3-5. 旅立つ雛を思えばこそ
「ふぅ……」
若草花由子をなんとか宥めた雨衣絢愛は安堵の表情を見せると、未だ赤くなった顔のまま俺の前に堂々と立った。
堂々と前には立ったが、目が合うとふいっと逸らすし、手は落ち着きなくモゾモゾと動いている。しばらくその状態が続いたが、意を決したのか、彼女は言葉を紡ぎ出した。
「は、初めてそのような事を言われました!でも、あの、お、お味噌汁は、さすがにまだ早いと思います……」
動揺からか少々どもりながらも、彼女はしっかりと自らの意思を示す。
「ただ……あなたとは、仲良くなれる気がするので、答えはまだ先……という事で、あの、ダメでしょうか?」
上目遣いで今度こそしっかりと俺の目を見つめ、紅潮していた顔は、耳の先まで更に真っ赤になる。身体の横でにぎにぎとさせている逃げ場のない手は震えていても、彼女の芯はブレることなく目の前にある。
ああ、俺は雨衣絢愛という人間が好きだ。恋人になるとか、そういうことは一先ず横に置いて、俺は雨衣絢愛という人間を愛さなければならない。強く真っ直ぐでありながら、なんと可憐で柔らかな人間性だろう。そう思わずにはいられない。
「ダメなことは全くありません!雨衣会長と、知り合いになれるだけでも、とても嬉しく思います。本当に」
心の底から出てくる言葉は、どんなに恥ずかしい台詞でもスラスラと言えてしまうんだなあ。舌の上を少しも滑ることなく、俺は本音をさらけ出していた。
「よかった……私も、とても嬉しく思います!お友達から、よろしくお願いしますね!」
さっきまでの手の震えも止まり、紅潮していた顔は柔らかそうなほっぺに赤みを残すだけになり、雨衣会長は満面の笑みを見せた。
「はい!こちらこそ、よろしくお願い致します!」
ヘラヘラと2人で照れ笑いを浮かべた後、連絡先を交換し、お互いの趣味嗜好を話しながら和やかに生徒会室を後にする。
こうして、1年前の色づく秋、俺は雨衣絢愛生徒会長と恋人未満のお友達として、お近づきになった。
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「おーい……私のこと、忘れてんなあいつら……」
2人出て行った後の生徒会室にポツンと取り残された若草花由子は額に青筋を浮かべながらも、雨衣絢愛に仲良くしたいと思える男が出来たか……と飛び立つ雛を見送る親鳥の気持ちを味わっていた。
中学の時、喧嘩で出来た擦り傷に、彼女が心配の表情を浮かべながら貼ってくれた絆創膏。もちろんその物自体はその日の夜に剥がしてしまったが、その絆創膏は今日まで若草花由子の心を癒し続けていた。そしてきっとこれからも、癒し続ける。
「はあ〜あ、授業、サボっちまおうかなあ」
そう言いながらも、彼女はもうそんなことが出来ない立場だと、自分自身理解していた。
生徒会室の窓から見える空は、来たる冬を感じさせる独特の寂しさを抱えながらも、嫌になるぐらい快晴であった。
雨衣絢愛が貼ってくれた絆創膏に癒され続ける限り、若草花由子は彼女を守り続ける。
旅立つ雛を思えばこそ。




