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選択肢の見える世界で俺は今日も無難な答えを探している  作者: 筑前 煮太朗
第2章 知れば知るほど、愛おしくなるモノ
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7-3. 君の匂いを、どこまでも風は運ぶ


 川の水は少ない。それでも流れて行く。この川が流れて行く先遥か遠く、行ったことがない街にも、人がいる。



 裏門を抜けて俺たちは川沿いを歩く。山藍の歩幅は狭い。それに合わせてゆっくり歩くのも、なかなか趣がある。

 

 初めて通る道というのは、なんだか気が急いてしまってなかなか景色を見たりする余裕がないものだ。しかし、隣に山藍が居ることによって、そんな心配もなく景色を見たり、自分の足の裏に伝わる振動を感じたり、普段している当たり前の行動をよく考えることもできる。自己懐疑、とは少し違うが、そういったことは案外大事なのだ。



 しかし横で背筋を伸ばして歩かれると、なんだか自分もそうして歩かなければならない気がする。山藍は隣で背骨を曲げて歩かれると、そうしないといけない気がするだろうか。正しいことをしている方は総じてならないだろうな。


 なんかくだらない事を考え始めてしまったので、俺は山藍に質問することにした。大小様々、いろいろ聞きたいことはある。


 「山藍の下の名前はなんていうの?」

 名札には苗字しか書かれていないので、当然俺は彼女の名前を知らない。知る術もなかった。


 「……風花(ふうか)。似合ってはない」

 彼女は正直余り言いたくなかったのかもしれない。なんかそんな雰囲気がする。


 まあ確かに、失礼かもしれないけど、似合わぬ可愛らしい名前だな……と思ってしまった。なんかレイとかそんな感じの冷たい響きの名前が、どうしても先に。


 「嫌いなの?」

 俺は彼女に聞くが、前の反応からすると意外や意外、彼女はあっさりゆっくり首を横に振り否定する。


 「風花(かざばな)という季語から来ている。と祖父が言っていた。……私は嫌いではない」

  

 「季語?」

 かざばな?風に運ばれる花……?春?

 俺は馬鹿みたいな連想ゲームに自分でガッカリする。


 「……俳句などで用いられる特定の季節を表す言葉」


 山藍は山藍でそうじゃないだろ。


 「いや、そういうことじゃない。これもう虚数の時やっただろ……」


 俺はがっくり肩を落としながら横の山藍に顔を向ける。出会った数週間前となにも変わらない表情なのに、心なしか楽しそうなのはどういう技術なんだ。


 「冗談。風花(かぜばな)は晴れた日に風に舞ってくる雪のこと。綺麗だと思う。」


 わかりにくいから冗談を言う前に冗談と言ってほしい。


 晴れた日に風に舞ってくる雪。ってことは冬の季語か。さっきの連想ゲームは本当に馬鹿だった。なにが春だ。しかし、そういう景色は見たことがないけど情景を思い浮かべてみると、確かに幻想的で綺麗なような気もする。


 「そう聞くと似合ってないわけでもないなあ」


 山藍風花は冷たい感じが確かにするけれど、ドンより暗い雲の下という感じはしない。室内で窓から入る日に照らされている方が、ずっとそれらしい。


 「初めて言われた……綺麗?」

 

 どこ抜き取ってんだ。


 彼女はこちらに顔を向ける。が、目元ずっと隠れてるんだよ。見えないよ。綺麗かわかんないよ。


 「いや、……」

 運命は常に俺に優しいわけじゃない。でも、厳しいわけでもない。


 見えないし……と言おうとした瞬間。初夏に向かおうとする季節の、強い風が吹いた。


 彼女は両手で持った鞄でスカートを押さえる。彼女の前髪は流れ、隠れていた眼鏡の向こう側が露わになる。


 ぱっちりとした二重のややタレ目、長くて密度の高い睫毛、色素の薄い虹彩。スッと通った鼻筋。


 彼女は特に慌てる様子もなく普段通りの落ち着いた速度で前髪を整える。


 「はい、綺麗でした……」


 こんな美人、見たことがない。正直1度、重たい前髪の向こう側に薄らタレ目が見えた時、どちらかと言えばかわいい系なのかなあ。とかそのくらいのことは考えたことがあった。そう思ってた。


 タレ目で美人が想像出来なかったけど、今、わかった。こういう顔のことを言うんだな。



 「……冗談」


 彼女はそう言うと、こちらに向けていた身体をクルッと前方に向け直し、さっきよりもほんの少し、本当に少しだけ、速く歩き始める。


 恥ずかしい感情はあったんだな。


 俺はその事に少し安心しつつも、早くなった鼓動を落ち着かせるにはなにが1番いいのか考えるのだった。




 




 君の匂いを、どこまでも風は運ぶ。

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