4. 気付いた者と気付かぬ者 冬の日短編譚
彼女はマフラーを巻き、雪が今にも降りそうな2月の重い空の下を行く。
高校生になって初めての冬休みも終わり、早1ヶ月が経った。
今週は風紀委員の当番がある。1人辺り1年の間に2回は、生徒会と合同で朝の挨拶を校門で行わなければならない。それは挨拶運動と呼ばれる強制労働。
「ハァー。寒いなあ……」
吐き出した白い息は空中に溶けていき、自分で言った寒いなあという一言が、より一層身を冷え冷えとさせる。しかし、寒いのだから仕方ない。
浅葱心はポケットに入っているカイロを握りしめ、今頃まだ寝ているであろう幼馴染みのことを考える。
良いなあ。私もぬくぬくの布団で寝てたい。連れて来ればよかったかな?手とか繋いだら温かいだろうなあ。どっちかのコートに繋いだ手を入れたりして、冬は意外と良いかもしれない!などと考えている自分が少し情けなくなる。
どれだけの時間をあいつと過ごしたんだろう。片想いを始めてもう10年近くになるのか。
「もう幼馴染みというか姉弟みたいなもんだから!」と、昔は友達にこの好意を悟られないよう言っていたが、最近ではこの台詞を言う度、自分自身を誤魔化す材料にしている気がしてならない。
「なんで朝からあいつの……」
ああ!もうやめやめ!!ただでさえ寒いのに、なんで心まで寒くならなくちゃいけないのよ!
そう思考を振り払ってみても、この恋心をどうしてやろうか!乙女の悩みは留まることを知らないみたいだ。
私の心は2月の空。暗くて重い。などと沈んでいるまま、学校に到着してしまった。
1度教室に行き荷物を置いて校門に戻る。そこが集合場所だ。現在の時間は7時50分。少し早く着いてしまった。
8時から、SHRが始まる8時40分の5分前まで、挨拶運動は続く。
これがなかなかに辛い……寒いなら尚更だ。
「おはよーございます!」
挨拶運動が始まる前から風紀委員の当番の人と生徒会の人、来る人来る人に大きな声でニコニコの笑顔を向けながら挨拶をしている人がいる。
この学校の生徒会長、雨衣絢愛先輩だ。
「おはようございます!雨衣会長!」
私は風紀委員に入ってすぐの4月後半、今回と同じ挨拶運動で会長と知り合った。
「浅葱さん!お早いですね!良い子良い子です!会長は付けなくてもいいんですよ?」
背伸びして私の頭を撫でると、くすくすと可愛らしく笑う。寒さを感じさせることもなく、朗らかにそう言う。
お姉さんしたいんだなあ……と冷静に思いながらも、4月にした会話を覚えていてくれていたんだ!と私はなんだか光栄な思いだ。
その時は「会長じゃなく先輩と呼んでください!」と胸を叩いていたっけ。役職に驕ることなく、会長はいつだって生徒の味方だ。
温和な優しい笑顔は今もその時のまま変わっていない。
私が2月なら、雨衣会長は4月か5月。穏やかでポカポカしていて、小さいのにしっかりしていて、なんだか守ってくれそうな、包み込んでくれているような、そんな人。憧れると同時に、少し嫉妬してしまう。
「おざーす」
あっちで粗暴な挨拶をしているのは生徒副会長、若草花由子先輩。
話したことはないけど、いつも雨衣会長と一緒にいる人。正直なところ、少し怖いです。
「あ、そう言えば!浅葱さんの幼馴染み君は、なんだか変わっていてとても面白い方ですね!」
ふふふふと子供のように笑う生徒会長が発した言葉に、聞き流せない内容が含まれている。私はそれを理解するのに少し時間がかかった。
なんで知っているの?どこで出会った?どう言う関係?
私の頭は急激に働き始めた為、空回りしていた。若草副会長が面白くなさそうに睨んでいるのも、それをさぞ助けたことだろう。
「あ、ええと、そうですね!変な奴ですけど!知り合い、なんですか?」
私は願った。
恋人ではありませんように!!どうかお願いします神様!!私が悪かったです!!勝ち目がまるでありません!!石田三成率いる西軍もドン引きの敗戦濃厚接触者にはさせないでください!!お願いします!!
「知り合い……えっと、あの、お、お友達、ですよ?」
さっきまで子供のような笑みを浮かべていた雨衣会長はもういない……今、私の前にいるのは、顔を赤らめ照れているめちゃめちゃかわいい1人の女だ!くそう!
「チッ」
舌打ちが聞こえた方を見ると、"気に入らねえ"の6文字を隠しもせず大々的にぶちまけている若草副会長がいた。あの、怖いです……
「あ、もう8時になりますね!では皆さん!張り切っていきましょー!」
雨衣会長の表情は既に子供のような無邪気さを取り戻し、温和な笑顔で小さな握り拳を天に掲げ、皆の士気を高めていた。私と若草副会長以外の……
それでも、良かった。まだ、チャンスはある。恐らく雨衣会長はまだその気持ちに気がついていないか、見て見ぬ振りをしようとしている。
私は雨衣会長の、まだ秘められた恋心を知り、あの堕落した幼馴染みを誰かに渡してなるものか!と、人知れず闘志を燃やすのだった。
「おはようございます!!!」
気付いた者と気付かぬ者。冬の日短編譚 完




