表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ある夏の声

作者: 神奈宏信

久しぶりに書いてみました。

もう、夏も終わっていますが、お付き合いいただけるなら幸いです。

ある夏の声


 強い日差しが街に照りつける。

空は快晴だが、遠くの山には積乱雲がみえる。

どこかで雨になるかもしれないと、なんとなく思った。

黒い制服のズボンに両手を突っ込み、スクールバッグを肩から提げる俺は、傘を持ってこなかったことを少し後悔していた。

「折り畳みくらい持ってくればよかったか。」

信号が赤になり、立ち止まる俺は、頭を掻きながら山を見上げていた。

「おはよう。たつ君。相変わらず浮かない顔をしているね。」

ばんと、強く肩を叩かれた。

「相変わらずはないだろ。そういうお前は能天気すぎだろ。」

軽口を叩く少女をじろりと睨み付ける。

幼馴染みの高原冴美は、両手を後ろで組み、鞄をぶら下げて笑っている。

風が吹き抜けて、彼女の長いストレートの黒髪や、白いワイシャツの上につけた赤いネクタイを揺らす。

「だいたい、お前は・・・。」

「ごめんごめん。ほら、怒ってばっかりいたら、学校遅れるよ。」

「おい!」

冴美は、笑って誤魔化しつつ、俺の背中を両手で押した。

信号が変わっていたため、そのまま俺たちは横断歩道を渡っていく。

渡りきると、下り坂の大通りに出た。

同じ制服の生徒が並んで歩き、自転車は勢いよく俺たちを追い越していく。

「いや、暑くなったね。もう夏かな。」

「ん?ああ。まあな。」

「夏はいいよね。私、夏好きだなぁ。」

夏ね、と呟いて、俺は少し空を見上げて考えこむ。

夏といえば、と自問してみる。

暑い。

テストがだるい。

あまりいいことが思い浮かばない。

「そうか?そんなにいいか?」

「これだからたつ君は。りょう君なら絶対わかってくれるよ。」

唐突にもう一人の幼馴染みが出てくる。

面倒くさがりで、いい加減な幼馴染み、玉手遼太がわかってくれるとは、到底思えなかった。

「お前だけじゃん。第一、どの辺がいいのさ。暑いし、蚊は出るし、テストあるし。いいことないじゃん。」

「そんなことないって。なんか、呼んでるじゃん。山とか海とかさ。たつ君には、そういう風流が足りないよね。」

「風流ってお前な。」

夏の話をしているうちに、いつの間にか学校が目の前に見える。

校門を潜ると、玄関に続く並木道を、鞄をぶらっと振り回しながら駆け出す。

半ばまで来たところで、立ち止まってこちらを振り返って声を張り上げた。

「ほら!夏が呼んでるぞ!」

木漏れ日に照らされる彼女は、確かに夏という雰囲気を纏っていた。

目を細めて彼女を見つめつつ、俺も負けじと声を張り上げた。

「呼んでねぇよ!馬鹿!」

浮かれた調子で、冴美は並木道を走っていく。

ちゃんと辺りを見ているのかと心配になる。

「ぶつかるぞ!」

大声で、彼女に聞こえるように叫ぶ。

刹那、横合いの駐輪場から背の高い、ワイシャツ姿の男子が出てくる。

鞄を振り回していたため、それが男子の後頭部を直撃してしまう。

「あっ!」

だいぶ鈍い音がした。

男子は、そのままうずくまってしまう。

「言わんこっちゃない。大丈夫か?」

「冴美。お前、何か恨みでもあるのか?」

うずくまる男子は、低い声で言った。

その声は、俺も冴美も馴染みのあるものだった。

「ああ。なんだ、りょう君か。」

幼馴染みの玉手遼太その人だ。

頭を押さえながら、遼太は立ち上がる。

「大丈夫、だいじょーぶ。りょう君は強い子だって私よくわかってるよ。うん。」

「調子のいい奴だな。」

がしがしと髪を掻いて、遼太は言った。

「さすがにさ。殴っていいんじゃねえ?」

「ん。いや、後がこえーからいいわ。」

ひらひらと手を振って、遼太は一歩前を歩く。

いつも、こいつは歩調を合わせることはしない。

俺と冴美が、後ろをついていくのがお馴染みとなっている。

「相変わらずつれないな、りょう君は。まあ、夏が呼んでるから足早になっちゃうのもわかるけどさ。」

「なんだそれ?」

遼太は、視線だけをこちらに向ける。

よくわからん、と俺は肩を竦めてみせた。

「二人とも、老け込んじゃってると、あっという間に夏は過ぎちゃうんだぞ。」

俺と遼太が顔を見合わせていると、その隣を冴美はすたすたと抜けていく。

「ふーん。まあ、いいか。でさ、お前ら進路とか決めたのか?」

「ああ。やっぱ進学かな。とりあえず、大学出とかないとって思うし。冴美は?」

前を歩いていた冴美は、急に足を止めた。

「うん。決めるには、決めてるかな。」

こちらを振り向く訳でもなく、冴美は答える。

「へぇ。やっぱ大学か?」

「そうだね。」

冴美は空を見上げた。

風が吹き抜けて、木々を揺らした。

「やっぱ、待ってなんてくれないよね。」

「ん?おい、冴美?」

立ち尽くす彼女の肩をぽんと叩く。

少し慌てたように、彼女は振り返った。

「あ、うん。なに?」

「いや、教室いこうぜ。」

「ああ、うん。教室ね。いこいこ。」

くるりと踵を返して、冴美は歩いていく。

「何かあったのか?あれは。」

「さあ。知らね。」

俺の問いかけに、遼太はさも興味なさそうに答えるのだった。


 肘をついたまま、窓際の席から冴美の様子を窺う。

時折、白いカーテンを強い風が巻き上げる。

宙を舞うカーテンを鬱陶しく思った。

「さえさ、放課後どうする?」

「んー。図書室でも行こうかなって。」

眼鏡をかけた、小柄な少女と冴美は話し込んでいた。

彼女は、竹邑夕美さん。

冴美とは、一年生の頃から親しくしている。

「珍しいね。てっきり海かと思った。」

「まあ、夏なんてあっという間だもんね。」

あはは、と冴美はあっけらかんに笑う。

それから、冴美は立ち上がって席を外す。

それを見計らってから、俺は竹邑さんを手招きする。

彼女は、俺に気がついて、小首を傾げつつ席を立った。

「どうしたの?」

ずいっと顔を近づけると、驚いた様子で、彼女は後ろに一歩引いた。

気にせずに俺は彼女に尋ねる。

「あのさ。冴美のことなんだけど。」

「う、うん。」

「なんか言ってた?」

「何かって?」

更に顔を寄せて、声を潜める。

「だって、変じゃないか?最近のあいつの様子さ。」

「変って。うん、まあ。そうだけど。」

眼鏡の奥で、竹邑さんは困ったような目をする。

「だから、竹邑さんならなんか聞いてるかなってさ。」

「私も全然。でも、ほら。進路とかあって難しい時期でしょ?不安なこととかも多いと思うから。」

腕組みして、背もたれに大きくもたれかかる。

「変わっていくもんね。色んなことが。」

「変わっていくね。」

竹邑さんは、窓の外をじっと見ている。

いつの間にか、雲が立ち込めて、外は若干薄暗くなっていた。

「あ。そろそろさえ、戻ってくるから。」

「あ、うん。悪かったな。」

そさくさと自分の席に戻っていく竹邑さんを、見送って、俺は腕組みしたまま宙を仰いだ。

変わっていく、か。

そんなこと、考えたこともなかったな。

生まれた時からこの街で育ち、この街で大人になっていくって、ずっとそう思っていた。

明日も明後日も、ずっとこんな日が続くんじゃないか。

そんな気持ちで、ただ漠然と毎日を過ごしていたのだ。

戻ってきた冴美は、相変わらずの態度で竹邑さんと話している。

やっぱり、変わっていくなんてことがあるのだろうか、とそんな気持ちで一杯だった。


 昼休みを迎えて、俺は屋上に登った。

そこで、よく遼太と昼食をとっていた。

それは、もう毎日の日課だった。

外に出ると、ざあざあの土砂降りとなっている。

「うわ。降ってるな。」

「おう。降ってるぞ。」

入口近くの軒下に寝そべって、遼太はこちらに手を振っている。

俺は、その隣に座り込んで弁当を広げる。

降り注ぐ雨は、激しく屋上の床を叩いている。

時折、隣の排水管を水が流れていく音が聞こえた。

「お前、弁当は?」

「もう食った。」

「早いな。」

二段になっている弁当箱の下の方を手に取る。

黒い長方形のそこには、白米が詰まっている。

上には海苔がかかっていて、申し訳程度に醤油で味付けされていた。

「お前さ。」

箸ですくいあげて口元に運ぶ最中に、隣で寝そべって足を組んでいる遼太が声をかけてくる。

「冴美のこと、どう思ってる?」

「は?どうって?まあ、確かに変だよな。最近。」

「いや、そういうのじゃなくてさ。」

「じゃあ、どういうのだよ。」

視線を向けると、遼太は寝ころんだまま宙を眺める。

雨脚は弱まることはない。

相変わらず、大粒のそれが地面を叩きつけている。

普段あまり表情の変えることのない遼太だが、少し苦しそうに眉を顰めている。

「言えよ。気になるだろ。」

「俺さ。言おうと思うんだ。冴美に。」

「何を?」

「好きだって。」

「は?」

俺も思わず黙り込んだ。

彼の言葉が理解できなかったのだ。

暫くの間、お互い黙り込んでいた。

雨の音だけが俺たちを包み込んでいた。

徐々に意味が理解できる。

こいつが、冴美のことをそういう風に思っているなんて思わなかった。

そこで、ようやく遼太がこちらに少しだけ視線を向けた。

「なんか言えよ。」

「え?あ、ああ。そうだな・・・。」

なんと答えるべきかを、一生懸命頭の中で考える。

様々な思いがぐるぐると巡っている。

俺のとるべき行動は・・・。

「あ、ああ。いいじゃん。うん。応援するって。」

箸を持った手で、遼太の肩を軽く突く。

「いや、お前が冴美のことそういう風に思ってるとか思わなかったわ。ちょっとびっくりしたじゃん。」

「あいつ、面白いよ。俺さ。あいつのこと、もっと見てたいって思っててさ。」

「ああ。わかるわ。」

こいつが言うことは、俺もなんとなくわかった。

変わり者だが一生懸命でひたむきで。

冴美は、人生を力強く生きているという雰囲気があった。

そういうところが、俺も好きだった。

「お前もそうなんじゃないの?」

「俺は、幼馴染としてだよ。」

気を遣うなと言って、遼太の肩をもう一度押す。

遼太は、体を起こして空を見上げた。

「恋して、家庭持ってさ。俺らもいつか大人になってくんだな。」

「あー。そうだな。あんまり実感ないや。」

俺たちは、並んで空を見上げた。

あまりに唐突な変化についていけず、弁当を持ったまま俺は宙を仰いだのだ。

意識がようやく戻ってきた時には、遠くに昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いているのだった。


 何が正しかったのだろうか。

土砂降りの雨の中、俺は放課後に途方もなく街を彷徨い歩いた。

雨脚はピークの時に比べれば弱くなっていたが、それでも俺はずぶ濡れだった。

車が水しぶきをあげて通り過ぎていく。

すれ違う人は、傘をさして忙しなく歩いていく。

頬を雨が伝って流れ落ちる。

途方もなく歩いてきて、気が付けば河原にやってきていた。

坂道を降りて、橋の下に腰を下ろす。

「勝負すればよかったのかな。」

動揺していた時点で、俺の負けのようなものだ。

その上で、自分の気持ちを伝えて、遼太と勝負する方が正しかったのか、それともこれでよかったのか。

そんなことを、ずっと頭の中で考えていた。

すっと、突然隣に人影がさした。

俺は、座り込んだままそちらを見上げた。

赤い傘を手に、いつの間にか竹邑さんが隣に立っていた。

「大丈夫?」

眼鏡の向こうで、心配そうにしている彼女の瞳が俺を見下ろしていた。

「何かあったの?」

しゃがみ込んで、彼女は視線を合わせてくる。

「いや、別に。」

「そういう雰囲気じゃないよ。さすがに、さえも心配してたよ。」

「んー。いや。青春してるんだ。大丈夫さ。」

「青春って、そんな。」

話を聞いてくれていた彼女は、苦笑いを浮かべた。

「どうするのが正しかったのかなって。」

「何が?」

「遼太がさ。冴美のこと好きなんだって。」

「え?玉手君が?」

驚いたように、竹邑さんは目を見開く。

しばらく彼女は、ただ黙っている。

「あの。それで、末久君はどうしたの?」

「頑張れってさ。」

「それでよかったの?」

「それがさ。わかんないんだよな。」

わからない。

その言葉を、今日は一体何度繰り返しただろう。

「だから、どうしたらよかったのかなってさ。」

「難しいね。正しいとか、そんなものがあるのかな?」

小さく唸りながら、俺は草の上に体を投げ出した。

答えなんてものがあるなら、誰か教えてほしかった。

友情、願望。

様々な感情が脳裏をぐるぐると回っていた。

しゃがみ込んで、俺の顔を覗く竹邑さんは、小さく笑みを浮かべた。

「いいんじゃないかな。間違える事ができるのも、若いうちの特権だよ。」

「そんな特権はいらないなぁ。」

体を起こして、竹邑さんの方に顔を向ける。

「そんなこと言えるんだからさ。竹邑さんは大人だよな。」

「そんなことないよ。」

竹邑さんは、そう言ってはにかんだ笑みをみせた。


数日後。

なんとなく、会いづらいと感じていた俺は、二人を避けるように時間をずらして登校するようにしていた。

その方がいいだろう。

今頃、二人は仲良く登校しているだろうから。

手を繋ぐ二人を想像すると、なんだかやるせない気持ちになった。

いいことのはずだ。

それなのに、心結の底から祝福できない自分がいた。

醜いことだ。

なんだか、急に変わってしまったな。

あのまま、ずっと変わらないまま大人になっていくんだって思ってたのにな。

木漏れ日を受けながら、玄関に続く並木道を歩く。

「みっともない面してんな。」

急に横合いから声をかけられた。

俺は、静かに足を止める。

聞きなれた声。

今は聞きたくない声だ。

「なんだよ。」

振り返ると、木の幹に背中預けるようにして胡座をかく遼太がいた。

「最近つれないんじゃないか。」

ありがたいというべきか、あるいは不幸というべきか、あいつの態度はいつも通りだった。

「別に。そんな気になるときもあるさ。」

「嘘つけよ。」

立ち上がった遼太は、頭を掻きながら隣に並んだ。

並んだまま、俺たちは歩きだす。

「お前さ。あの。」

「わかってるって。冴美のことだろ?」

どきり、と心臓が跳ね上がった。

そんなにも、単刀直入に言われるとは思わなかった。

「あいつさ。卒業したら、街を出るらしいよ。」

「は?」

想像してなかった話に、理解が追い付かずに固まっていた。

遼太は、いつも通りに涼しい表情をしていた。

「なんか、専門の大学に行きたいらしいよ。留学して、海外で働きたいらしいよ。」

「それ、まじか?」

やっとの思いで、声をあげた。

遼太は静かに頷く。

かけられた。

「赤十字とか、そういうの興味あるんだとさ。なんか、あいつらしくて、途方もないよな。」

「それで、お前、どうしたんだよ!?」

「ん?」

「いや、ほら。好きなんだろ!」

ああ、と呟いて、遼太は空を見上げた。

「そうだな。あいつの好きにしてほしいから、特に何にも言わなかった。」

「は?」

「あいつらしくいてほしいからさ。応援するって。それ以上は言わなかった。」

「なんでだよ!」

思わず、俺はあいつに詰め寄った。

「ほら。今なら別に連絡とる手段なんていくらでもあるしさ。どうにかなるだろ!」

「いいさ。あいつらしく、夢に向かって一直線でいてほしいから。」

納得いかないと食い下がる。

詰め寄った際に、遼太はにやりと笑った。

「じゃあ、お前が言えばいいじゃん?」

「は?」

「好きなんだろ?」

一瞬、呆気に取られて、口を半分開けたまま立ちすくんだ。

「好きだから、一緒に行かせてくれってさ。お前の夢を隣で見させてくれって。」

「ば、馬鹿な。そうじゃないし。だいたい、そこまでキザな台詞が言えんなら、お前が言えよ。」

「俺は無理だったんだって。あいつの夢のさ、足引っ張りたくないじゃん。」

左手をポケットに入れながら、あいつは右手をひらひらと振った。

「だから降りる。お前、どうするんだ?隣で一緒に夢を見るのもいいし、なんならお前が別の夢を見させてやりゃいいじゃん。」

何も言い返せず、俺はただ黙っている。

少し俯き加減の俺に、遼太は俺の額にコツンと拳を当てた。

「先生が言ってたぜ。何事も愛にのみ道を譲るってさ。」

「似合わねえこと言ってんなよ!」

遼太は、はははと笑って一歩先に出る。

遼太を追いかけようと一歩踏み出したところで、あいつは足を止めて振り返った。

「そういや、あいつ後でその話がしたいってさ。」

踏み出そうとした足が止まる。

再び歩きだした遼太は、ひらひらと高く掲げた手を振った。

「話すなら、そん時にでも話してみろよ。あんまりもたもたしてると、後悔するぞ。」

「うるせえよ、馬鹿!」

笑い声をあげるその背中に、俺は精一杯大きな声を浴びせるのだった。


海外で冴美は働きたいらしい。

あいつがこの街からいなくなる。

考えたこともなかった。

皆、この街で何も変わらず大人になっていくと思っていたのにな。

教室の机に足を投げ出して、ぼんやりと宙を眺めていた。

既に放課後となり、教室には誰もいない。

窓の外からは、部活動に励む生徒が声を上げている。

「変わっていくもんだな。」

「何を黄昏てるのさ。」

背後から声が聞こえて、俺は慌てて振り返った。

慌てたあまり、椅子から転げ落ちそうになる。

振り返ると、冴美が目の前で笑っていた。

「なんだよ。びっくりさせるなよ。」

「なーんだか、暗い顔してるからさ。」

俺の前の席に腰をおろして、にやにやと笑みを浮かべる。

「似合わないなぁ。キャラじゃないかとはしない方がいいよ。」

「悪かったな。キャラじゃなくて。っていうか、お前の中で俺はどんなキャラなんだ?」

「あー。そうだね。」

人差し指を顎にあてて、冴美は宙を眺める。

少しの間考え込んでから、彼女はその姿勢のまま口を開いた。

「無駄に明るくて、迷いがない感じ?」

「そりゃ、お前だろ。」

「いやぁ。どうかな。私は迷ってばっかりだよ。」

明るくて笑いながら、冴美は言う。

「進路のこととかか?」

少し声のトーンを落として、真面目な表情で問いかける。

俯いて黙り込んでしまった彼女だが、やがて小さく頷いた。

「りょう君に聞いた?」

「ああ。まあな。」

「そっか。」

再び、冴美は黙り込んでしまう。

「あのさ。遼太は。」

「いやぁ。あっという間だね。夏は待ってくれないね。」

俺の言葉を遮るように、極めて明るい声で冴美は言った。

俺に背中を向けて、背もたれに大きくもたれかかった冴美は、手足を大袈裟に広げた。

力を抜いて、冴美は宙を見上げる。

身を乗り出して、俺は彼女を見つめていた。

「もうすぐ夏も終わってさ。いよいよ、皆自分の道に向かっていくんだなって。」

「お前の道にさ。誰かが一緒になれないのか?」

「ん?」

背もたれにもたれかかったまま、だらりと首を後ろに垂らして冴美は俺と顔を合わせる。

「りょう君、なんか言ってた?」

「い、いいじゃんか。あいつと一緒に夢に向かってくのもさ。」

「じゃあ、たつ君は?」

間髪入れずに、あいつは言った。

俺は、思ってもみなかったあいつの言葉に思わず固まってしまう。

胸が高鳴る。

不安と期待が入り交じって、俺を責め立てる。

体を起こして振り向くと、あいつは少しだけ寂しそうに笑った。

「ありがとう。でも、私も皆の道の邪魔はしたくないから。」

「え?あ、いや、でもさ!」

立ち上がった冴美は、ぴしっと右手を俺に向けて指差した。

「一度きりの人生に、意味を持たせてあげられるのは自分だけだよ。」

俺は、何も言えずにただ冴美を見つめていた。

「だからさ。風流にいこうよ。季節も夢も恋も、全部意味を持たせてあげられるのは自分だけだよ。」

微笑む冴美に、俺は何も言えなかった。

ああ。確かに、こいつは自分の道を進んでいくのだと思った。

そして、そんな力強い彼女を、遼太はなぜ応援すると言ったのか、わかった気がした。


夏はあっという間に過ぎていった。

季節は巡って、春迎え、また夏が巡ってきた。

大学に入学して、久しぶり俺は遼太と顔を合わせた。

眼下に広がる海は、日差しを反射させてキラキラと光ったいた。

丘の上にある公園から、ベンチに腰をおろして、俺たちはその景色を見下ろしていた。

「あいつ、今頃どうしてると思う?」

後ろに体重を傾けて座る遼太は、空を見上げるようにしていた。

「変わんねえじゃない?夏を満喫してるだろうさ。」

「まあ、そうだよな。そういう奴だしな。」

小さく笑って、遼太はこちらに視線を向けた。

「そういうとこが好きなわけか?」

「うるせえよ。お前もだろ。」

あいつは答えずに、ただ笑っている。

「これでさ。よかったのかな。」

「いいんじゃねえ?」

遼太は間を開けずに答えた。

「お前も、後悔ないようにやったんだろ?なら、いいじゃん。」

「んー。そうか?」

「後悔するような答え出したら、笑われるぞ。」

そうかもしれない。

何となく冴美が笑うのが想像できた。

『そんな風にグジグジしてたら、あの日の自分に笑われちゃうぞ。』

そう言って冴美が笑うのが思い浮かんだ。

今頃あいつはどうしているだろうか。

いや、あいつらしくしているのだろう。

そうでなければ、今度は俺たちに笑われてしまうだろう。

次に会った時には、聞いてみよう。

そんなことを考えていると、なんとなく楽しくなってしまい、俺は小さく笑ってしまうのだった。




割と友情だとかそういうものを題材に書くことが多い自分としては、

少々珍しい作品になりました。

久しぶりに書いたせいか、納得いかない部分も多いですが、まあ趣味の範囲なので大目に見てください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ