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選択肢の見える世界で俺は今日も無難な答えを探している  作者: 筑前 煮太朗
第2章 知れば知るほど、愛おしくなるモノ
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7-4. その一瞬に栞を挟み、2人は席を立つ


 過ぎ行く家々にポツリ、ポツリと明かりが灯り始める。


 なんとなく、2人は落ち着きがないままゆっくり並んで歩く。どちらもふわりと浮ついた足元を楽しんでいるように見える。西陽は夕焼けと呼べるほど赤く染まり、街に影を落としながらゆっくりとその瞼を閉じ始めていた。


 「風花は本以外に好きなものはあるの?」


 下校時、いつもは背後から照っている夕陽に向かって歩いていることが、いつもの帰り道とは違うことをより明確に伝えてくる。

 横を行く彼女の銀縁は夕陽の光を蓄え、ビードロ細工のように鮮やかに輝いていた。


 「本以外……」


 彼女は真っ直ぐ前を見つめたまま、考え始める。穏やかに吹く風が彼女の頬を撫で、スカートがヒラヒラと揺れる。その度に彼女の良い香りがふわりと漂い、景色と相まってより一層甘美な時を作る。


 「……静けさ」

 彼女が悩んだ末だした答えは静けさだった。


 2人の間に静寂が流れる。川の水のサラサラした音、風が木々の間をすり抜け葉っぱを揺らす音。自然が鳴らすメロディだけがあった。


 「こういうこと?」

 俺は暗に邪魔だと言われたのではないかと気が気ではない。


 「……人がいる時まで、それを求めたりはしない。でも、そう」


 彼女は前を見据えたまま、自分のペースでまた一歩また一歩と、水面に落ちた葉が波立たせることをしないのと同じように、軽やかに進む。


 静けさ。それは良いものだ。自然の声に耳を澄まし、誰の声も聞こえない。閑静、粛然、静寂、無言。それらは色々な思考をリセットしてくれる術。


 「なんとなくわかるなあ」


 「……あなたはなんでもわかる」


 俺が呟くと彼女はボソッと言う。


 「ははは。うん、そうかもね」


 彼女の口から発せられた「なんでも」という言葉は、なにもこの世の全てがわかるのかと問うていたわけでも皮肉っていたわけでもない。


 「あなたは私のことがなんでもわかってしまうのね」


 言い換えればそう彼女は言っていたのだ。


 当然、なんでもわかるはずがない。きっと今日のように話したりすることも増えれば、意見の相違も出てくるだろう。しかし、彼女の言うことでわからないことは今のところ1つとしてない。彼女はずっと正しい。


 「……そうだと良い」

 彼女は穏やかに鈴の音の声色で、言葉を風に乗せる。


 「そういうのは微笑みながら言うと良い」

 俺は隣を歩く山藍風花を覗き込み、デリカシーなく揶揄ってみる。


 「……あなたは、だらしのない顔を、引き締めた方がいい」


 ちらりと横目でこちらを一瞥すると、彼女はそれに乗っかる。


 「ごもっともで」

 俺はだらしのない顔で笑う。彼女とこんなやり取りが出来ていることを嬉しく思う。


 お互いがこの会話を冗談だとわかっている。これは友情を示す反語表現だと。

 

 「……冗談」

 彼女は心なしか嬉しそうな雰囲気を羽織り、わざとらしく言う。


 「わかってる」

 

 

 夕陽に照らされながら歩く2人の影が長く伸びる。道を曲がる度に重なったり離れたり、どっちつかずな影は、それでも隣を行く。

 また一つ、家に明かりが灯った。



 「……もう少しで着く」


 夕陽を見つめる彼女は少し悲哀を帯びた。そう見えただけかもしれない。

 川沿いを抜け、住宅街に入った幸福感溢れる夕暮れの散歩は、穏やかにしかし着実に終わりの時へ近づく。



 時代を感じる住宅街を吹き抜ける風。揺れる花壇の花。軋む樋の音。すべてが、止まる。

 俺は口を開くことなく、選択を迫られた。


 『今度本屋に行かない?』


 『家この辺なの?』


 後日の約束を取り付けるものと、無難な質問。選択肢は目の前に浮かび出る。口を開いていないのに選択肢が浮かび上がるのは、この悪しき束縛に出会った8歳の頃から1度もないことだった。


 少なからず動揺した。こんなもの恐喝と変わらない。口を開くことを強要されている。選ばないを選択できないことを俺は呪うしかなかった。でないと、世界は永遠にこのまま動くことはない。この大きすぎる舞台装置に俺は辟易する。



 誘うべきか、せざるべきか。無難を探す俺に、なぜ選択肢は別の道を与えようとするのだろう。そしてなぜ無難を探しているはずの俺は、別の道にこんなにも心惹かれるのだろう。


 今日はもう冒険した。したんだ。


 俺は無難から外れた別の道に行かない理由を、いつでも探している。ああ、嫌になる。

 


 「『今度本屋に行かない?』」


 俺は山藍風花を誘った。


 ああ、嫌になる。こんな当たり前の台詞を、冒険なんて言い出してしまっている自分に。俺はどれだけ、繊細な乙女なのだろう。ほんの些細な擦り傷で、大袈裟に泣くつもりか。ああ、嫌になった。



 「……うん」

 怒り、激情に駆られる俺のことなどつい知るはずもなく、山藍はあっさり一緒に出かけてくれるという。


 落ち着いている山藍を見ていると、風船のように膨らんだ怒りが段々と萎んでいくのがわかる。俺が影響されやすいのか、山藍にはそういう力があるのか。恐らくどちらもだ。

 


 「ふう、それならよかった」

 俺は空気を1つ出し、安堵する。俺の繊細な乙女心が、彼女が断ることに酷く怯えていたのだ。

 

 「……そう」

 まあそんな安堵している俺などどうでも良さそうに1つ返事をすると、山藍は動かしていた足をピタリ、と止めた。


 「……ここ」

 

 彼女がそう言って顔を向ける家は、屋敷と呼ぶに相応しい立派な作りだった。


 「お、お嬢……」


 「……お嬢ではない。でも、今日は楽しかった」


 そう言い残すと彼女は慣れてない様子で不器用に手を振り、門から家に入って行った。


 「凄いな……」

 俺は振っていた手を下ろすと、誰もいない門の前で1人、感嘆の声を漏らす。



 俺は未だ萎えることなく真っ赤に輝く夕陽を背に、山藍と歩いた道を今度は1人、また歩き始めるのだった。






 その一瞬に栞を挟み、2人は席を立つ。

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