#5 武器
「そうだ、尾関たちは武器を買っておいた方がいいんじゃない?」
尾関とハーシルは那須をコキマの町で見つけ出し、次は大陸の北部に向かって出発しようとしていた。
「武器なんて売ってるのか」
平和な世の中からやってきた尾関たちにとっては慣れない代物である。
「魔族も危険だけど、獰猛な野生動物と出会すこともあるからね。尾関はまだスキルにも目覚めてないし、護身用の剣くらい持っておいた方がいいと思うんだけどな」
「でも俺、この世界の金なんて持ってないぞ」
「日本のお金もろくに持ってなかったわよね〜」
横で那須が嘲るように言った。
「うるせえな、お前こそどうするんだよ」
「あら、私は武器なんて持たないわ。人を傷つけるなんてポリシーに反するもの」
「お前、目的わかってるのか?」
尾関は呆れてしまった。誰も傷つけずに魔王の討伐ができるだろうか。
「語弊があったわね、人の身体を傷つけることはポリシーに反するわ。精神攻撃は可よ」
「よっぽど陰湿じゃねえか」
そのような会話を交わしているうちに、町の北側にある武器屋の前にたどり着いた。
「ま、この世界を救うためだから、とりあえず尾関の武器はあたしのお金で買うよ。おじさん、このサーベル頂戴。鞘とベルトもね」
「あいよ!」
ハーシルが選んだのは、刀身80cmほどのサーベルに、紺色の鞘と、茶色の革ベルトであった。
尾関はよもや自分がこのような凶器を持って歩き回ることになるとは考えたこともなかった。
子供であれば無邪気に喜んだかもしれないが、尾関にとっては負荷の方が大きい。腰に下げているとどうにも落ち着かない。
そもそも、
「俺にこんなもの使いこなせるのか?」
という当然の疑問が湧く。
尾関は元来、人と殴り合いの喧嘩をするような性質ではなかったし、映画やゲームでも血が出るものは比較的苦手であった。
「まあ、護身用だってば。もちろん、使わないに越したことはないけどね」
ハーシルはほとんど空になった財布がわりの巾着を指先で振り回しながら言った。
不意に、町の中に鐘の音が騒々しく響き渡った。
鐘の意味は尾関たちにはわからないが、緊急事態を伝えるものであることはその場の空気で理解した。
「何事かしらね」
往来を行き交う人々もその場で足を止め、不安な表情を浮かべている。
すると、どこからか、
「南門に魔族が出た!」
と言っているのが聞こえ、尾関たちは彼らが入ってきた南門へと急行した。
コキマの町には自警団が組織されているらしく、南門では彼らが魔族の侵入を退けるべく動いていた。
尾関たちが到着すると、魔族は3人確認できた。
全員、全身が深い毛皮に覆われ、強面であるが猫らしい耳を頭に備えて二足歩行している。
「おい、あれって...」
「キッサ族ね、あたしと同じ」
毛皮は3人揃って真っ黒で、言ってしまえば黒猫のようである。
しかし、体格はハーシルよりもひとまわり大きく、尾関と大差ない。
門前では十数人の自警団と魔族との間で、互いに剣や槍を用いた近接戦が展開されている。
数では自警団が有利なはずだが、負傷して倒れている自警団もおり、魔族が優勢のように見える。
「止まりなさい!」
早々に、ハーシルが戦闘に割って入った。
魔族はハーシルを鋭く睨みつけ、
「あぁ...? キッサの餓鬼じゃねえか?」
「そのようですぜ、親分」
どうやら魔族3人組は、そのうちの一人を首領とする小さな組織として機能しているらしい。
「単独行動を好むキッサ族がグループ作ってるなんて、珍しいね」
ハーシルは臆することなく言った。
那須はその隙を見て負傷者の救助を始めた。
尾関の不安は止まらない。
明らかに自分より戦慣れしていそうな自警団たちが手を焼いているのに、今初めてサーベルを握った男に何ができるというのであろうか。
魔族たちは恐ろしい形相で尾関たちを睨みつけている。
「なんなんだお前ら...。俺たちの相手をしようってか?」
首領らしき人物が言った。
「尾関、ちょうどいいチャンスだよ、サーベルの実践練習になるからね」
「スパルタすぎやしないか?」
尾関は冗談を言われたと思って軽く受け流した。
「いざという時はあたしのスキルでなんとかなるよ、きっと」
「きっと!」
「大丈夫よ、尾関ちゃん」
負傷者を戦場から退けた那須が背後からやってきた。
「私の力があれば、あんなの楽勝よ」
「だからなんでお前は既にこの環境に適応してるの?」
「でも、最初から私がスキルを使ったら尾関ちゃんの成長に繋がらないわ。まずは一人で戦ってきなさい」
「結局スパルタ!」
こうして、武器を手にした尾関の初陣が幕を開けた。