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選択肢の見える世界で俺は今日も無難な答えを探している  作者: 筑前 煮太朗
第2章 知れば知るほど、愛おしくなるモノ
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9-4. 未だ戻らぬ人を呼ぶ


 「……ふふふ」

 オールディーズだけが聞こえる店内に、静かに小さい笑い声が、彼女を中心に波紋のように広がっていく。


 俺の手にツンとして笑ってみたり、今日買った本はずっと探していたとプンと怒ってみたり、山藍風花は3年、いや5年分ぐらいのカロリーを既に使っていそうだ。


 コーヒーをひと口飲んで落ち着こう。カップを口元に近づけようと持ち上げたとき、俺の身体は動かなくなる。


 店員さんはカウンターに座り、店主と話している途中で全ての動作を停止する。店内に流れていた古いドゥーワップはもう聞こえて来ない。


 またこれだ……


 今までなかった口を開いていなくても選択肢が出るという現象が、ここ最近増えてきていた。そのことにうんざりしながらも、俺は少しずつ、その現象に恐怖心を抱き始めている。


 『俺のこと、好き?』


 『俺のこと、嫌い?』


 目の前に浮かんだ2つの選択肢は、酔っぱらったような彼女に聞いていい質問だとは思えなかった。しかし、選ばなければ俺はこの世界で永遠に精神を消耗していくだけになる。心の中で「くそったれ」と思いながらも、俺は冷静に選択肢と向き合い始めた。


 正直この選択肢でなにがどう変わっていくのかさっぱりわからなかった。好きか嫌いか相手に聞く場合、その答えは相手の意見に完全に依存する。そこにこちらの意思は存在しない。


 ただ質問の仕方によって、ある程度その人の自信が見えるだろう。

 明確に、自分のことが好きなのかと聞く場合、確実に相手に好かれているという自信があるか、それともなにも考えていない人間だろう。楽観的な自信家と言える。


 逆に、嫌いかと聞く場合、ある程度の傷付く準備、保険がかかっており、また嫌いではないと言われたときの安心感を得られる。控えめな臆病者である。  



 今回の場合、正直俺は風花に嫌われていることは少なくともないだろうと予想する。そう予想したい。ということで、俺は楽観的な自信家になることを決意した。


 「『俺のこと、好き?』」


 店主と店員さんはまたお話を始め、ドゥーワップはご機嫌に歌い始める。


 その質問を聞いた彼女が「うーん」と首を傾げているのを見て、俺はなにを聞いてるんだろうと一瞬で素に戻ると羞恥心に呑まれる。


 そして彼女はニッコリと笑うと、勢いよく首を横に振った。



 誰か俺を殺してくれ。


 なんなんだこの選択肢は!いや、嫌い?を選択しておくべきだったんだ。俺は楽観的な自信家にはなれなかった。俺は恥知らずの感傷主義者だ。などと思いながら精気を失っていると、彼女は俺をジッと見つめる。

 まさか、このタイミングで元に戻ったのか?俺はごくりと生唾を飲み込む。



 しかしそんなことはなかった。彼女は口元に微笑みを浮かべると、こちらをしっかりと見つめたまま、


 「……大好き」


 と言い放った。


 

 ああ、良かった。本来の風花はまだ彼女の心の中で眠っているらしい……


 「……え?」


 俺は目を丸くして山藍風花を見る。

 

 「ははは……冗談?」

 俺はいつもの彼女の十八番、冗談が飛び出るに違いないと冷静さを取り戻す。えらく動揺させられた。ビックリした。


 「冗談……じゃない」

 そうしてまた、ふっ、ふふふふと笑い出す山藍風花を前に、俺は開いた口が塞がらず、1周回って夢であってくれ。もう俺がもたない。と思うより他なかった。



 「よし、行くか!」

 俺は現実逃避をするように立ち上がり、お会計を済ませると、店主にお礼を言い外に出た。


 今思えば重厚で、なんだかぶっきらぼうなお店だけが、俺の気持ちを察してくれていたような気がした。



 「……待って」

 ヘラヘラとした彼女が、後ろから俺の左腕に飛びついてくる。こんな状態でも買った本はちゃんと抱えているのは凄いな。


 外に出て別の空気を吸ったからか、俺の頭は少し正気を取り戻していた。


 そうだ。大好きと言っても、それが必ずしも異性に対するものとは限らない。そんなことすら俺の頭から抜け落ちていた。そしてあまり、というか全く友人がいない風花は、友達との距離感がわからず、こういう親しい表現を行なっているのではないか。


 と立てた仮説が、純喫茶氷島で発せられた言葉と、今現在起きている彼女の行動に当て嵌まったので、俺は納得し、落ち着きを取り戻した。


 早く帰ってきてくれ。元の風花……



 俺はまだこれから行く帰宅の道のりを、どう乗り越えようかと考えを巡らせるのだった。

 






 未だ戻らぬ人を呼ぶ。

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