6-2. ひねもすのたり、君を揶揄っていたい
彼女の右手は俺と繋がり、彼女の左手は雨衣会長と繋がっている。
彼女は宙に浮かぶようにスキップし、彼女は相変わらず申し訳なさそうな顔を浮かべている隣の従姉妹のことなど気にも留めず、高い建物が並ぶ街にルンルンと鼻歌を響かせる。
「ふぃい……すみません」
雨衣会長は声にならない声を吐き出し、終わりのない謝罪を繰り返す。
いつもニコニコしている表情は見る影もなくしょんぼりとし、いつもシャンとしている背筋も上から重いものを乗せられたようにどんより前に沈んでいる。
こんな雨衣会長の姿を見れることも、なかなかあるまい。
「あはは。雨衣会長、そろそろ気を持ち直してください」
俺はもう立ち直りましたから。を含んだ言葉で、雨衣会長を元気付けてみる。
しかし実際のところ、本当にもう気になどしていなかったのだ。なんなら、少し楽しい気持ちまで出てきている。
俺は1人っ子だし、従兄弟も2人いるが遠くに住んでいるため今まで片手で数えられるほどしか会ったことがない。
何が言いたいかというと、俺はほとんど子供とこうして遊んだこともなければ、従姉妹がどういうやり取りをするのかも知らないのだ。故に、俺は興味がある。
左手に感じる子供の暑くなるぐらいの体温も、小さな手も、なんだかほどよく和むというか癒されるというか……それでいて守らなければ!という庇護欲がどういうものであるか、まざまざと教えられる。
雨衣会長は俺の励ましの声を聞くと、空いた左手を顎に当て、うぅむと考える。
「うん」と1つ頷くと、曲がっていた背筋をピンと伸ばし、いつもの柔らかい笑顔をこちらに向ける。
「ありがとうございます!そうですね!私、今日のデー……お、おお、お出かけ!とても楽しみにしていたんです!楽しまなきゃ、損……ですよね?」
彼女は1人でアワアワしたり忙しないが、最終的には微笑み、小首を傾げて終わらすのだからずるい。あざとい。
「ええ、……」
全くその通りです。という次の言葉まではどうやら言わせて頂けないようだ。
商業施設が立ち並ぶ街中だろうと、何百何千何万という人が歩き回ろうとも、この世界はいとも簡単に歩みを止める。
『今、デートって言おうとしてませんでした?』
『折角かわいい服装ですしね』
浮かぶ2つのワード越しに、雨衣会長の笑顔が見える。
今回はどうやら行き着く先が離れた選択肢のようだ。所謂、分岐点。とかいうやつ。
そういうゲームもやったことがあるが、俺のモノとは別物、というのが正直な見解だ。
と言うのも、俺の前に現れる選択肢には、必ずしもそういったゲームのように分岐点が作られるわけではないという事。
2つのワードの内どちらを選んでも、返ってくる答えが1つということもあれば、曖昧な答えが返ってきて終わりということも多々ある。
生身の人間相手だとそんなもんなのかもしれない。そしてそれの極端な例が、飛び降りようとしている七宮を前に出てきた選択肢。『行け!!』と『行っけえええ!!』というわけである。こんなモノ悪ふざけだ。
さて、元の話に戻ろう。1つは雨衣会長を揶揄う台詞、もう1つはミニ衣ちゃんの登場により言い逃してしまった台詞だ。
なにを隠そう、俺にはちゃんと彼女がデートと言いそうになった声が聞こえていた。
ここだけの話、雨衣会長を揶揄いたくて仕方がない。どんな反応をしてくれるか見たくて堪らない!
しかし、わかっている。さっきまで露骨に凹んでいた彼女にこんなことを言うのはデリカシーがない。それにその流れでまた凹まれては、これからのお出かけにも支障が出かねない。
それに、ここを逃し、改まって彼女の服装を褒めるのには勇気が必要だ。だってそうだろう。
わざとらしく「あ、」とまさに今気づきました!というフリをして、「服装、似合っていますね」とまたここでわざとらしく笑顔を1つ……
そんなの無理だ。そんな演技力は持ち合わせていない。後々に回せば回すほど言うハードルが高くなる。だって今までなに見てたの?私ずっと目の前にいましたけど?今更ですか?と機嫌が悪くなるかもしれないし、もう言わないなら言わないで家に帰ってから会長落ち込んじゃうかもしれないし。もう今言うしかねえんだよ……ねえんだよお!!
俺は魅力的で心惹かれる選択肢を泣く泣く排除するしかなかった。
「『折角かわいい服装ですしね』」
街は再びザワザワと活気を取り戻し、ミニ衣ちゃんのウキウキした鼻歌も隣から聞こえる。
「はい!」
雨衣会長は良い笑顔で元気よく返事をした。が、その3秒後、なにを言われたのか頭の中で整理がついたのか、カァ……と顔がどんどん紅潮していく。
なんかこの紅潮した顔、懐かしいなあ。
揶揄えなかったのは残念だけど、これはこれで……いや、本当。
ひねもすのたり、君を揶揄っていたい。




