20 マルトの帰還あるいは古代機械
第一王子の部屋付の侍女は、名を告げると一礼して部屋の中に引っ込んだ。
ややあって、馴染みの部屋付きの従者が出てきた。
「お帰りなさいませマルト殿。ご無事のご帰還なによりでございます。お疲れになりましたでしょう」
マルトと聞いて、出てきたらしい。
「ただいま戻りました。先ほどの方は新しい侍女殿ですね」
何気無くマルトが言うと、従者は少し迷って、それから実は、と切り出した。
「マルト殿には申し上げたほうがよいと思いますので言いますが、一昨日、侍女が三名体調を崩しまして、かわりにあの者を入れました」
「一度に三名も。それはそれは。暑気あたりか何かで? まだ悪いのですか」
従者はうなだれて小声になった。
「それが、そのうちの一人が命を……原因はどうも王妃様が殿下に下さった菓子らしいのです」
驚いてマルトはたずねた。
「菓子? まさか私が渡したものでは」
小さく従者はうなずいた。
「……受け取ってからかなり日を置いた後でした。悪くなっていたのかも知れません。味見と称して口にしたのですが、それであたってしまったらしく」
「それはまた……気の毒な。すまないことをした」
マルトが顔を歪めると従者はかぶりを振った。
「いいえ、マルト殿のせいではございません」
いかにも悲しそうな大柄の武人に、丁寧な物腰で従者が小さく折られた紙を差し出した。
「それと、マルト殿にデートレフ様から伝言をお預かりしております。おそらく今日中にお戻りになるだろうと仰せになったとか」
「殿下はどちらへ……あ、いや。今日は"塔"へ行かれる日でしたな」
「左様でございます。"塔"に随行した近衛兵の一人が、これを預かってまいりました」
受け取ったマルトはその場で紙を広げ、読んだ。
「……わかりました」
元通り紙切れを畳んでふところに入れると、マルトは厳つい顔を引き締めてうなずいた。
大通りの飲み屋は数件あるが、柄の悪い男が集まる店は限られている。
その店の、昼間から飲んだくれている奴らに混じって、片隅の席でちびりちびりと杯を傾けている、陰気そうな男がいた。その左の足先が、木製の義足になっていた。
静かに店へ入ってきた客は、片頬に殴られた跡があり、びくついた様子でざっと店内を見回して、背後に立つ屈強そうな強面の男にぺこぺこしながら耳打ちした。
男は小さくうなずき、顎をしゃくって外に出て行くよう示すと、カツカツ規則正しい足並みで店内を進み、陰気そうな義足の男の前に立った。
「すまんが、聞きたいことがある」
大柄な男の呼びかけに、杯を手にしたまま陰気そうな男は少し酔った目を向けた。
「腕っ節が強そうだな。あんたも金が欲しいのか?」
杯を置くと、冷たい目で品定めするように上から下まで厳つい男を眺めた。
「……そうだ。人を集めていたそうだな」
「あれはもう締め切った。残念だったな。帰んな」
立ったまま、大柄な男は義足の男を見下ろして言った。
「依頼主に会わせてくれないか」
「無理だ」
短くそう言うと、義足の男は酒瓶に手を伸ばした。
だが、伸ばした手は捕らえられ、あっというまに背中へねじり上げられた。
「いや。無理を通してもらおう。それとも、足だけでなく腕もいらぬのか?」
「っ痛。やめろ。俺はただの仲介なんだ」
「会わすのか会わさぬのか、どちらだ」
ぎりぎりと絞め付けられて、義足の男は仕方なく答えた。
「わかった会わせる。明日の」
更に腕が絞められた。
「今すぐに」
「っ、くっ。離せ」
「どこにいる」
義足の斡旋屋はもがきながら言った。
「あ、案内する! 離してくれ!」
ぱっと締め付けが解けた。男は腕をさすりつつ、青い顔で大柄な武人、マルトを見上げた。
そういえば特に作らせた菓子、と言っていた。
良く似たものを、店の中に陳列された様々な商品の間で見つけたマルトは、顔をわずかにしかめた。倒れた侍女が食べた菓子はこの店の物に間違いあるまい。
「ここの店主だ」
義足の男が、小声で告げる。ミッテルの中でも賑やかな通りに面した、焼き菓子屋だった。
店の奥から出てきた、満面の笑みのやや太った男が、ぺこりと頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
マルトは店主を注意深く観察した。何かが彼に、これは普通の菓子屋の親父ではないと警告を発していた。
「店主殿か。そこの菓子は人気があるようですね」
そう言いながら、指差した。
「ありがとうございます。中に干した種々の果実を酒に漬けて刻んだ物を混ぜ込んで、じっくりと焼いております。香り付けに北のほうでしか手に入らぬ香辛料を入れておりますから、たいそう良い香りがいたしますよ。使っている材料は全て最高の素材でございます」
「贅沢なもののようですな」
「それはもう。お客様はお目が高い。特に高貴な方々に喜んでいただいております」
太った男はその菓子を一つ取り上げると、マルトに良く見せようと持って来た。
マルトは片手を上げてそれを遮り、傍らの義足の男を示した。
「菓子よりも店主殿、この者から聞きました。少し話をさせていただきたいのだが」
店主の顔の笑みが深くなった。
「はて。この方はどちら様でございましょう。初めてお会いするのですが」
「……そうか」
マルトは義足の男の襟元を片手でつかみ、ぐいっとひっぱりあげた。マルトが大柄なせいで宙吊り気味になる。
声を低くしてマルトは脅しをかけた。
「残念ながらお前は見捨てられたようだな。それとも嘘をついたか。嘘ならば相応の仕置きをさせてもらうぞ」
ひっ、と声を上げて男は店主に哀願した。
「そんな。嘘じゃない。頼む旦那、助けてくれ」
店主は笑みを消し、鋭く言い捨てた。
「役立たずめ」
義足の男は、吊られたまま両手を合わせ揉み絞り、上目づかいでどもりながらまくし立てた。
「あっあ、会わせろと言われたんだ。こ、この御仁は、かかか、金が入り用らしいんで」
すると、金、の一言で、店主のまなじりが引き絞られ、きゅっと口角が上がった。
「ほう。左様で……?」
マルトは男を解放して、こくりとうなずいてみせた。店主はそんなマルトを上から下まで眺めまわした。
「お客様のような腕に覚えのある方でしたら、大金が稼げますよ」
店主は手のひらを返し、まるで上客をあしらうように、店の奥へマルトを通した。
よく晴れた空の下、ミッテルの神殿の門前には一群れの近衛兵とその乗馬が侍していた。
そして神殿の中では、数名の護衛と正装の第一王子が腕組みして大神官が顔を出すのを待っていた。
貴賓室の窓は開け放たれ、風を通して多少の涼を得ていたが、外で待つ者達はわずかな木陰でしのいでいる。
日光に焼かれつつ長時間待機するのは辛いだろう。おそらく皆は喉が渇いているはずだ。
しかしデートレフは、テーブル上の神殿自慢の茶が注がれた器を前にし、その中身を検分でもしているようなきつい眼差しを液体に向けていた。
王子のくせに行儀悪く左足首を右膝の上に乗せている。
中まで付いて来た護衛の者は戸口に立ち、静かに守っていたが、時折ちらりと彼の様子をうかがった。
少し前のこと。
全速力で駆ける湖からの道で、初め王宮に戻るように進路をとっていたはずだが、いつのまにやら先頭を切っていたデートレフは、行き先を切り替えてしまっていた。
何処へ行くつもりか近衛の兵たちには見当もつかなかったが、とにかく主が行く方へぞろぞろと皆付き従った。
深く考える余裕も無いほど、彼を追うので精一杯だったせいもある。誰にもどちらへ向かうのかと聞く余裕など無かった。
息を切らせつつ皆が神殿に着くと、突然訪れた貴人の姿と近衛の兵士達に驚いて、何事かと神官たちが出てきた。
それら神官の中から、デートレフは見知った若い繊細そうな色白の男を目敏く見つけた。
彼は真っ直ぐに神官の方へ向かって行き、
「用意が出来ているそうだが、大神官殿にお会いできるか」
と告げた。
儀礼や挨拶、それどころか名乗りさえもすっとばしての性急な言葉だったが、若い神官はきちんと古風な神殿式の礼をして笑み、他の神官に「奥へお通しを」と小声で指示して、すたすたと奥へ消えていった。
どうやら年若いのに反し、神官としての地位は高かったようだ。
そうして通された、というか案内を追い越して勝手に進み入った貴賓室のテーブルの上に、畏まって女神官が持って来た、よく冷えた茶が供されていて、第一王子はそれを睨んでいるのだ。
「……茶、か。嫌がらせだな、悪戯好きめ」
ぼそりと呟かれた言葉に、護衛の者は不思議そうに彼を見た。
ややあって扉が控えめに叩かれ、悪戯好きらしい頭髪の薄い老神官が、にこにこ顔で姿を現した。
「これは殿下。お早いお越しでございますな」
「気がせいて真っ直ぐこちらへ来た。突然伺って申し訳ない、許されよ大神官殿。で、出来はどうだ?」
「ほっほ。ご心配召されずとも大丈夫でございますよ」
「流石だな。改めてお礼を申し上げる。では尊師が強請ったものと寄進を置いて行こう」
二人が交わした会話はこれだけである。
大金の詰まった重そうな袋と角ばった古代語で記された何かの書付を、デートレフは無造作に茶の脇に置き、すっと立ち上がった。
大神官はゆっくりと頭を下げ、顔を上げたときには満面の笑みを浮かべていた。
その横をさっさと通り抜けて第一王子は貴賓室を出る。もう用は済んだらしい。あわてて護衛が後を追った。
神殿の外で待ち受けていた近衛兵の間に、荷車に乗せた身の丈ほどもある大きな木箱が二つあった。
それを運んできたらしい神官達は、デートレフを認めると荷車から離れ、頭を垂れた。
中の一人、例の年若い色白の神官は、つ、と進み出て会釈し、耳に心地よい響きの声で言った。
「既にどちらも組み立ててございます」
「調整済みか?」
デートレフが聞くとこくりとうなずいた。
「はい。ですが念の為、使用前に確認と微調整をしたほうが宜しいでしょう。……方法はご存知ですか?」
「判る。案ずるな」
神官は恭しく一礼すると、微笑した。
「それと、よろしければこちらもお持ち下さい」
差し出したのは水筒で、ちゃぷんという液体の音がかすかに聞こえた。
「井戸水か?」
「はい」
嬉しげにデートレフは上品な笑みを口元に作った。
「ならば有難くいただこう。今日のような日には何よりの馳走だ。これで二度目のもてなしゆえ、何か礼をせねばならんな」
「いいえ、そのようなお気遣いは」
やわらかく首を振る若い神官に、彼は小声で耳打ちした。
「まあ聞け。……大神官殿はな、よほどお前が可愛いようだぞ。この古代機械の代償に野外祭儀場を作らせろとふっかけてきた。せいぜい期待に応えて差し上げることだ」
はっと目を見開いた神官に、彼はくつくつと笑い声を上げた。
「大神官殿に言うなといわれたが、茶の仕返しだ。神官殿、やるからには我を満足させねば許さぬからな。全力を尽くせ」
若い神官はみるみる紅潮したが、興奮を隠すように深く深く頭を下げた。
「はい、必ず。ありがとうございます」
「期待している。ではな」
デートレフが馬に乗ると護衛の近衛兵達もそれに倣った。また全力疾走が始まるのかと彼らの身に緊張が走る。
が、デートレフは片手を上げ、兵士の中から三人を指差した。
「お前とお前とお前、を除いた全員は、荷車を守りオステンに向かえ。移動と移動の支度は可能な限り急げ。その後は、我が到着するまでグンターに助力せよ。
最初に言っておくが、その箱の中身に何かあったらただでは済まさぬ。死守しろ」
任じられた者達は一斉にうなずいた。
「はっ」
それから彼は、選んだ者に淡々と命じた。
「お前達は我の馬にまあまあついて来れていたな。残って我と一緒に来い」
彼ら近衛兵は、一瞬強張った顔をしたが「はい」と返事をした。
マルトが入った店の奥の部屋で、店主は金の入っているらしい袋を、机の上にやかましい音を立てさせながら乗せた。
黙って店主の顔とテーブルの上を見比べると、店主は言った。
「これは前金で。残りは上手くいったら倍渡しましょう」
何も返答せず、マルトがただ店主を見つめ返すと、店主は金の袋をぽんぽんと叩いた。ちゃりちゃりと音が響く。
「少なくないと思いますが、いかがですかな?」
「……何をすれば、全額貰える?」
問うと、冷え切った嫌な笑みを浮かべた。
「そろそろ、あの飲み屋に何人かが訪ねて来ます。そやつらを消してくればお渡ししましょう」
店主は笑みをはりつかせたまま、鋭い目でマルトの返答を待った。
つまりこの店主は、仕事を終えた荒くれ男共に約束の金を払う気がなく、口封じに殺そうというわけだ、とマルトは考えた。
「成程、物騒な話に相応しい金額ですな。で、一般客と見分けるには?」
「あの脚の悪い男に話しかけますから、奴が合図したら、後をつけて始末すれば良いので」
「そうか」
こくりとうなずくマルトに、笑顔の店主は言った。
「後金の半分はそやつらの懐にございますよ。残りの半分は、仕事が終わったらここでお渡ししましょう」
「……」
マルトは呆れて思わず肩をすくめてしまった。急いで眉根に力を入れて顔をしかめているようにし、表情だけは苦虫を噛み潰したようなものに変えて誤魔化した。
どうやらこの店主は、正真正銘の悪人と呼ばれる輩のようだ。マルトに強盗か盗人の真似もしろと言っている。
このぶんでは、殺した荒くれ男共の財布をマルトに探らせて、渡した金を取り上げさせておき、店に戻った後でマルトを脅すか殺すかして、全額金を回収するぐらいのことはしてのけそうだ。
やれやれ、とんだご店主殿だ。
肩をすくめたのをどう受け取ったのか、店主は喉元で小さく笑い声を立てた。
「旦那様なら大した手間にはなりませんよ。それに、ろくでなしの奴らから金目の物を手にしたとしても、とやかく言う者などございますまい」
「そうだな」
マルトが苦笑まじりで答えると、金袋をぐいっと押してよこした。
「ではお受け取り下さいませ。また後でお会いいたしましょう」
手にした金の重さを量りながら、どうしたものかとマルトは思案した。
2021.02.16 誤字修正しました
2021.03.06 振り仮名等の微修正しました




