スキル【マゾ】なんて要らないとパーティーを追放されてエルフのお姉さんにビンタされる毎日ですが幸せなのでOKです
「オラァッ!」
「ぐふっ」
「死ねえっ!」
「がふうっ!」
「こいつだー!」
「ぐえー!」
俺はオークに袋叩きにされている。
痛い。めっちゃ痛い。
山のようなオークの群れの向こうに仲間の姿が見える。
「うおおおおおお!」
大剣使いのジョンが剣を振り回す。
「ふぁいやああああああ!」
火焔使いのフレディが焔を放り投げる。
「…………」
俺はその剣圧を喰らい、その焔にまかれ、吹き飛んだ。
これはスキル【マゾ】を発動してしまった俺の生死をかけた戦いの物語である。
「マックス、お前をパーティー【大盤振る舞い】から追放する」
「え……?」
魔女イザベルに怪我の手当をしてもらいながら、俺は呆然とリーダーの言葉に口を開いた。
「……分かるだろう。イザベルの魔力リソースをお前に注ぎ込み続けるのはあまりに無駄だ」
「で、でも、俺のスキル【マゾ】で敵を引きつけて、戦うっていうのが【大盤振る舞い】の基本戦術じゃ……!」
「それがもうキツいと言っているんだ!」
「そうだそうだ!」
ジョンが自慢の大剣を布で拭きながら、賛同の声をあげた。
「魔物に紛れてお前を吹き飛ばす俺の気持ちにもなれ!」
「というか人の焼けるにおいはもうこりごりです……」
フレディも青ざめた顔でそう言った。
「い、イザベル……」
俺は紅一点のイザベルにすがるような目を向けた。
「……ごめんなさい」
イザベルは目をそらした。
いつも優しい彼女の態度で確信した。
パーティー【大盤振る舞い】に俺の居場所はもうないのだ、と。
「ほら! イザベルだってお前なんかの手当もう嫌なんだよ!!」
ジョンが声を荒げた。ジョンはイザベルに惚れている。
イザベルが俺にかかりきりなのもずっと嫌だったのだろう。
「ほら、これが手切れ金だ。魔獣避けも入れておいた。これを糧に故郷まで帰るといい」
リーダーは少なくはない硬貨を布袋に入れて俺に渡してくれた。
俺はそれを手に、テントから出た。
外は暗かった。
夜の森の中を一人とぼとぼと歩く。
月だけが俺を追いかけていた。
グルルル……。
森の中から獣のうなり声が、聞こえた。
「うげ」
俺には戦う術がない。
俺のスキル【マゾ】は敵から狙われやすくなるだけのスキルだ。
そこを仲間に叩いてもらっていたのだが、一人になってはなにもできないのが俺だ。
がんばって逃げるしかない。
俺は走り出した。
闇雲に森の中を走った。
「ぜえ、はあ……に、逃げ切れたか……?」
俺は汗を拭いた。
「もう疲れちゃったな……」
ポツリと呟いた。
「どこに帰れば良いんだろうな……」
俺の故郷はもう魔物に襲われ、消え失せた。
親兄弟ももういない。
リーダーは帰れと言ってくれたけれど、帰る場所などないのだ。
「スキル【マゾ】は普通の生活に応用できそうにないし……日銭を稼いで、地道に生きるしかないか……」
ため息をつく。
疲れてしまった。
ちょっと道の端に座り込んだ。
「はあ……」
空を見上げれば、月が見える。
そして月が、陰った。
「え……?」
それは大型の獣だった。
森から飛んできたそいつはくるりと空中で回転すると、道に着地した。
そして、俺に牙を剥いてきた。
魔犬だった。
「くっ……!?」
勝てない。
俺には勝てない。
魔犬は容易に人間の喉笛を噛み千切る。
「み、皆助け……」
皆、はもういないんだ。
「助けよう」
清澄な女性の声が、後ろからした。
魔犬が俺に飛びかかる。
「う、うわああ!」
情けなく尻餅をついた俺の正面で、魔犬が一本の矢に貫かれた。
「矢……!?」
「ふん、犬っころごときに情けない」
女性がそう言いながらこちらに近付いてくる。
「あ、ありがとうございます……」
振り返った俺の頬が、思いっきりはたかれた。
「へ……?」
「ふん、人間風情が」
そう言って彼女はつんと上を向いた。
尖った耳、豊満な胸、長い脚、金の髪、碧の目。
荒削りな弓、シンプルな鎧。
とても美人なエルフがそこにいた。
俺はぽかんと彼女を見上げた。
「我が名はリシリア。おい、人間。貴様、私と組む気はあるか?」
「えーっと……」
俺は困りながら、彼女を見上げていた。
リシリアは魔犬から矢を引っこ抜き、血を拭うと、矢筒に戻した。
「で、どうなんだ、人間。私と組むか、組まないか」
「え、えーっと……は、はい。俺なんかと組んでくれるのなら、是非……で、でも、俺、あの、スキル【マゾ】しか持ってなくて……」
「スキル【マゾ】……それはパッシブスキルか? なら、私がお前をはたいてしまったのはそのせいだろうか」
リシリアは戸惑いながら、手の平を見つめた。
「我々エルフは人間より魔に近い。スキルが効きやすいのだ」
「あ、そうなんですね……」
「敬語じゃなくて良い。組む以上は、私達は対等だ。ざっくばらんに話せ、人間」
「あ、自分、マックスです……マックスだ」
「そうか、マックス、さっそくだが、魔犬を運ぶのを手伝え」
「う、うん」
俺たちは魔犬を担いだ。リシリアは前脚を、俺が後ろ脚を持ち、リシリアの後に続いた。
「ここが私の住処だ」
リシリアの住処は木の上だった。
ハシゴを探してみるが、そのようなものはない。
リシリアは木をよじ登っているか、跳躍して家に入っているようだ。
「上がれるか? ……無理そうだな」
魔犬をかっさばきながら、リシリアは俺を観察した。
俺の筋力は並だ。
耐久力だけは有り余っている。
「困ったものだな……」
そう言いながら、スイスイとリシリアは魔犬を切り開いていく。
グロテスクだし、血のにおいが濃い。
俺は服で口を覆った。
「よし」
リシリアは内臓を取り出し、皮を広げ、肉を切り分けた。
「背に乗れ、マックス」
「う、うん」
リシリアが肉をわしづかみにするのを眺めながら、俺はリシリアの背に乗った。
リシリアは地を蹴った。
空へ舞い上がる。ふわりと浮く感覚、俺は爽やかな風を感じた。
リシリアは木の枝をがしっと掴み、その上によじ登った。
ぽいとリシリアは自分の家に俺を投げた。
「うわ」
ころんと転がされた。
リシリアの家の中はシンプルだった。
ベッドがひとつあるばかり、火をおこす場所も、机すらない。
「……リシリアはひとり暮らし?」
「まあな。エルフ族は世界のあちこちにいるが、私の群れは20年前に滅びた」
「……そっか、俺の故郷も、魔獣に滅ばされたよ」
「私の家族は人間に狩られた」
「…………」
咄嗟のことに、俺は言葉に詰まった。
「ご、ごめん」
「何故謝る。お前が殺したわけではなかろう。お前に殺せるとは思えんし、見たところお前は10代後半だろう? 年齢的にもあり得ない」
「でも、同じ人間が……」
「同じ人間だからといって、謝られても困る」
「で、でも……」
「しつこい」
リシリアは俺にビンタをした。
「ぐふぅ」
俺は地面に転がった。
「……すまん」
リシリアは少し困った顔で手の平を見た。
「お前、そのスキルどうにかならんのか」
「分かんないです……」
今まで、10歳の時にスキルが発動してから、ずっと俺はスキル【マゾ】をそのまま使っていた。
特に研鑽もせず、ただ垂れ流しにしてきた。
その有効活用についてはパーティー【大盤振る舞い】での運用で満足していた。
だから、今更、どうにかと言われても困ってしまう。
「そうか、まあ、いいか……ほら、お前の寝床だ」
リシリアはテキパキと寝床を整えてくれた。
床の上に藁を積み上げ、布を掛ける。
「まだ夜は長い、疲れているだろう、眠るといい」
「ありがとう……」
「ちなみに私の眠りを妨げるものにはそれ相応の罰を与えるから、そのつもりでいろよな」
「はい……」
「私はもう少し、作業をしてから寝る。騒音は気になるタイプか?」
「いや、別に」
「そうか、おやすみ、マックス」
「おやすみ、リシリア」
疲れていた俺は一気に眠りについた。
オークが俺に襲いかかる。
ゴブリンが俺に襲いかかる。
魔犬が、スケルトンが、ゴーレムが、一目散に俺を襲う。
「よし! 十分引きつけたぞ! ジョン! フレディ! イザベル! リーダー!」
答えがない。誰も居ない。俺はひとりぼっちだ。
「……みんな」
膝をつく、そんな俺の背後から矢が飛んできた。
一本の矢が、魔獣たちを追い払ってくれる。
「……リシリア」
寝言を呟きながら、俺は目覚めた。
リシリアのベッドを見れば、もう彼女はいなかった。
俺の側には皮袋が置いてあった。
その中を覗き込むと、パンと焼いた肉、そして下手くそな共通文字で「食え、私は狩りに行く、リシリア」と書いてある紙が入っていた。
「ありがとう、リシリア」
感謝をして、食べた。
家の外を見ると、一晩の内に彼女がこさえたのだろうか、木と縄で出来たハシゴがぶら下がっていた。
辺りを見回すが、リシリアの姿はない。
下手に森の中を動けば、昨夜のように襲われるかもしれない。
そう危機感を持って、俺は家の中に留まった。
家のドアは南向きだった。
日が差し込んで、そして落ちていった。
朝から夕になっても、リシリアは帰ってこなかった。
「……リシリア?」
胸に不安がよぎる。
リシリアはどうして帰ってこないのだろう。
まさか魔物にやられたのだろうか。
昨日は頼りがいのあるように見えたリシリアだが、魔犬1匹くらいなら【大盤振る舞い】のメンバー一人一人だって狩ることが出来る。
自信満々の振る舞いだから気付かなかったが、彼女は案外、そこまで強くないのかもしれない。
「……リシリア」
俺は考える暇も惜しく、縄ばしごを下り、森の中へと闇雲に走った。
「リシリア! リシリアー!」
大声で叫びながら、彼女を探す。
幸いなことに魔物に出会うことはなかった。
「リシリア……」
そうこうしているうちに、俺は【大盤振る舞い】と別れた場所近くまで戻ってきてしまっていた。
「…………」
パーティー【大盤振る舞い】は、リーダーが身寄りがない俺たちに、声をかけてくれて結成したパーティーだ。
リーダー以外は幼馴染みだった。
リーダーは年齢不詳だが、ギルドでの立ち振る舞いや、俺たちへの戦いの教え方を見るに、ずいぶんとベテランの戦士であることは間違いなかった。
そんなリーダーでも囮以外に使い道を見出せなかったのが、俺のスキル【マゾ】であり、俺自身だ。
「皆に声をかけて……いや、どの顔下げて俺が戻れるって言うんだ……」
自分に大した能力がないことはずっと前から分かっていた。
それでもひとりになりたくなくて、必死にパーティーについて行った。
「……リシリアー!」
新しい仲間。いったいどこに行ったのだろう。
いや、どこかへ行ってしまったというのが俺の勘違いで、本当はリシリアはいつもの感覚で狩りに出ただけかもしれない。
もしかしたらあの家に戻っているかもしれない。
そして、俺がいなくなったことに驚いているかもしれない。
「……戻るか?」
そう呟いたとき、人の声が聞こえてきた。
「……ねえ、今、マックスの声がしなかった?」
イザベルの声だった。
「気のせいだろ、あいつを追い出した罪悪感で何かと聞き間違えたんだろ、イザベルは優しいから」
ジョンの声がそう言った。
「そう、かな……」
息を潜めて目をこらすと、昨夜テントを張った場所の近くまで来てしまっていた。そこにはイザベル、ジョン、フレディがいた。
夕飯の準備なのだろう、食べられる植物と枝の採取をしている。
「それにしてもリーダーには驚かされるな」
フレディが白い頬を興奮したように赤らめて、語る。
「まさかエルフを生け捕りにしちゃうなんて!」
エルフを生け捕り、その言葉に肝が冷えた。
「でも、エルフの迫害も捕獲も10年前にはエルフ保護法で規制されてるのよ……やっぱりこんなのって……」
イザベルが困ったように眉をひそめた。
「関係ないよ、闇市じゃ、まだまだ愛玩動物として売買されているらしいじゃないか。あのエルフも美人だった。きっと需要はあるさ」
ジョンが吐き捨てるように言った。
「…………」
美人なエルフ。捕獲されて、闇市に売られていく?
リシリアが? リシリアを俺の元仲間が捕まえている?
俺の頭は混乱しだした。
「でも……」
イザベルは食い下がろうとした。
「じゃあ、他にどうするって言うんだ!」
ジョンが声を荒げ、イザベルとフレディはビクリと肩をふるわせた。
「リーダーに逆らうのか!? そうしたらマックスみたいに放逐されるだけじゃないか! 俺たちはリーダーのおかげで生かされているんだろう!?」
「た、確かに私達に生き方を教えてくれたのはリーダーだけど……こんなの人道に……」
「エルフに人道もクソもあるかよ!」
「落ち着け、ジョン。イザベルは女性同士でエルフの世話をさせられたから、あのエルフに感情移入してしまったんだろう」
フレディが二人の間に割って入った。
「なんて言ったっけ? あのエルフ……」
「リシリアさん、よ」
イザベルの言葉を聞いて、俺は走り出していた。
テントは昨夜と同じ場所にあった。
俺は勢いよくその入り口を開いた。
その中にはリシリアがいた。
縛られ、猿ぐつわを噛まされ、地面に転がされている。
弓矢はテントに立てかけられていた。
リーダーがナイフを手でもてあそびながら、リシリアを見下ろしていた。
「……なんだ、帰りが早いな……」
リーダーが振り返り、3人ではなかったことに驚き、目を見開く。
「マックス、お前……生きていたのか」
「リーダー、これはどういうことですか」
「どうって……うーん、生きるためには仕方ないだろう? 金が必要なんだ。金が」
へらへらとリーダーは笑った。
「昨日のオーク討伐で十分な金は得られるはずです! 俺にくれた手切れ金だって額は大きかった!」
「あははは! お前、死ぬかも知れない奴に、あんな額の金渡すかよ!」
リーダーは俺をせせら笑った。
「え……?」
「ありゃ妖精の偽金だ。中身は鐚だよ」
「そ、そんな……」
「使えねーやつ、今まで置いていただけで報酬は十分だと思うがね」
リーダーはそう言って、リシリアに歩み寄り、彼女に腰掛けた。
「なっ……!」
「しかし、まあ、美人だよなあ。あの3人が戻る前に味見でもしようと思ったんだが……お前もするか? 冥土の土産にエルフの味見」
「しません……」
「そっか」
リシリアの目は怒りに煮えたぎっていた。
そして俺を視界に収めると、何かを訴えるような目をした。
リシリア、リシリアごめん。
「で、何しに来たんだ、マックス」
「……リシリアを返してもらいに」
「なんだ、知り合いか?」
「リシリアは俺の仲間です」
「ははっ!」
リーダーはあざ笑った。
「仲間? おいおい、リシリアちゃん。人間嫌いのリシリアちゃん。どういう風の吹き回しだ。人間に……俺らに家族を殺された君の仲間が人間? 悪い冗談だなあ」
「あ、あなたが……リシリアの家族を……!?」
「うん。20年前か? あの頃は楽しかったなあ。まだエルフ狩りも合法でさあ。だいたいゴブリンもオークもエルフも何が違うのやら。見目がいいってだけで、エルフ狩りだけ制限されて……おかげで10年前、俺らのエルフ狩りパーティーは解散を余儀なくされた。それでフラフラしているところにガキのお前ら見つけてパーティーごっこをしてたって訳」
リーダーの言葉に嫌悪が湧き上がる。
言っていることは分からないでもない。
20年前、まだ俺が生まれる前、エルフ狩りは合法だった。
その頃のリーダーを責めるのはお門違いなのだろう。
でも、今は非合法だ。いいや、そんなことより、リーダーが椅子にしているその人は、俺の命の恩人だった。
「……リシリアを、離せ」
「嫌だね」
「だったら、取り返す」
リシリアの目が俺を向く。
無茶だ。そう言う目をしていた。
「……無茶なもんか!」
俺はリーダーに飛びかかった。
「ははっ!」
リーダーはナイフを構え、立ち上がった。
「スキル【マゾ】【解放】!」
スキル【マゾ】はパッシブスキル。それも魔物に対して効果的だ。
しかし、こうして【解放】すると、人間相手にも効果はある。
リーダーのナイフがきらめく。
俺の手足を切り刻む。
だけど、手足だけだ。
「ちっ……」
リーダーが、俺の能力をよく知っているリーダーが、舌打ちをする。
【解放】されたスキル【マゾ】の真骨頂、それは致命傷を負わないということだ。
マゾとは痛めつけられることをよしとするものだが、死ぬほどの傷をよしとするものではないのだから。
「しかしスキルの持続時間はせいぜい10秒……!」
そう、それが【解放】の弱点だった。
だけど、10秒で十分だ。
いいや、10秒なんて長すぎるくらいだ。
「俺はひとりじゃない!」
「そうだ、そいつは私の仲間だ」
「なにぃ!?」
リシリアは立ち上がっていた。
縄も猿ぐつわも外れている。
「お返しをさせてもらうぞ、リーダーとやら」
リシリアは拳を固め、リーダーの顔面に叩きつけた。
「ふう、隠しナイフを仕込んではいたが、あいつがしつこく監視してくるのでなかなか使えなかった……。一瞬の隙さえあればそれでよかった。よく分かったな、マックス」
リシリアが俺に笑いかける。
「縄ばしごを作るとき使っただろう刃物が見当たらなかったから、なんとなく」
「そっか」
リシリアは俺に近寄り、そしてその手を俺の頬に振るった。
「痛い!?」
「これはスキルの影響じゃない。お前が無茶したことへの罰だ」
「そんな……俺がいなきゃ、リシリア、売られてたんだぞ!」
「ふん」
リシリアはそっぽを向いた。
「それでも……無茶は駄目だ。無茶をして私を助けようとした兄は死んだ。殺された。だから約束しろ。無茶はしない、と」
「できないよ。リシリアがこんな目に遭うなら、無茶はする」
「……今回は油断したんだ。お前と同じ年くらいの子供が3人がかりで来たから、つい……次はこうはいかないさ」
「でも」
「ただいまー、リー……ダー?」
俺とリシリアが押し問答をしていると、ジョン達が帰ってきた。
テントの中を見て呆然としている。
「マックス!? どうして! 何が……」
解放されたエルフ。床に倒れているリーダー。そして戻ってきた俺。
3人は戸惑いの顔を見せた。
「……リーダーの指示に従ったことだろうから、とやかくは言わない。でも、でもね、これだけ言っておく。違法なことは辞めた方が良いよ。これから先、生きていくためにさ」
「綺麗事だ!」
ジョンはキレた。
「そんな綺麗事で俺たちのことを咎めようなんて……!」
「でも、綺麗事で、俺を追放しただろ、ジョン」
「そ、それは……」
「リーダーにどう言われたのか、リーダーがどういう思惑があったかは知らないけど、ジョンとフレディはさ、俺が傷付くのが嫌だって、傷付けるのが嫌だって、そう言ってくれた。だから、俺、素直に追放されたんだ。お前にだって綺麗事は言えたんだ、ジョン」
ジョンはうつむいてしまった。
「じゃあね、皆。もう行くよ」
「マックス!」
3人の横をすり抜け、俺と弓矢を持ち上げたリシリアはテントを出ようとした。
それをイザベルが呼び止めた。
「……リーダーは憲兵に差し出すわ。私もエルフ捕獲未遂の咎で罰を受けようと思う! 他の二人がどう思うかは分からないけど……ねえ、マックス、帰ってきて、その、一緒に、また」
「ごめん、イザベル。俺にはもう、仲間が出来たから」
俺はリシリアと並んで歩き出した。
「バイバイ、イザベル、ジョン、フレディ……リーダー」
「……よかったのか」
リシリアの家へと戻る道すがら、リシリアは俺の顔を覗き込んだ。
「なあ、たぶんだけどあの女の子、お前のこと……」
「いいんだ……リシリアこそ、リーダーに復讐しなくてよかったの?」
「したかった。……したかったけど、エルフ保護法の制定と同時にエルフにも人間に害を与えてはいけないという掟が出来た。それを破るわけにはいかない。私がそれを破れば、エルフの悲願だった平和な人間との共存が叶わない」
「そっか……」
理不尽な気がした。
エルフは未だに闇市では売り買いされているという。
それなのに、リシリアは人間に害を与えることを辞めた。
理不尽だと思う。
「……なんだ、リーダーを……恨んでいるか、マックス。私に殺してしまって欲しかったか?」
「いや、そんなことはない。ないけど……」
「ならいいじゃないか」
「……うん」
俺たちは家路を急いだ。
「やれやれ、狩りは失敗。今夜は何も食えんな……」
「ああ、じゃあ、植物を採取していこうよ。結構食えるよ」
日は沈んでいたけれど、月がまた出ていた。
俺たちは月明かりを頼りに、食べられる植物を採取していった。
「これは切り傷に効く薬草だ。これも摘んでいこう」
「ありがとう、優しいね、リシリアは」
「いや、別に……」
「リシリアはどうして俺と組もうって言ってくれたの?」
「……森の中ひとりのお前を見たら、昔の自分を思い出した……」
「やっぱりリシリアは優しいね」
「う、うるさい」
バシィッ!
リシリアが俺をビンタした。
「あ、すまん……」
我に返ったリシリアが困ったように自分の手を見た。
だけど何だかリシリアにはたかれるのは、悪くない気分だった。