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熱風が吹く  作者: 広峰
2/98

1 第一王子、王代理になる

ゆっくり更新予定です。

拙い部分も多いとは思いますが、よろしくお願いします。

お好みに合わないようでしたら、そっと閉じていただければと思います。

 見渡せば、眼下一面に緑の広がる大地。

 ここは豊かな地だ。色濃く繁る木々。夏季の日差しの中で揺れる緑。

 陽光をはじいて流れる川は、彼の左手に見える大きな湖から生じて(はる)か海を目指す。

 おそらく今年は豊年だ。気候にも雨量にも恵まれて、作物の育ち具合が例年より良い。


 彼は眺望に満足し、馬から降りた。

 (くら)に付けてきた水筒から、喉を鳴らして少し温んだ水を飲む。

 彼が身につけている物は、地味な平民の服と直射日光を遮る被り布、それだけに見えた。

 口元を手の甲で拭って一息ついていると、お供の護衛がやっと追い付いて来た。


 気配だけで、彼は護衛が息づかいも荒く急な斜面を駆け抜けてきたことを知る。

 これだけ遅れてくると、護衛の意味もむなしい程だったが、彼は他の者を選ぼうとしない。

 気に入らない供など願い下げ。むしろ一人の方がましだと本気で思っている。

 彼はお供の顔を見もせず、景色の中の一角を指差した。


「見ろ。"塔"の入り口だ」


 護衛は馬から降りると彼のすぐ脇に立ち、示された方に目を向ける。

 強面の筋肉質で体格の良い護衛が、庶民の格好の主人と並ぶと、立場が逆のような印象をあたえた。


 王宮から少し離れた山の中。

 木陰を渡る涼風が頬を()で、彼の額にこぼれた黒髪を後ろに流す。そこに現れた細い銀輪の略冠が鈍く光る。

 彼は緑の合間にちらりと(のぞ)く、湖から突き出た細長い建造物とそれに続く橋を目を凝らすようにして見つめ続けている。


 護衛は視線を主人に戻し、その薄く笑みを浮かべる自信に満ちた顔をちらりと見た。

 黒い髪も涼しげな面立ちも、若くして亡くなった彼の母親から受け継いだもの。

 その額には、ずっとここまで山道を駆け抜けてきた証拠に玉の汗が浮かぶ。

 供の護衛は懐から柔らかい布を取り出し、控えめに差し出した。


「デートレフ様、汗を」


 彼はやっと護衛に顔を向け、それを無言で受取り、ざっと顔を拭いてから手もぬぐった。


「……いま暫くの辛抱で全部が我の物だ。マルト」


 若い主人は片方の(こぶし)をぐっと前に突き出した。目に見えるもの全てを一気に握るかのように。

 断崖の上に熱風が吹きあがる。頭から被った薄い布の端が彼の背で翼のようにはためいた。


「我は誓う。我が君臨する時、この地に更なる繁栄をもたらす。父上どころか聖王を越えてやる」

「……は」


 マルトは頭を下げた。

 彼には豪語するだけの力とそれに見合った意志の強さがあった。そして何より大きな望みがあった。


「"塔"の言いなりにはならん。こちらが利用してやる」


 彼の"塔"を(にら)む金茶色の目に力がこもる。


「マルト、その時は傍に居ろ」


 顔を上げると、主人は不敵な笑みを浮かべていた。


「必ずだ」


 マルトはぐっと(あご)を引いてうなずいた。


「はい」


 デートレフはしばらくその場にたたずみ、眼下に広がる国の姿を目に焼き付けた。

 もう一度、熱風が下から上へと吹きぬける。

 それは背後の木々の間から吹く涼やかな風とない交ぜになって、複雑な渦を巻き、彼を(あお)りつつ去ってゆく。

 やがて、黙って控えていたマルトにデートレフは短く告げた。


「戻る」


 そのままひらりと馬に(またが)り手綱を取った。

 急いでマルトも馬に駆け寄る。

 既に馬を走らせだした主人は、若々しく活気にあふれた後姿で呼んだ。


「急げ。義母上のくだらん茶会の終わりに合わせろ」


 マルトはやれやれ、と苦笑いした。

 突然遠乗りに出て気の向くまま山に登ると言い出し、今またいきなり戻ると言う。

 父王の後妻に納まった、自分とそう年の違わぬ隣国の美姫を鼻先で笑ってすます。

 だが、彼が本音を吐いて気ままに振舞うのは、今のところマルトの前だけに限られていた。


 マルトが主人を追い始めると、知ってか知らずかデートレフの速度が上がった。

 いつものように全力であとからついていかねばならない。

 そうしなければ、いつのまにか見失ってしまいそうな気がする。彼はそういう男だった。

 しかし、そうでなければマルトは決してこの主人についていこうとは思わなかったに違いない。






 王宮に戻った時には、日が傾きかけていた。

 (うまや)番に二頭の馬を預け、のんびり王妃のサロンに向かうとちょうど扉が開いたところだった。

 若い侍女がデートレフを認めて目を丸くする。

 慌てて引っ込んだと思うと、またすぐ飛び出して来て、深々と頭を下げた。


「……義母上は?」

「奥にいらっしゃいます。どうぞ中へ。もう少しお開きはお待ち下さるよう言いましたので」


 王妃付きの侍女の返答を聞きながら、デートレフは被り布を己の頭からはぎ取ると、傍らのマルトに投げ渡し、頭を一振りした。

 襟足で一つにまとめられた黒髪が、背に滑り落ちて(むち)のようにしなる。

 ぞんざいな仕草にも関わらず、()れ惚れするほど滑らかな一連の動きに、侍女はつい見とれてしまう。

 彼は軽く肩をすくめてみせた。


「いい。お開きにするところだったのだろう。我のせいで迷惑はかけられぬ。今日は遠慮する。これを捕まえるのに思いのほか時間がかかってしまい申し訳なかった。残念だ。とお伝えしてくれ」


 そして彼は腰につけていた袋から、そっと首に(ひも)を結わえ付けた一匹の栗鼠(りす)を取り出し、紐の先を侍女に渡した。

 侍女は小さく愛らしい生き物と金糸を編みこんだ紐を預けられて我に返り、彼を見上げた。

 デートレフは切れ長の目を細めて綺麗に口許に弧を作った。彼お得意の品の良い微笑みだ。


「森で捕まえた。多少なりとも義母上をお慰め出来れば良いのだが。では、失礼する」


 それだけ告げると、くるりと背を向けて足早に自室へと向かおうとした。


「お、お待ち下さいデートレフ殿下。ただいま王妃様がいらっしゃいますから!」


 侍女が声を上げたが、彼はそれを軽く片手で遮り断った。


「良い。遅れた我が悪い。終わり際にお邪魔するわけにはいかぬ。宜しく伝えてくれ」

 とっとと去っていくデートレフの背に、侍女の哀願が響く。


「そんな。お願いでございます。私が叱られます」


 デートレフは侍女を無視して歩み去った。

 後ろからつき従うマルトが小声で言った。


「……これではまた癇癪(かんしゃく)を起されますよ」

「勝手に起こさせておけ」

「ですが殿下」

「放っておけ。義母と呼んでやってるんだ。充分だ」


 マルトは、はあ、と溜息(ためいき)をついた。

 そんなマルトの様子を見て、デートレフは声も無く笑った。






 デートレフが自室に戻ると部屋付きの侍女が素早くそばに寄り、着替えを手伝った。

 お忍びの地味な平民の服を脱ぎ捨て、上質の生地に腕を通す。

 それには肩口に小さく王家の紋が縫い取されている。


 彼の部屋はこれが王位継承権を持つ王子の部屋かと思うほど、恐ろしく簡素だ。

 まさしく、戻って着替えて寝るだけの部屋のようで、最低限の家具しかない。

 その装飾皆無の部屋の持ち主だけあって、彼の世話をする侍女や従者も極端に少ない。

 しかし、皆、特に選んで良く(しつけ)られた者ばかりだ。

 その、彼に仕える侍女の一人がかしこまって歩み出、追従無しの用件だけを報告した。


「陛下が執務室でお待ちになっていらっしゃいます。導師長がお会いしたいとのことです」

「導師長は息災か」

「はい」

「……わかった。すぐ行くと伝えろ」

「はい」


 侍女が下がると彼はマルトを呼んだ。


「執務室に行く。お前はしばらく休んでおけ」

「は」


 マルトは片膝をついて礼をとった。

 顔を上げるとデートレフは厳しい口調で言った。


「しっかり休め。後が辛いぞ」

「はい」


 思わずマルトは頬を緩めた。主人のいたわりは、どうにも分かりにくい形で発せられる。


「何を笑っている。明日も連れまわしてやるから覚悟しておけ」

「光栄です。かしこまりました」


 笑顔のまま深く頭を下げると、デートレフは少しだけ照れ臭そうに横を向いた。






 執務室の中では、王である父が椅子に腰かけていた。

 その隣に灰色のマントを羽織った白いひげの導師が座っている。


 王が実際の年齢より老けて見えるのは白髪混じりのせいだ。長身の体躯(たいく)の方は未だ力強く、温厚で包容力のありそうな雰囲気も健在だ。

 とはいえ、それは見た目だけの話であり、王の力は近頃ゆるやかに減退の兆しを見せていた。


 王の金茶色の目が、従者に案内されて前に出たデートレフを認めた。

 現王の子供達は父親よりもそれぞれの母親に容姿が似ていた。

 しかしただ一つ、異母兄弟が共有する瞳の色は父から受け継いだものだ。

 デートレフはひとまず二人に軽い会釈をした。


「父上、お待たせいたしました。……これは導師グラール殿。ごきげんよう」


 導師グラールは椅子から立ち上がると深々とお辞儀をした。初老の導師は身を起こすとまたすぐに椅子にかけ直した。

 父王は()したまま軽くうなずいた。


「遅かったな。こんな時間まで何をしてきた」

「少し遠乗りを」

「またか。リチュ妃が心配していたぞ」

「それは申し訳ないことをいたしました。急いで戻ったのですが」


 うつむき立って謝罪しながら、彼の眼は密かに笑っている。王は吐息を大きく吐いた。


「遊ぶなとは言わぬ。が、あまり気ままに振舞うでない」

「……肝に銘じます」


 導師グラールが(せき)払いをした。


「陛下、よろしいですかな。あまり時間もありませんので。お教えは後程。陛下のお言葉、殿下はしかとお聞き下さるでしょう」


 デートレフは助け船を出してくれた導師に目礼した。

 聞き飽きた説教より、早く本題に入って欲しいことを導師は良く分かっているのだろう。

 グラールは空いている椅子を彼に勧めた。それに従って腰かけると、王は重々しくうなずいた。


「まあ良い。……導師殿、お聞かせ願おう。王子達の資質はどうであろうか?」

「申し上げまする」


 一礼する導師。これから告げられることに対し、デートレフには予想がついていた。彼の身には僅かな緊張もない。


「……第二王子、第三王子、共に歴代の王の平均値を下回ります。特に第二王子カーイ様は、この先もごくわずかなお力しか持ち得ないでしょう。やはり現時点では第一王子、デートレフ様が望ましいかと存じまする」


 やはり予想通りの結果だった。

 当然だ、と思っていてもデートレフは決して顔に出さなかった。

 導師は言葉をつづけた。


「しかしながら選定の儀を行うにはまだ第三王子サーマン様が幼くていらっしゃる。また、もう少しご成長なされば、"塔"の予測が外れ、それなりの力が有ると知れるやもわかりません」

「……余の力は衰えてきておる。あといかほど持つだろうか」

「まだしばらくは持ちこたえるでしょう。陛下がお望みなら、選定の儀式をしばらく待たれても差し支えないと思いまするが。慎重を期するは当然のことですゆえ」


 導師の言に、王はしばし沈黙した。デートレフも余計な口をはさむのは控えた。


 最も力を有する者が王位を継ぐ。長子も末子も無くただ力のみが問われる。それがこの国のならわしである。

 王の力が衰えはじめたとき、次期王の選定の儀式が行われる。儀式に参加できる王族は力の安定してきた十五歳以上の者に限られ、王族特有の力を持たぬ者は初めから対象外だ。

 そして、その"塔"の導師らが主催する儀式で認められた者が次代の王となる。現王に跡継ぎの指名権は無い。

 王の考え込む姿に、グラールは案を出した。


「あるいは陛下、こういう方法もございます。本来なら"塔"としては選定の儀の前、陛下に退位勧告を出すところですが、こたびはどちらも見送ります。陛下はそのまま退位なさらず、デートレフ殿下を王の代理として立てるのです」

「……代理とな」

「何代か前の王が採られたこともある策です。デートレフ殿下のお力は"塔"も認めるところ。さすれば陛下にかかる負担が軽くなりまする。その間に陛下は御力を回復なさいますれば宜しいかと」

「成程の」


 そうして王の力が回復した所で代理の任を解き、末子が儀式を受けられる年まで成長したところで、改めて選定の儀を行う。

 あるいは、王が回復せねばそのまま代理が王へと移行するすることも有り得る。

 デートレフは顔色一つ変えずに父と導師を見比べた。


「ひとつお尋ねしたいのですが。カーイとサーマンは将来このデートレフを越える力を持つと思われますか」


 投げられた質問にグラールは客観的な答えを出した。無論、私情を挟むような者は導師と言えぬ。


「その可能性は全く無いわけではございませんが、かなり低うございます」


 ならば選定の儀を行う意味は、周囲の目を納得させる以外に何の意味も無い。

 それよりも、王の代理に立つこと、それは実質的に王に等しい権力を手にすることだ。

 異母弟達はまだ幼い。いずれにせよ代理を立てるなら彼だろう。


「そうですか。お答えいただき感謝します」


 デートレフはうなずき、殊勝気に頭を下げた。

 王は息子に告げた。


「お前が代理を務めよ」

「承知いたしました。……陛下の御心のままに」


 彼が答えると、導師は椅子から降りて恭しく礼をとった。



 2021.02.16 誤字修正しました

 2021.03.06・2021.03.12 振り仮名等微修正しました


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