9-2. 純喫茶、氷島にて。
いつの間にやら彼女が俺の横にひょっこりと立っているのに気が付いたのは、選び抜いた3冊の本を手に持ち、未だ見ぬ棚を探索していた時だった。
「……良いもの、あった?」
彼女もまた何冊か手に持ち、少しドキドキしている雰囲気を漂わせている。本当に本が好きなんだなあとついつい感心してしまう。
「うん。何冊かあったよ」
俺は手に持った3冊の表紙を彼女に見せると、彼女もまた得意そうに俺の方に表紙を見せてくる。
このやり取りをえらく気に入ったらしい。
「……その本、知らない」
彼女は俺の本を1冊指差すと少し興味ありげにしげしげと見つめる。
「俺は全部知らない」と風花の本を指差すと、彼女はそうだろうそうだろう。と言葉にはしないがどこか得意げに頷く。
その後、彼女に2冊ほど見繕ってもらい、店を後にする。
彼女の右手は早くも俺のジャケットの裾に繋がれ、その歩き方にもどうやら慣れたようだ。
表情こそ変わらないがホクホクと言った感じで、空いた腕で本をギュッと抱きしめると、もう離す気はさらさらない。
テストのお礼に彼女の本代を払おうと思ったのだが、「……自分で楽しむものは、自分で買う」と静かに拒絶され、絶賛悩み中の俺はまた元の道を歩き駅に戻って行く。
しばらく歩いていると、突然俺のジャケットがピンと張り、後ろに引っ張られる。
振り返ると風花はなにかを見つめ足を止めていた。
「……お礼、ここ」
彼女はどうやら地下にあるらしい店の看板を指差しながら、俺の顔を見る。
テスト勉強のお礼はここの店に連れて行くこと。でよろしいのでしょうか。
「純喫茶、氷島」
俺が店名を読み上げると、彼女はこくこくと頷く。
「それじゃあ、行くか」
足を地下へ続く階段へ向けると、見えない後ろ、ジャッケットの裾がヒラヒラと揺らされた気がした。
扉を開けると、ギギギと蝶番が軋む音がし、その店内は誰も寄せ付けず、しかし同時に誰も拒まないという一見すると矛盾した性質を兼ね備えているように思えた。
「お二人さん?お好きな席へどうぞ」
店主だろうか、店内のどこか重厚でぶっきらぼうな雰囲気とは打って変わり、なんだか温和な雰囲気だ。
もう1人はアルバイトだろうか。客がいなくなった机を片付けている。
「ありがとうございます」
俺は店主にお礼を言い、2人がけの小さなテーブルに向かう。
壁にはシングル盤の小さいレコードが飾られたり、古い女優のポスターが貼られていたり、昭和にタイムスリップしたような気さえする。
風花も珍しいのか、キョロキョロと周りを見渡しながら後に付いてくる。もう裾は離していいと思う。
2人対面で座り、机に貼られたメニュー表に目を通す。おやつみたいなものだし、サンドイッチぐらいにしておこうかな。
片付け終えたのか、アルバイトと思わしき女性店員さんが水とお手拭きを持ってきてくれた。
「すみません。サンドイッチとコーヒーを1つください。風花は?」
山藍風花はメニュー表に書かれた野菜カレーとバナナミルクを指差す。
店員さんは注文伝票を書き終え、間違えがないか注文を繰り返すと、その用紙を店主に渡しに行った。
意外とガッツリ食べるんだな。
店内には夏が来るからだろうかエディコクランのサマータイムブルースが流れている。
「……この曲、明るいのに暗い」
彼女は英語が聞き取れるのか、曲に文句を言っている。
「風花って英語話せたりできるの?」
俺がそう聞くと、なぜできない?と首を傾げたあと、頷く。普通できないよ。
「…… The doors on the left side will open.」
彼女はその後、本当に英語が出来ることを示す為、話してくれる。
「いやすごい流暢だけど……なんで電車?」
「……冗談」
そう言うと、してやったり感を出す。出た。謎の技術。無表情で感情表現。
これは俺が彼女に慣れたからわかるのか、そうでなくてもわかるのか。風花の後ろに見える料理を持った店員さんを見ながら、俺は解けることのない問題に挑戦していた。
純喫茶、氷島にて。




