32 王子、少女達を救出する
「監禁されていた少女らを解放いたしました」
グンターとラルス少年が、合計八人の少女達を連れて戻ると、オステン公子息は細い身をぶるぶる震わせながら怒鳴った。
「貴様、それは私のものだ! 勝手に連れ出すな!」
オステン公子息は、館の使用人と共に兵に囲まれた状態であった。しかし、グンターらを指さし、怒りにぎらついた目で睨みつけた。
所有物扱いされた少女達が、青くなっておびえる。一番小さなトゥルーデが叫んだ。
「嫌よ! あなたのものなんかじゃないっ!」
「黙れっ! 私に逆らうなっ!」
少女達がひっと息を飲む。見かねてオステン公子息との間にマルトが入った。つとめて冷静に聞く。
「貴殿のものとは、どのような訳ですか? 閉じ込めていたのは何故に?」
マルトに聞かれてどう思ったのか、まるで味方を得たかのように、オステン公子息は嬉々として語った。
「こ奴らの親は、領主に逆らい叛徒を支援したのだ。叛徒は始末したが、裏で煽る真似をした奴等を放置など出来ぬゆえ、戒める為に娘どもを私の手元に置いているのだ。無論、大人しく従うならば、皆可愛がってやるつもりよ。愚民に入れ込み、甘言に惑った果てに領主に意見するような、愚かな思い上がりどもを、娘を私に差し出す程度の罰で減刑にしたのだ。これ程の寛大な慈悲をもって赦してやったのだから、黙って言うことを聞けばよかろうに、聞き分け悪く逆らいおる。それを仕置きしたまでよ」
得意気に語る子息に、すかさずトゥルーデが言い返した。
「違う! お父様は何もしてないわ。みんなの家だって何も悪いことしてないもの。むりやり連れてきたくせに! それに、あなたが気に入っているのはみんなの髪の毛だけでしょう。気持ち悪いっ」
「何を言う。金は最も至高の色ゆえ当然だ。王妃殿下ほどの美しさ麗しさがなくとも、金を身に宿す者は愛でる価値があるのだ。そうでもなければ、罪人の子の貴様らは無価値な屑よ」
つい、マルトが口を挟んだ。
「ミヒャエル殿は王妃様にお目にかかったことが?」
「昔一度、御主催になったお茶会に母上とご招待いただいた。まるで天上の女神のように、まことに麗しい高貴な姫君だった」
うっとりしながら言う子息に、デートレフがごみ屑を見るがごとき軽蔑しきった目になった。
二人も子をなした他所の妻女に何を言っている、とマルトまでもが半眼になる。
話が脱線しかけたが、トゥルーデが問うた。
「アグネスはどこにやったの? けがしてたのに!」
「フン、発育の悪い卑賤の娘のことか? あの者の髪は金ではなかった。ただの薄汚い茶色だ」
「茶色の何が悪いのっ。茶髪はいっぱいいるわ。……もしかしてアグネスは死んだの? それとも奴隷にして売ったの?」
「屑の行き先など、どうでも良かろう」
グンターが小声で兵士に何事か指示した。数人がうなずいて小走りに駆けていく。
やけに通る静かな声で、デートレフが口を開いた。
「マルト。オステン公はな」
マルトは主人を見た。デートレフは考えが推し量れない無表情で、声音も平坦な調子だ。だのに、怒っているのが何故か感じられた。
「陛下の御前で、叛徒の処遇についてこう申し上げていた。
『今後このようなことのないよう、加担した者の家族親族を捕らえ、見せしめに厳しく罰を与え、生涯奴隷として最も重い使役に就かせ、上意に逆らったこと深く後悔させてやります』
とな。我はその奴隷という言葉を、犯罪者として強制労働を生涯課する、という比喩的な意味かと思うていたのだが、これを見てどう思う?」
マルトは鋭い視線をオステン公子息に投げ、思ったままをデートレフに答えた。
「さようでございましたか。……私には比喩でなく奴隷扱いそのものに見えます。強制労働と言うよりも監禁虐待、まるで動物か物扱いです。念の為にうかがいますが、オステン領のみ奴隷が容認されているなどということは?」
「有り得ぬ。聖王陛下は、かつて帝国から奴隷となっていた一族を解放して我が国を建てたのだぞ。どこであろうと奴隷を容認するような行いなど、聖王陛下に顔向けできん」
「まことに仰る通りですね」
マルトが一歩オステン公子息に近づいた。いつの間にか手に捕縛用の縄を持っている。
「ミヒャエル殿は興味深い考えをお持ちのようであるし、詳しいお話を是非とも牢でお聞かせいただきましょう」
「わ、私は何も悪く無いぞ! やめろ、私の物を私の好きに扱って何が悪い!」
デートレフが口の端を皮肉げに吊り上げた。
「お前は何か勘違いしているようだな。この国の民は、貴族も、庶民も、全て我が国民だ。お前の所有物などでは無い」
「私は次の領主だ! 領主が領民を好きにするのは当然だろうっ」
「許可なく話しかけるな。いや、独り言なのか? 次の領主予定だからなんだ。何でも好きに出来るわけがなかろう。どこでそんな思想を仕入れてきた? お前自身は爵位も何も持たないただの息子だ。屋敷の者はお前ではなく、お前の父と雇用契約しているにすぎない。領民は、王が認めた領主だからお前の父に従っているにすぎない。お前の意のままに出来る要素など、一つも有りはしない」
後ろ手に縛られ、その場にいる全員に冷たい目で注目されながら、子息は歯噛みした。
デートレフは続けた。
「国民は、陛下が統べるこの国に属し、税を納めることで民として守護される約定を交わしている。領民は、領主に税を納めることで、生活の場を得て安寧に暮らす為の約定を交わしている。お前やお前の父とではない。領主という存在とだ。
それにしても、叛徒を鎮圧だと? 我はそこも気に食わぬ。領主がその責務を果たさなかったから領民が抗議し訴えた。訴えを握り潰したら、暴れたのでこれを殺し、今後二度と逆らわないように残った者を痛めつけた。
これは鎮圧か? 圧政というものではないのか? 全く馬鹿げている。領民を苦しめておきながら、領主の責務を果たしたと言えるのか。その上、罪人の娘を奉仕に出させる? 罪人本人でなく何の罪科もない子供を、奴隷の如き扱いでお前に仕えさせる? 好きなように扱って、飽きた後は不要になったと処分するまでが罰なのか。酷く身勝手な事を考えたものだな」
デートレフは言葉を切ると、顎をしゃくった。
「不快だ。牢に閉じ込めておけ」
オステン公子息は、領主の館の牢に入れられた。己が少女達を監禁したように、監禁状態となったのだった。
かつて、叛徒として捕らえていた囚人が、無造作に放り込まれていた場所である。
自領の牢屋に囚人として入るのは、余程の屈辱だったらしく、周囲の兵士やグンターに対する文句だけでなく、第一王子と王軍、果ては王家に対しても罵詈雑言をわめき散らしていた。勿論、耳を貸すものはいない。
館の使用人達は、下働きも含めて一度集められ、兵達が帳簿や書類を探している間、館の中の広間に監視つきで閉じ込められた。
しばらくして、先にグンターの指示で出ていた兵達が戻ってきた。
兵が持ってきたのは名簿だった。女性の名前の横に、店の名前と金額が記してある。店はオステン内の娼館だったり、行商人とおぼしきものだったり、様々だ。
そこで、使用人の群れの中から、執事長と侍女長を引っ張りだし、問い詰めたところ白状した。
税の払えない者は、不足分を人材、すなわち娘で支払わせていた。未成年の娘は無給の労働力として館で下働きをさせる。成人した娘は娼館などに送って働かせ、売り上げを搾り取られていた。
子息が気に入った娘は手元に置いてしばらくのあいだ愛妾扱いし、飽きたら追い出すように娼館へやってしまう。
言うことを聞かない者には躾と称して体罰を与え、それでも反抗的な者は、散々痛めつけてから奴隷として国外に密かに出していた。
愛妾用に狙われたのは、子息の嗜好に合う金髪の娘ばかりで、一般的な茶髪や容姿が劣る者などは対象外だそうだ。だが、注文が多くて飽きっぽい子息が愛妾を取り替える頻度は高く、度重なるうちにだんだん年頃の金髪の娘が減ってきたので、少女もその範囲に入れたのだという。
また、最初は権力で握りつぶせる庶民が対象だったが、近頃になって、公爵家に逆らえない傍系の娘や、叛徒の濡れ衣を着せて罪人に仕立て上げた家の娘を、その標的とするようになったらしい。
流石に未成年にはまだ手を出してはいないようだが、気に障ると乗馬用の鞭で叩く罰を科していたという。
聞けば聞くほど胸が悪くなり、もうオステン公家は潰れてくれて構わないな、とグンターや今回の捕り物に同行した兵士達は思った。
最初から取って捨てるつもりだったデートレフは言わずもがなだ。
すぐさま、領内の娼館全てを調査することになった。オステン公家と取引があった商家も調べが入る予定だ。
グンターの臨時の仕事がまた、増えた。
二台の馬車に少女達が乗っていた。皆子供で小柄なので、六人乗りの馬車に余裕がある。
片方の馬車には少女五人が乗り、女神官が一人付き添った。移動しながら怪我の応急処置をするためだ。
トゥルーデの乗ったもう片方の馬車には、ラルスとクロが同乗させてもらった。こちらはトゥルーデを含め少女が三人と女神官が一人乗った。
少女達は、神殿で一時的に預かることになった。助けられたとはいえ、あの館に留まっていては、とても心が休まるはずもなく、別の場所で過ごすことになったからだ。
護衛としてそれぞれの馬車に兵が付き、グンターも騎馬で共に神殿へ向かう。
馬車の中、犬のクロはトゥルーデの隣を陣取り、膝の上に頭を載せた。ラルスがちょっと図々しいんじゃないの、とクロに文句を言うと、トゥルーデは笑って私が撫でたいから、と甘やかした。
クロは他の少女達にも愛想良くし、大人しく撫でられるままになっていた。
乗り込んでしばらくすると、ぱらぱらと馬車の屋根に雨が当たる音が聞こえてきた。まばらな雨音は、時間と共に少しずつ増して来るようだ。
「それにしても、本当にあのお兄さん、王子様なんだなあ」
兵の目が無くなると、ラルスがしみじみとこぼした。なにしろ、出会ってからずっとデートレフは庶民の旅姿のままだ。ふとした仕草が上品に見えるときもあるが、そんなのは誤差の範囲である。
それなのに、兵隊が全員頭を下げるし、偉い兵士も言うことを聞いていたし、領主様の若様を捕まえてしまうし、偉そうだし、実際に偉かった。
「私達、お忍び中の王子様に助けてもらったのね。ふふふ。それって物語のお姫様みたい」
トゥルーデが言うと、他二人の女の子達も少し笑った。
だが、笑った後で、しん、と沈黙が降りた。
しばらくして、一人の少女が俯いてポツリと言った。
「わたくし、自分の髪が嫌いになりそう……」
もう一人の女の子も、沈んだ様子で下を向いた。ぱらりと頬にかかった髪を目に入らないよう神経質に耳にかける。
「私も。……全部切ってしまいたいわ」
トゥルーデは無言で自分の髪を一房引っ張り、悔しそうに口を曲げた。
「ぼ、僕は金髪、好きだなっ」
重苦しさを吹き飛ばすように、ラルスは声を張り上げた。皆、髪の色のせいで監禁されたのだ。多かれ少なかれ、それぞれ心が傷ついている。元気づけるようにと、意識して陽気にラルスは言った。
「そう? 私はあの偉い兵士様みたいな、普通の茶色い髪の毛がいいわ。なぜ?」
小さく首を傾け、トゥルーデが聞いた。彼女がその綺麗な金髪を切ると言い出さないように、ラルスは懸命に喋った。
「その、なんて言うか金髪って、はちみつみたいで、とっても甘くて美味しそうで、それで、えっとほら、あの花何だっけ、あっ、日車草みたいですごく可愛いよ! それに、ときどき光に当たるときらってするよね。あれって、すっごくきれいだと思うな。なんかこう、えっと……うーん、満月の時の月の光とか、雲の間からお日様が出て来た時の光に似てるような気がする。うん。似てるよ。あれ、ずっと見てたくなるような、とってもきれいないい色だと思うんだ。光ってどうしてさわれないのかな。いっぺんさわってみたいなあ。きっと金髪みたいにサラサラして気持ちいいよ……」
一生懸命喋っていると、だんだん少女達の様子が変わっていった。後半は想像が混じっていたこともあって、ラルスは我に返ってしくじったかと焦った。
「んっんん? えっと、あれ? なんだよ、みんな変な顔するなよ。……やっぱり、なんかダメだった? もしかして、ちょっと怒ってる?」
少女達はそろって頬を赤くして、そっぽを向いたり、手で口元を覆ったりしていた。トゥルーデなどは、両手で顔を隠して小刻みにぷるぷるしていた。
黒犬が、妙にじっとりした視線を飼い主に送っていた。
おろおろする少年の向かい席に座っていた女神官が、感心したように言った。
「君、やるわね。才能あるわ。あっちの馬車の子達にもそれを言っておやりなさいな。……いえ、言わない方がいいわね」
ラルスは、やっぱりわからないけど何かしくじったようだ、と困った顔をした。
2021.02.16 誤字修正しました
2021.03.07 振り仮名等の微修正しました