#4 ナース
「着いたー!」
尾関とハーシルはカラス男の一件以来、何事もなくコキマの町に到達した。
村を出発した時は青空だったが、今は陽が沈みかけている。
町は石塀で囲まれており、門が東西南北それぞれ1箇所ずつに設けられているらしい。
尾関たちは南門に辿り着き、門番による簡単な身体検査を受け、町の中へ入った。
コキマの町はアリィたちと出会った村より遥かに栄えており、人の往来も多い。
地面は石畳で舗装されており、馬車に乗って移動している人もいる。
「馬がいるのか」
尾関は異世界に、自分の世界と馴染みのある生物を見つけて、小さな安堵を感じた。
もちろん、外見が似ているだけで実際には異なる生物なのだが。
「まずは宿を確保しよう!」
この辺りに落ちたはずの友人のことが尾関にとっては気がかりであったが、ハーシルのいう通りであった。
「宿の場所、知ってるのか?」
「知らないよ! 私あの村を出たことほとんどないし。でも大きな町だから簡単に見つかると思うよ」
実際、宿はすぐに見つかった。
この後、尾関はこの世界の通貨を全く所持していないことに気づくが、この段ではハーシルが代わりに出すことになった。
翌朝、尾関たちは聞き込み調査を開始した。
仮にこの町かその近くに異世界からの来訪者があれば、すぐに噂が広まるはずだ。
「ごめんください、お姉さま」
ハーシルは自分と同じキッサ族を町で見つけ、昨日、異世界から来たという人物がいなかったが尋ねてみた。
近くで見ている尾関は、自分には一度も使われたことのない丁寧な言葉遣いに少し驚いていた。
「あ、もしかしてあのハーフの人?」
どうやらそのキッサ族は異世界から来た人物を知っているらしい。
しかし、尾関は、
「ハーフ?」
と、その点に心当たりがなかった。
尾関の友達は皆、純粋な日本人のはずである。
「面白い人よ、最初は私たちも警戒したけど、話してみたら悪い人ではなかったわ。今はたぶん、中央病院にいるわね」
「怪我をしているの?」
「いえ、彼、医術の心得があるみたいで、ひとまず中央病院に送られたらしいわ」
ハーシルは中央病院の場所を訊き、礼を言って尾関たちはその場所へと向かった。
大した距離ではないので、歩いて行けそうだ。
「医術の心得というと...」
尾関は、7人のメンバーのうち誰がこの町に来ているのか考えざるを得ない。
ハーフということを抜きにすると、答えは一つであった。
「那須だな」
中央病院は三階建ての、どちらかというと小学校の校舎のような外見の建物であった。
尾関たちは到着するとすぐに病院のスタッフらしき人物を呼び止め、昨日異世界から来た人物の友人であることを告げた。
スタッフは要領を得てすぐにその人物を呼びに向かった。
しばらくすると、そのスタッフが向かって行った廊下の先がざわつき始めた。
「誰か来たみたい」
尾関より先にハーシルが騒ぎに気づいた。
騒ぎの原因は少しずつこちらに近づいているようだ。
「尾関ちゃ〜〜〜ん!」
廊下から大きな声が響いた。
白衣と白いスカートを身につけた男が、尾関の名を野太い声で叫びながら迫りくる。
「やっぱり、お前か...」
尾関は友人の無事と再会に安堵しつつも、よりによってこいつが最初か、という気持ちもある。
那須。
尾関の高校の同級生。
2年生までは大人しく目立たない人物であったが、ある事件を皮切りに「ナースを目指す」ことを宣言した。
それ以来、性格までも豹変し、大学卒業後は明るく前向きな「ナース那須」に見事転身した。
本人はあくまで性的マイノリティなどではなく、性別を超越した存在であると自負している。
言動から馬鹿っぽく思われがちだが、頭の良さは『秀才』堂本に次ぐと考えられている。
「お前、ハーフだったのか?」
尾関は開口一番、頭に残っていた疑問について尋ねた。
「男と女が半分よ?」
「性別のことかい!」
「そんなことより、こっちの猫耳ガールは誰かしら?」
尾関は那須にハーシルを簡単に紹介し、次いで那須をハーシルに紹介した。
「那須、お前に話さなきゃいけないことが腐る程ある」
「あらやだ、口説き文句かしら?」
「ちげーよ!これから魔王を倒さなきゃならないの!」
「尾関ちゃん、頭、大丈夫かしら?」
言われてから尾関も確かになと思った。
突拍子もなく魔王がどうとか話しても、信じてもらえるはずがなかった。
「そもそもお前、ここが異世界という自覚はあるか?」
「まぁ、うっすらね」
「俺たちはこの世界を魔王から守るために連れてこられたらしい。亀井や遠藤...昨日飲みに行くはずだったメンバーがここに来ているらしいんだ。しかも、魔王を倒さない限り元の世界に戻れない。実際、俺たちは昨日、ここに来る途中で魔族に襲われた」
「なるほどね」
「反応薄くない !?」
「で、どうする? 私はこの町での生活費を稼ぐために、ナースとしてこの病院で働くつもりだったけど」
「順応早くない !?」
「まず、残りの6人を捜さないとだよ!」
ハーシルが意見を挟んだ。
「なるほど、じゃあ病院勤務はなかったことにしてもらうわ。私の『自己開示』スキルで、全力サポートしちゃう!」
「は? スキル? 使えんの?」
尾関は思わぬ発言に対して目も口も無防備に開いた状態となった。
「あら、この世界はみんなスキルが使えるんでしょう?私も急に新しい力に目覚めたわ。ゾクゾクしちゃう!」
「お、おい、ハーシル、どうなってんだ? なんでこいつは来て早々にスキルが使えるようになってるんだよ」
「そんなこと言われても、異世界から来た人なんて知らないし、わかんないよ。センスじゃない?」
「わからないのにさらっと傷つけるんじゃねーよ」
こうして尾関たちは那須と合流を果たした。
しかし、他の仲間たちがどこへ落ちたのかは全く手がかりがない。
尾関たちはアリィの助言を基に、ひとまず大陸の北部を目指すことにした。