよ戻ってよかった。本当によかった。隠れているとは言え、美少女に腕を抱きしめられ続けるなんて……俺の精神が破壊されてしまう。
ピッと交通系ICカードをタッチし、俺と風花は駅から外に出る。
「送っていくよ」
元からそのつもりだったし、もしああなったのがカフェインの所為でなかったのだとしたら、また突如あの状態になるかもしれない。1人帰る道すがら、そんな心配をし続けるのは絶対に疲れる。もう今日は精神的疲労を負いたくない。
「……うん」
彼女はどうぞお好きに。という感じで俺の前をゆっくりと歩き始めた。
ああ、この反応がどれだけ恋しかっただろう。
2人、並んで歩いてはいるが、特に話すわけでもなく、ゆっくりと帰り道を行く。
しかし、あの状態が気にならないわけではない。デレデレとした山藍風花に興味はある。だが、あれに付き合い続けるのは今の俺には少し刺激が強すぎる。彼女も覚えていないのなら、そっとしておこう。
俺は隣に並ぶ静かな少女をチラリと見やる。いつもと変わらぬ無表情。これでいい。これがいい。
もう少しで風花の家だなあ。などと思っていると、俺の肩と風花の肩がトンッとぶつかってしまった。
「ああ、ごめん」
「ひうっ……ん、ごめん」
と言うと、彼女はソソッと距離を取った。
ひうっ?俺は風花を見るが、その無表情は特に変わっていない。しゃっくり、なのか?
やはり無言のまま歩き続け、なんだか長かったお出かけも、風花の家の前に到着し終わりを迎えた。取り敢えずなにも起こらずに済んでよかった。
「んじゃあ」
俺は右手を上げて風花に別れを示す。
「……また」
彼女は前回同様、不慣れなバイバイを見せると、足早に門の中へと入って行った。
またがあれば良いなあと思いながらも、あんなことだけは正直やっぱりもうごめんだ。そう思いながら、俺は1人帰路を歩き始めるのだった。
――――――――――――――――
「……なんで」
山藍風花は彼と別れた後、家に入ることなく、門の物陰に隠れてしゃがみ込んだ。
彼女はほんの些細な記憶違いもなく、コーヒーを舐めた後のことも全てしっかりと覚えていたのだ。
彼が追求して来なくて助かった。バレたらどうなることか……折角仲良くなれたのに……ボロが出ないように、帰りの道中はいつも以上に黙り込んでしまった。それでも、もう少しお話すればよかった。と、自分らしくなく寂しくなる。
「……大好きって」
なにを言っているんだろう。馬鹿だ……彼女は無表情を崩さない。それでも心臓はバクバクなり、顔の代わりに心は羞恥によって真っ赤に燃える。
「はあ……これから、どんな顔をして」
山藍風花はため息を吐くと、これから唯一の親しい人とどうやって関係を続けていこう。いつも通り振る舞えるだろうか。そう悩みながら漸く物陰から顔を出し、玄関の扉を開ける。
「……ただいま」
彼女は無表情に、いつもと変わらぬ態度で家に入って行くが、今なお昂る心臓の音は、鳴り止むことがなかった。
聞こえない台詞に、耳をすませば。




