5-1. 何者にも染まらず、彼女はただ自分の道を行く
夕陽を見ると、なんだか少し寂しい気持ちになる。
6時間全ての授業を終え、窓から入って来る茜色の光は優しい。
今日1日の疲れを洗い流してくれる。というわけではないが、頑張って重くなった背中を優しく摩ってくれているような、そんな感じがする。
今日はよく昔を思い出す日だった。七宮も雨衣会長も、思い出してみればそんな出会い方だった。
七宮とは選択肢がなければここまで仲良くなることもなかっただろう。明るく楽しく誰とでも話す奴だが、彼はあれでいて他人に興味がないというか、少し冷たいというか。誰かの懐へは安易に飛び込むが、自分のテリトリーにはおいそれと他人を入れることがない。学校ではよく話すが、プライベートは謎な友人。的な。
逆に雨衣会長とは、選択肢がなくとも仲良くなっていた気がする。学校ではそんなに会って話す機会もないが、お互いメッセージで連絡を取り合うようになってから、彼女の素晴らしさをより一層知ることが出来ている。色んな物事への考え方について、お互い興味深く楽しんで聞き、話し、正しい友好関係が構築されている。と思いたい。
そうなると、寧ろあの選択肢がたまに妙な気まずい距離感を作ってしまった気がしてならない。彼女もわざわざその事に触れたりはしないが、選択肢がなければ友人としてもっといい関係性を築けていたのかもしれない。
まあ、済んだことはもうどうしようもない。とフラフラ校内を歩き、別棟の階段を上る。そして着いたのはここ図書館。
借りていた本の返却日まではまだまだ余裕があったが、この土日で読み終えてしまったので、返すついでにまた新たな本を借りようとやって来たわけだ。
解放されている扉を通り、埃っぽい香りが妙に落ち着く図書館に入った。
壁際と真ん中に棚が並び、そこにはびっしりと古いモノから新しいモノまで様々な本が並んでいる。
他人とのコミュニケーションは最低限でいいという人間にとって、ここは自分を守ってくれる聖域。本好きにとってはドキドキできる、させてくれるものが詰まった秘密基地のような場所だ。
「返却お願いします」
カウンターに座るメガネ女子に本を渡すと、彼女はじっと本の表紙を眺める。
ゆっくりと顔を上げこちらを見ると、こくりと1つ頷き、バーコードを読み取った。
マイペースな子だな……と少し苦笑いしてしまいそうになるほど、彼女はスローリーに事を片付けていく。
顎より少し下のラインで切り揃えられたボブヘア。前髪が重く長いので、彼女がこちらを見ていてもしっかりと目が見えることはない。
肌は雪のように白く、太陽の下に出せば反射して発光しそうだ。
細い銀縁のメガネはピカピカに磨かれている。
本ですら重そうだな……と思わせる細い腕を、無言でこちらに伸ばす。
図書館専用の個人バーコードが印刷されたカードを出すのを忘れていた。
「ああ、すみません!」
俺はいそいそと生徒手帳に挟まれたそのカードを出すと、彼女は受け取りながら気にしないと言いたげに、ふるふる左右に顔を振る。
髪の毛の末端がそれに連動して揺れるのが、なんだか良かった。
コミュニケーションは最低限でいい人にとって、ここは聖域。と言ったが、コミュニケーションを必要としない彼女にとって、ここはなんなのだろう。
俺は少し興味を持った。
ピッとバーコードを読み取る機会音がすると、彼女はまた細い腕を伸ばし、カードを返してくれた。
「山藍……」
胸に付けられた名札に、山藍と書かれているのを見て、つい口にしてしまった。
山藍……ってなんだっけなあ。和歌とかに出てくるよな。
彼女は自分の名前を呼ばれたと思い、こちらを見上げ静止していた。
そりゃそうなるよな……ごめん。
「あ〜、ごめん。名前呼んだわけじゃなくて、山藍ってなんだっけと思って……」
ここまで一言も話すことなく業務を遂行していた彼女は、2秒ぐらいの静寂の後、ゆっくりと口を開いた。
「山に群生するトウダイグサ科の多年草。古くはその葉から染料を作ったと言われている」
彼女は全くペースを崩すことなく、ゆっくりと落ち着き払った口調で俺の疑問に答えた。
そんなことよりその透き通った綺麗な声はなんだ?
俺は植物らしい山藍の情報を脳内にインプットしながら、彼女の口から出てきた鈴の音のような美しい声を、もう1度聞きたいと思うのだった。
何者にも染まらず、彼女はただ自分の道を行く。




