94 火遊びは女神の罠 前
王宮警備第三部隊の兵士フェヒターが、ツバイターバウム隊長を見つけたのは、第三部隊の詰め所ではなく兵舎にある隊長用の個室だった。
平民もいる王宮警備隊は、近衛とは別棟の兵舎で相部屋を使用するのだが、隊長階級になると、それとは別の広い個室が与えられるのだ。
部屋の戸を叩き「隊長、いらっしゃいますか?」と声掛けしてみたところ「待て」と返事があった。
少しして、不機嫌そうにツバイターバウムが姿を現した。
王宮内は、王軍が帰還する知らせで、どこも忙しいはずだ。しかし、副隊長のカスパースンに仕事を任せて部屋に居たようだ。
「至急の用件ですが……休憩中でしたか」
「ああ、ちょっと片付けだ。昨夜、オステン公爵とロンマリ伯爵の領主屋敷の調査結果が上がってきたとこなんだが、見当たらなくてな……」
開けた戸から、酒と甘い花のような濃い匂いが漂い、フェヒターは少し顔をしかめる。昨夜か今朝方かに来ていた女の残り香のようだ。
彼の様子に「うん? 何だ?」とからかう調子でツバイターバウムがわざとらしく聞く。気真面目なフェヒターを小馬鹿にしているような雰囲気を感じる。
「いえ、女性を連れ込むのは……」
フェヒターが渋々ながらも上官にそう言えるのは、彼が貴族の生まれで、家がツバイターバウム男爵より家格が少し上の子爵だからこそだ。
「まだまだ若いな。くくく。……しかしなあ、相手の都合で延期になってた約束だ。向こうが今なら何とかっていうんだ。仕方ないだろう。まさか冷たくなど出来んしなぁ」
「……何処の女か。非常識な」
つい咎める口調になったフェヒターを、彼は制止した。
「やめとけ。王妃様のところへ文句を言いに行く気か?」
すなわち相手は王妃の侍女ということだ。
フェヒターは内心の感情を堪え、肩をすくめた。
「……隊長、至急のお召しです。第一王子殿下の部屋前までお連れするように命じられました」
「うん? 第一王子の? 何の用だ?」
「存じません。お連れせよとだけ」
切り替えてフェヒターが告げると、面倒臭そうにツバイターバウムは舌打ちし、後ろ手に戸を閉めた。
部屋の香りの名残がフェヒターの鼻腔をくすぐった。
この日、シュテファンとオリヴァーは、早朝より他の近衛兵士達と共に近衛の隊長に呼び出されて、陛下の御下問にお答えするという緊張感から一日が始まった。
兵士達が質問に答え、満足したらしい陛下が皆に下がるように言って、皆が執務室から退出し、終わったとほっと息をついた直後。
伝令が駆け込んで来て、王軍の帰還を伝えた。
これを受けて、新人二人は先輩達から、「大急ぎで重要任務中以外の近衛兵士達を訓練場へ呼び集めて来い」と命じられ、走り出した。
手分けして兵舎や食堂などへ向かい、兵士達に通達して回った。
その途中、オリヴァーは近道しようとして中庭を通り、二人を探しに来たローレンツと出くわした。ローレンツから事情を聞いて急いで兵舎へ行き、一緒にシュテファンを捕まえた。
訓練場からそっと抜け出し、新人近衛兵士の三人が揃って第一王子の部屋へ行くと、ちょうど廊下の反対側から、フェヒターが王宮警備第三部隊隊長兼大隊長のツバイターバウム男爵を案内して歩いて来るのが見えた。
新人近衛兵士達が敬礼する。それに気付いたフェヒターが素早く敬礼を返す。
ツバイターバウム隊長は若造共へじろりと観察する目を向けた。ほんの少し首を傾げる。制服で近衛の者と認識したはずである。
が、彼はとりあえずやっておいたという感じの、ずいぶんと雑な敬礼を返した。
自分の方が役職が上だと思ったのか、新人を軽んじているのか、ちょっと舐めた態度だ。
「アルムとマルト殿は?」
ローレンツがフェヒターに近寄り囁くと彼は左右に首を振った。
「そうか。フェヒター殿も呼び出されて?」
「いえ、ツバイターバウム隊長をお連れするよう言われて参りました。この後も少々外へ」
「了解した。他にもあるなら行った方が良い」
ローレンツが言うと、オリヴァーとシュテファンもうなずいた。
「ここは任せて下さい。殿下は常に迅速な行動をお求めになるらしいよ。急いで」
オリヴァーの助言に、素直に首肯し「では」とフェヒターは敬礼した。
彼が元来た道を戻ろうと背を向けると、ツバイターバウム隊長は、慌てたように部下の方へ手を伸ばしかけた。
「待て、何処へ行く」
「第一王子殿下の命令で、城外へ行って来ます」
「はあ? どういう事だ」
さっと体の大きなローレンツが前に出て、盾のように立った。
「申し訳ありませんが、説明許可がまだ得られておりません。とにかくフェヒター殿、行ってくれ」
「はい。失礼します」
憮然としてツバイターバウム隊長が手を下ろす。王族の住まう区画においては、近衛の方が立場が強い。
フェヒターが去ると、彼は居心地悪そうに片足で貧乏ゆすりを始めた。動くと微かに甘い女の移り香がする。
近衛兵士達は、扉の前で警護中の態勢になる。
そのまま部屋の外で待っていると、マルトが高位の侍女を伴って来るのが見えた。
その後ろからアルムも付いてきている。
敬礼して迎えながら、侍女を認めてシュテファンとオリヴァーが驚き、同時につぶやいた。
「おっと、まじかよ。あの女……」
「ちょ、ラレティ殿じゃないか」
小声でやり取りする。
「今日、王妃様の侍女は全員召集だろ」
「よく王妃様から引き剥がせたな。……うわ、機嫌悪そう」
ツバイターバウムはマルトの後ろでしかめ面のラレティに驚き、目を見開いた。
マルトとアルムは彼等の目の前まで来ると、敬礼を返した。
「遠征お疲れ様でした」
「ご無事で何よりです」
まずは労いの言葉を、と近衛の二人が口々に言うと、マルトは「ありがとう」とうなずいた。そして横のツバイターバウムを見、再度敬礼した。
「近衛所属のマルトと申します。失礼ながら、貴殿は王宮警備のツバイターバウム隊長で合っているでしょうか」
「ああ、そうだ。急ぎ第一王子の部屋まで来るよう呼ばれたのだが、一体何用だろうか?」
やや不機嫌そうにツバイターバウムが聞く。ちらちらマルトの後ろの侍女に視線が行くが、侍女の方はやや俯き加減の素知らぬ様子で黙っている。
「お呼び立てして申し訳ないが、いくつか確認したいことがありまして、別に場を設けました。今しばらくお付き合い願います」
丁寧に頼むと、ツバイターバウムは渋々ながらうなずいた。
第一王子の部屋の前に立ち、マルトは少し顎をさすって考える。硬い無精髭がザリリといって、音に侍女が一瞬嫌そうに眉をひそめた。
顎から手を離し、マルトはオリヴァーに頼んだ。
「すまないが、念のため急ぎ御典医殿を連れて来てもらえるだろうか?」
「はい」
すぐさまオリヴァーは敬礼して、早足で廊下の先へ消えた。
マルトは振り返ってアルムにも目を向ける。
「もう報告書類は出来ているか?」
「はい。私が保管しています」
「すぐ提出可能ならば、持って来てもらえまいか? お渡しする」
「了解です」
アルムはくるりと向きを変え、小走りで離れていく。廊下の角を曲がって姿が消えたところで、マルトは所在無い様子のツバイターバウムに話しかけた。
「……ツバイターバウム殿。そういえば以前、貴殿の奥方を私の親戚が称賛していました。良く出来たご婦人だと」
待つ間の世間話か、とツバイターバウムが軽く話に乗る。
「ほほう。そんなことが。貴殿の親戚とは、どちらの?」
その返しで、彼がマルトの素性を知らないことが分かる。
近衛は貴族出身ばかりだが、慣例で家名を名乗らない。王の直属であり家門を越え皆が同じ王の兵士、という考えによる。またマルトは、あまり表に出ようとしない第一王子に付き従っているせいで、近衛の外では顔が広く知られていない。そのせいだろう。
だが、副隊長のカスパースンが、いつも通用門を利用する彼等をそれと察しているのに、王宮警備の大隊長が知らないですむのかどうか。
「……ズューデン公爵子息ハインリヒ殿のご息女です。そのような奥方がいらっしゃるとは、お幸せなことです」
「いやいや。そうか、ズューデンのご令嬢が。しかし、うちのやつなど。王宮の淑女達と違って華も無い地味な女だが」
「御謙遜を。評判のご婦人を妻に持ち、ご自身は大隊長に抜擢。流石の腕前、感嘆いたします。その上、ツバイターバウム殿は武勇もさることながら女性に大変人気があるとか。羨ましいことだ」
少しマルトが持ち上げると、まんざらでもなさそうな顔をする。
「いやいや、まぁなぁ。そう大したことではないが。はっはは」
どこか自慢気な男に、横で聞く若い近衛兵士二人はちょっぴり苦々しい気持ちになった。
誉れ高い近衛所属の優秀な若者という評価が、そのまま女性人気につながるなら誰も苦労しないのだ。
「お恥ずかしいが、私はよく女性に怖がられてしまいますので、ひとつ参考までにお教え願いたい。女性に接するとき、何に気をつけるべきでしょうか。先程も侍女殿から配慮が足りないと叱られてしまいました」
マルトが横目でラレティを指した。
会話を盗み聞いていたのか、ラレティが薄い笑みで意味深にツバイターバウムを流し見る。
ツバイターバウムはマルトと侍女を見比べた。いかにも堅そうな強面のマルトを女の扱い方が分からぬ奴と思ったか、クッと笑った。
「そうだな……。こちらの侍女殿を、麗しの女神と思って敬意を払うことだ。例えば、褒め言葉を惜しまない。不快にさせない。あとは、広い心で可愛い我が儘を許してやる。これに尽きるな」
「成る程。なかなか難しいものです」
真面目臭くつぶやくマルト。
ラレティの笑みが深くなるのを見て、ツバイターバウムは片目を瞑ってやる。親密なやり取りから二人の間柄が察せられた。
冷ややかな目のローレンツは無言だ。密かにシュテファンが肩をすくめている。
その女だけはやめておけ、と思ったところで手遅れである。
「私には無理なようだ。貴殿のようであれば侍女殿から気に入られたのでしょうが、生憎と不器用なもので」
「ははは。ようは、女神が欲しがった物を察して差し出せるかどうかで、出来ねば女性に相手にされない、それだけです。はっはっは」
ツバイターバウムは優越感をにじませて笑った。
そっと弧を描く口元に手をあてがうラレティ。彼女が動くと、花の香の甘い匂いがふわりと鼻先をかすめた。……ツバイターバウムとお揃いの匂いだ。
と、早くも典医を連れたオリヴァーが廊下の先に見えた。
じきにアルムも戻るだろう。
「……そろそろ良いか」
マルトは雑談をやめ、ローレンツとシュテファンを目で確認する。二人は微かにうなずいた。
次いで、アルムのものらしき足音が聞こえたところで、マルトは第一王子の部屋の戸を叩いた。
約半時後。
デートレフが王の執務室へ現れた。
王家の紋が肩口に施されたいかにも王族らしい衣装と、金糸交じりの飾り帯。黒髪は一つにまとめ細く編んで背中に垂らし、額には金の略冠をはめた姿に改めている。立派に王子の装いだ。
その後ろには、旅帰りで少し埃っぽいマルトと、書類を手にしたアルム、ローレンツとシュテファン。彼等に囲まれるようにして、侍女姿のラレティもいる。
続いて王宮警備隊のツバイターバウム隊長が入室した。最後にオリヴァーが城の典医を案内して来て、扉を閉めた。
執務室の中で王は机に向かい、ゆったりと椅子に腰掛けていた。
文官が書類を重ねて王の机上へ置いており、机上には書類がいくつか乗せてあった。オステン公爵家の王都屋敷の調査結果と、ロンマリ伯爵領の領主屋敷の調査結果が上がってきたのだ。
王の身辺警護に就いているのは、熟練近衛兵士と近衛隊長の二名だ。それと執務の補助として働いている文官が二名いた。
デートレフを迎えて王は立ち上がり、微笑と共に手を差し伸べた。
「良く戻った。疲れてはおらぬか」
「はい。無事戻りました、陛下」
デートレフは臣下の礼をとって頭を下げた後、すぐに差し伸べられた手を握る。王がもう片方の手で彼の肩を労うように一つ叩き、背を押すように机の前まで誘導した。
文官二人が一礼して、邪魔せぬよう机から離れた位置に立つ。他の護衛達は揃って敬礼してから、その場で姿勢を正して静かに待ちの態勢になった。
王はデートレフに机の横の椅子を勧め、自身も先程と同じ椅子に座り直した。
「して、謁見まで待てなんだか。それ程までの急ぎの用とは?」
「大きく二点あります。報告をここへ」
第一王子の声にマルトが進み出て、机上へ持っていた書類を置いた。
マルトはきっちり敬礼した。
「は。こちらがオステン公爵領の治水工事及び領内の調査報告です」
マルトが下がると、入れ替わるようにアルムが進み出、緊張しながら敬礼する。
「失礼します。こちらは第一王子襲撃事件の調査報告です」
そうして同じように机上に書類を並べて置いた。
王が押さえた静かな声で聞く。
「襲撃事件とは、“塔”の公式訪問日のことか」
「それも含め、襲撃は二度ありました。導師方と我が“塔”へ同調に行った際と、オステンへ立つ前のことです。幸いどちらも賊の捕獲がかないましたので、背後を調査させました」
デートレフがぼんと書類を軽く叩く。
王の目が驚きに染まった。
驚いているのは他の者も同じで、思わず王の警護で同席していた近衛兵士が僅かに身動ぎし、ぐっと耐えてとどまった。
「二度目は聞いておらぬ。何故もっと早く襲われたと言わなんだ?」
王の問いかけに、第一王子は淡々と答える。
「我は被害に遭っておりませんので」
デートレフの返答に、王は小さく、ふう、と息を吐いた。机上へ視線を落とす。
王の近くで控えている熟練の近衛兵士二人は、アルムら新人近衛兵士達をちらちら見つつ渋い表情だ。
彼等の様子から、調査を知らされていないのは明白だ。王子を狙うような重要事件を新人に任せていたことにも、思うものがあるだろう。
デートレフが言う。
「初めは通常の手順で事件の報告を上げたようです。しかし、それは陛下まで伝わらなかった。いつの間にか報告書が違う内容に変わっていたせいです。偽文書ということは、内部に何らかの問題有りと判断しました。また、二度目の賊も雇われ者だった為、詳しく背後を探るための時間が必要であり、その間に横槍が入らぬよう、報告を控え内密に調査させました」
しかめ面の近衛隊長に向かって、デートレフが問う。
「で、だ。事実確認する。答えよ、近衛隊長。我が“塔”へ赴いた際、賊による襲撃があったと報告は受けているか?」
「はい。オステンの叛徒だったと聞いております」
壮年の近衛隊長が、眉根を寄せ真剣に答える。
「正確には、オステンの叛徒と詐称していたならす者だ。では、我がオステンへ出立する直前、通用門で乱闘騒ぎがあったことは知っているか?」
「は。聞いております」
「それが、我を狙ったものだということは?」
「はい。しかし賊を全て捕らえた後、門の外、市井での騒ぎゆえ王宮警備隊の預かりになった、と聞いています」
言いながら彼はツバイターバウムを見る。王宮警備の大隊長は眉間に皺を作っていた。
デートレフは薄く笑った。
「通用門は城外扱いか。では王宮警備隊にも同じことを問う。通用門での乱闘騒ぎ、知っていたか? 捕らえた者は牢に入れたはず。その後の調査はどうなっている?」
「乱闘騒ぎの報告は受けております。恐れながら、殿下を狙ったものとは存じませんでした。ならず者が暴れただけの未遂であったと。捕らえた囚人の調査は、今も継続中です」
一礼して、ツバイターバウム隊長が答える。額に汗が浮かんでいた。
非常にまずい事態だ。王宮警備の現場と上層部で情報が食い違っていた。
ということは、ツバイターバウムは偽の報告書を信じていたことになる。
デートレフは鼻先で笑った。
「ほう。では、十日近くも市井の破落戸を牢で養っていたのだな。結果的には逃さず留め置いてくれて良かったわけだが」
ツバイターバウムはぐっと口元を締めた。
デートレフが、近衛隊長へ視線を戻す。
「もう一つ。先の義母上の茶会のことだ。茶会で振る舞っていた茶と菓子だが、毒味はしたのか?」
近衛隊長は、もう一人の近衛兵士をちらりと見る。中年の熟練者らしい先輩近衛兵士だ。彼はうなずいた。
「無論、行っております」
「招待客は如何であったか?」
「はい。概ね好評とうかがいました。問題ありませんでした」
「茶会の参加者が体調を崩した報告はあったか?」
「特にございません」
「その茶会、我も招待を受けてはいた。しかし、所用で参加せなんだ。その後、わざわざ義母上が我へと寄越した茶菓子で、毒味した我のところの侍女が死んだ」
デートレフは言葉を切る。
後ろで控えていた典医が静かに頭を下げた。死んだ侍女を診た医者だ。
王が渋い表情だ。
先輩の近衛兵士は無言のままだが、驚きを隠せない様子で第一王子を凝視する。
デートレフは一つ息を吐くと、言った。
「他で問題が無かったということは、義母上が我の排除を図ったか、あるいは我のみを狙う何某かが存在し、それは義母上が渡した茶菓子に細工が可能な立場を得ているか、それが出来る仲間が居るということだ」
とたんに緊張した空気が場を満たす。
自然と皆の目が侍女ラレティへ向かう。
デートレフが、じっと彼女を見ながら命じた。
「侍女殿、そなたは義母上の部屋付きであったな。陛下に名を名乗れ。時候の長い挨拶は無しだ」
ラレティは優雅な動きで膝を曲げた。視線は下げて床に、片手は胸元を押さえるように体の前、もう片方の手は指を揃えて体の横で手の平を向ける。北の女王国の女性が行う挨拶の仕草だ。
「……ラレティと申します」
鷹揚に王がうなずく。
「では侍女ラレティ。そなたの信じるものにかけて、嘘偽り無く答えろ」
第一王子に命じられて、侍女は静かに頭を下げた。
デートレフがたたみかける。
「誓え」
「……誓います」
ややあって侍女は小声で言い、頭を上げた。無理矢理誓わされ、内心を隠す仮面のような薄い笑みを貼り付けている。
「そなたは先の茶会の席に居ったであろう。茶菓子の出所は知っているか」
「はい。城下の焼菓子屋から買い求めました。王妃様がお気に召した店の品でございます。城の厨房では、国の伝統菓子の作り方を知りませんでしたので」
「その焼菓子屋に注文したのは義母上か? それともそなたか? 菓子屋と面識があるのか?」
「いいえ。王妃様も私も直接会ったことはございません。菓子の種類を指定し、使いの者をやって注文させました」
淀みなく答えるラレティ。デートレフは小さくうなずいた。
「そうか。では、後日、義母上が我へ渡すよう命じた茶菓子は誰が用意した?」
「しかとは覚えておりませんが、菓子器に入れて用意したのはローザさんだったと思いますわ」
前オステン公爵夫人の姪のローザは、既に首になっている侍女だ。
「ふむ。では、茶会で出した茶は誰が用意したのか」
「淹れたのは皆です。複数の者で手分けして用意いたしました」
「特に調合した茶だったそうだが、茶葉はどこから入手した?」
「同じ菓子屋から仕入れました」
「なるほど。随分と市井の店に世話になったようだな。その菓子屋への報酬は渡し終えたのか」
「……いいえ、まだ渡しておりません」
デートレフはアルムが出した机の上の報告書を静かにめくった。
そして、表情を変えず俯き加減でいる侍女の頭越しに、アルムへ向かって微かにうなずいてやった。アルムは目礼し背筋を伸ばした。
「さて一旦話を戻す。通用門での乱闘騒ぎだが、この件で捕らえた者については、その場で対処に当たった近衛兵士アルム、そなたが簡潔に説明せよ」




