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#3 カラス

アリィたちと出会った村を出発し、北東のコキマという町を目指す尾関とハーシル。

道は最初に尾関が降り立った場所と似た砂地であり、植物は背の低い草のようなものが時々生えているが、印象としては荒涼としている。

道中、尾関はハーシルから、自分たちはこの世界の半分近くを占める大陸の南東部にいて、魔族の住処は大陸の南端にあること、それ故に南に行くほど治安が悪くなるから、ひとまず北部を探索した方がいいということを聞いた。

「だから、アリィはあの村を離れられないんだよ。アリィは加護の力をほとんど村を守るために使っているの。次に加護スキルを使えるのは一年後って言っていたけど、『尾関には』使えないってことね」

尾関は、そういうことかと半ば納得しつつも、自分がこの世界を救うために連れてこられた割には不遇だなとも感じた。

「何にしても、尾関がスキルを使えるようになるまではあたしが守ってあげるわ。あたし結構強いのよ、その辺の魔族には負けないから」

ハーシルは空気にジャブを打ち込みながら言った。

「うーん、やっぱり、こうして歩いてると魔族が襲ってくるのか?」

尾関は周囲を見回してみた。近くに人が隠れるような障害物などもなく、平坦な道であるので、急に誰かに襲われるということはなさそうであった。

「何か探してんのかー?」

突如、尾関たちの上から男の声が聞こえた。

見上げると、カラスのように黒い羽と、これまた黒い顔とクチバシを持った男が尾関たちの上空を旋回している。

「あんた誰?」

ハーシルも見上げて言った。

「俺はー、誇り高き魔族の戦士、名前は...教えないけどな」

カラスの男はそう言いながら地面に降り立った。足は人間のように靴とズボンを履いている。

尾関は初めて魔族を前にして緊張を覚えた。

「噂をすればね。何か用かしら」

ハーシルは強気の姿勢である。

「ふん、魔王さまへの奉公のため、すぐそこの村を襲撃しようとしたんだが、急に雷が鳴り始めるわ、俺のところにだけ巨大な雹が降ってくるわでな...呪われた村だと思って諦めたのさ」

カラスの男は自分の羽をクチバシで撫でるようにしながら言った。

「すぐそこの村って...」

尾関はそれが先ほどまで自分たちがいた村だと悟って怯んだ。それ以上に、このカラスの男の風貌の禍々しさというか、危険な雰囲気に飲み込まれつつある。

「こういうことになってるのよ、アリィがいなかったら村は崩壊してたかもね」

ハーシルは先刻の会話を思い出させるように言った。

「手ぶらで魔王さまのところに戻るわけにも行かねえし、お前らを襲おうと思った次第だぜ。キッサ族の雌は魔族で人気もあるし、貰ってくぜ!」

カラスの男は懐から短刀を取り出してクチバシに挟み込み、羽を大きく広げて飛びかかってきた。

「尾関、伏せて!」

と、急に言われて反応できるほどの反射神経も運動神経も尾関は持ち合わせていない。

ハーシルはその事に気づいて尾関を突き飛ばし、カラス男の特攻を回避した。

「男は殺すぜー!」

カラス男は再度上空を旋回し始めた。

「あいつ、刀を...」

尾関は完全に腰を抜かし、尻を砂地につけたままカラスが旋回する様子を眺めている。

「ここはあたしがなんとかするから、そこでじっとしてて!」

ハーシルは尾関の前に出た。

「おいおい、女は傷物にしたくねえんだが、仕方ねえ。死なない程度に切り裂いてやるよ!」

カラス男は短刀を煌めかせながら猛然と尾関たちに向かって降下してきた。

そのあまりの速さに尾関は頭の中が真っ白になっている。

その先、尾関はカラス男が迫り来るまでの時間が非常に長く感じられた。

命の瀬戸際というのはこういうものかと、尾関は一周して落ち着き始めている。

カラス男は、依然としてハーシルの前方にいる。

非常にゆっくり、むしろ止まっているようにも見える。

というか、

「えええ本当に止まってる!?」

カラス男が止まって見えたのは、急場になって尾関の脳の処理能力が格段に上がったとかいうわけではなかった。

「何だこれは...!」

カラス男が降下する姿勢のまま言った。翼がはためいているところを見ると、本当に動きが止まっているわけではないようだ。

飛びながらその場に留まっているように見える。

「風が...」

気づくと、尾関とハーシルから、カラス男へと暴風が吹き荒れている。

カラス男はその風に妨害されて、それ以上近づくことができないらしい。

「そっちは南だね」

ハーシルが言った。風の吹いている方向を言っているようだ。

「魔王のとこまで飛んでいきな!」

そういうと、カラス男へと吹き荒ぶ暴風が一層強いものとなった。

カラス男はその風に吹き飛ばされ、声もなく遥か彼方へと消え去ってしまった。


風が、止んだ。

「今のは...?」

尾関はなおも尻餅をついた状態で言った。

「これが私の『追い風』スキル!」

ハーシルは自慢げに言うが、尾関はその段階では何がなんだか理解が及ばなかった。

ひとまず助かったことと、ここが思いのほか危険な世界であること、そしてまた小柄なハーシルには予想もつかないほど大きな力が秘められていることがわかった。

「いきなりこんな目にあって...この先も無事とは思えないんだけど」

尾関は立ち上がって、考えた。

アリィたちに流されるようにして旅に出たが、冷静に考えて、自分が本当に世界を救うなどという大役を果たせるはずがない。

明らかに強いスキルを持った人たちが戦うべきであって、自分のように無力な外部の人間に世界を任せるなど、理不尽で非合理的だ。

「まあまあ、今はあまり深く考えないで。あたしが命は保証するよ!」

ハーシルはひとまず魔族を退けたことが、少し嬉しいようだった。

「さ、コキマまで急ぐよ!追い風に乗って行こう!」

立ち上がった尾関の背中を押すように、風が乱暴に吹いている。

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