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選択肢の見える世界で俺は今日も無難な答えを探している  作者: 筑前 煮太朗
第2章 知れば知るほど、愛おしくなるモノ
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7-1. 例えて言えば、これは1ページ目


 絢愛先輩と撫子との特殊な初デートから2週間。撫子との約束、2度目のお出かけから早1週間が経過した。

 2週連続で遊びに行くとは思っていなかったが、撫子は大変満足していたので良しとしよう。


 5月中旬に入り、雨は降る気配もなく、例年よりも暖かい日々が続いている。

 もう1週間もすれば中間テストが始まる。天候とは裏腹に、生徒たちの背中には憂鬱という名の曇り空が広がっている。それは俺も例外ではない。


 大半がテスト対策だった1日の授業を終え、俺は室生犀星〔或る少女の死まで〕を手に、図書館に向かっていた。


 冒険譚のようにわかりやすい激動があるわけではなかった。そこにはただ1人の寂しい人生の一部、生活が、見る景色が、繊細に事細かに美しく書かれていた。

 人生とはそんなものなのかもしれない。目に見える荒波に立ち向かうことなどそうない。しかし、人間誰しも、人それぞれの見えない荒波に立ち向かっているのだ。

 この本の主人公はいじらしく思える善の人であり、すべての人間の罪を許したく思っていて、世界に愛しい目を向ける。それなのに目には憤怒を灯し、不思議な悲哀を纏っている。俺は彼と友達になりたい。


 そんなことを頭の中で思いながら、俺は山藍に本を差し出しながら「ありがとう!凄く良かった。またオススメ教えて下さい」と呆気なく済ませるのだった。

 

 山藍もどこが良かったかなど聞かずに「……そう」と一言返すと相変わらず細い腕で受け取った本を鞄に仕舞う。


 いつもは部活動をしている様々な人の声や物音が聞こえて来る図書館も、テスト週間の名の下に鳴りを潜め、テスト勉強する数人のペンを動かす音や、ページを捲る音がするばかり。俺と山藍の間にも静寂が流れる。


 今日は図書委員の当番ではないらしい山藍は、貸出返却のカウンター内には座らず、長机の隅で西陽に照らされながらひっそりと本を読んでいた。

 長い前髪が垂れ下がった銀縁の眼鏡の奥で、長い睫毛と少し垂れがちな目がゆっくりとまばたきする。

 

 俺はすぐに帰るつもりでいたが、なんとなく、彼女のスローペースに乗せられる。そんな急ぐこともないかと少し図書館で勉強していくことに決め、彼女の前の席に腰を下ろした。




 「……わかんねえ。虚数ってなんだよ」

 15分ぐらい過ぎただろうか。俺は数学の問題集を広げながら悪態を吐く。


 「……i」


 そうボソッと呟く彼女はボケているとしか思えないけれどツッコんだ方がいいですか?


 「いや、そういうことじゃない。なんで存在しない虚数を使ってまで問題を解かねばならんのかと言ってるのだよ」

 俺はやれやれと山藍に大袈裟に呆れたアピールをする。


 そんな俺を見ても山藍は表情を変えることもなく会話を続ける。

 「……虚数は存在しない数字ではない」


 なにを言っているんだ?

 「……いや、しないだろ」


 「……他の数字は存在しているの?」


 山藍は鋭い視点でそう言い放つと、ペラリと読んでいる小説のページを捲る。


 禅問答?哲学?そりゃ実数は存在して……存在してるのか?おい、数字ってなんだよ。


 俺は机に開かれた数学の問題集を見下ろしながら、数字について考え固まる。

 いや、そんなことは今はどうだっていい。危ない騙されるところだった。


 「んじゃ使うことある?」

 受験には必要だろうが、日常で使うことなんてないだろう。へへん、屁理屈では俺は負けんぞ!


 「……あなたの脳みそでは、使わない可能性が高い」

 負けた。大敗だった。こちらに一瞥もくれることなく、彼女は冷たい声色でえらく酷いことを言う。俺は組んだ腕に顎を乗せ、問題集の上にゆっくりと覆いかぶさる。彼女の視線は文字を追い続けている。


 窓から入った風が、彼女の髪を撫でる。彼女は人差し指で静かに乱れた髪を直した。



 「……やるかあ……」


 俺は山藍を見習い、姿勢を正すともう1度問題集と睨み合う。

 

 「……うん」

 小さく返事をした彼女の言葉が、頑張れと背中を押す。


 そうして彼女はまた小説を1ページ捲るのだった。






 例えて言えば、これは1ページ目。

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