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選択肢の見える世界で俺は今日も無難な答えを探している  作者: 筑前 煮太朗
第1章 約束された出会いもあれば、突然出会うこともある
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1. 浅葱色はシャンソンのメロディに乗って

 太陽は桜を輝かせ、舞い散った後の桜もまた、力尽き倒れ込む美を彷彿とさせる。


 「あんたはいつもいつも!なんでこう余裕がないのよ!」

 浅葱心は怒っている。春の良い日に怒っている。理由は単純明快、俺の朝が少し、ほんの少し遅いからである。


 「俺だってなあ!……」周りは静かになった。隣で綺麗な、それでいて強さのある目で歩く先を見据え、唇をツンと尖らせた彼女は右足を着地させる少し手前で止まる。ポニーテールと桜はそよ風に吹かれ、浮かび上がったまま落ちてこない。俺のこの言いたいことも言えないやるせない気持ちだけが、ざわざわと揺れることを許されている。


 『できれば心と早く会いたいよ』


 『いや、そもそもなんで待ってんだよ』


 目の前に浮かぶ2つの選択肢。これは必ずしも俺が言いたいこととは、違う。俺が言いたいことはそんなことではない。俺はただ余裕がある人間だということを証明したかっただけなんだ……そもそも余裕がないのは俺じゃない。時間という概念そのものに、余裕がなさ過ぎるのだ。と、ただ、そう屁理屈を言いたかっただけなのだ。


 しかし、仕方がない。もう選ぶしかあるまい。それがルール。躾がなっていないルールなのだ。


 『心と早く会いたいよ』まず、これは行きたくない。恥ずかしい以前に気持ち悪さを感じる。俺が言うことによって何倍もの気持ち悪さに膨れ上がる気がする。気がするというか絶対膨れ上がる。間違いない。

 

 だが、『そもそもなんで待ってんだよ』これは過去に似たような例があった。


 それは去年、同じように登校している場面だった筈だ。今回の選択肢にも入っている『早く会いたいよ』というキモワードと、『待ってなくていいよ』という選択肢が出た際、俺は迷うことなく『待ってなくていいよ』を選択した。その答えはこう。


 「ハァっ!?あんたを待ってるんじゃなくて、おばさんに会いに行ってるだけ!勘違いしないでよね!」と、やっぱりあっさりキレられ、蹴りを1発入れられ、無言で登校。そしてその翌日もやはり、朝から母に会いに来ていたのを覚えている。


 しかし、よく考えてみたらこの2つのワード、彼女から見たら両方キモワードなのでは?という疑問が頭に浮かび、その考えは俺をおかしくさせたに違いなかった。


 「『できれば心と早く会いたいよ』」

 

 あ、やっちまった。と思った時にはもう大概遅いものである。


 彼女は右足を軽やかに、桜乱れる地面に着地させ、全くの無表情でこちらを見る。そよ風は少し強さを増し、制服のネクタイがはためく。まだまだ春は、寝起きが悪いらしい。


 「ふふ、気持ち悪い」


 無表情だった彼女はぷふっと我慢できない笑いを口から溢し、立ち止まった。


 「ふふ、ふふふふ、あはははは!早く会いたいよ……だって!おかしい!ふふふ」

 

 彼女は自分のだらしなく大きく開いた口に気がついたのか、手で抑えながらもまだ笑っている。いよいよ目に涙を浮かべて笑い始めた。俺は違う涙を流す他ない。ではない。


 「そんな笑うことないじゃん。それに会いたいよ……なんてアンニュイな言い方してなかったろ!」

 立ち止まったまま笑っている心を尻目に、俺は歩き始める。


 「あっははは!だって!あんたそんなキャラじゃないし……ふ、はははは!」


 歩き始めた俺に、立ち止まったまま後ろ指さして笑い続ける心さん。もうやめて……背後の笑い声は俺の歩く歩幅分だけ遠退いていく。


 おい、いつまでそこで笑ってるつもりだ!心!


 しかし、実際のところ正直助けられている自分がいた。思ってもいないことを言うのには慣れている。当然、変な空気になることにも、慣れている。半分嘘。やはり、嫌なものは嫌だ。昨日まで全く普通に話していた友人と、たった1つの言葉のすれ違いから、なんだかギクシャクした関係になる。そんな事はよくある事ではないけれど、全くない事でもない。浅葱心。彼女は良い子である。それはよく知っている。言わないけど。


 「おい!いつまで笑ってんだ!遅刻するぞ!」

 俺はアッという間に5メートルは離れた彼女を呼ぶ。


 もう十何年にもなるこの関係性を、口煩く(くちうるさく)は思えど、煩わしく(わずらわしく)思ったことはないこともなくはない。やっぱり少し思ったことはある。しかし、この関係が終わる日のことを考えると、やはり、少しどこか寂しくなったりもする。なんだか、漠然と負けた気がしてならないが。



 「遅刻ギリギリだったじゃない!あんたのせいよ馬鹿!じゃあね!」

 「なんでだよふざけんな!馬鹿!じゃあな!」


 下駄箱で靴を履きかけ、2人はそれぞれの教室へと向かうのだった。


―――――――――――――――



 「おはよー!ん?おやおや〜?ココちゃん、良いことでもあった〜?」

 「小豆(あずき)おはよ!ふふふ、別に?」


 遅刻ギリギリで教室に入って来た、私の1年生の頃からの美人な友達は、朝からどうやら良いことがあったようだ。いつもの大きくてキリッとした瞳と、綺麗なピンク色をした薄い唇は、どう見ても少し腑抜けている。


 お昼までこの調子か……と呆れながらも、友達の嬉しそうな顔に、私は今日1日の平穏が、なんとなく約束された気がした。






浅葱色はシャンソンのメロディに乗って

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