#2 出発
「あいつら、無事なのか?」
尾関はこの世界に出現したとき、遥か上空だった。
地表に衝突する際に不思議な泡のようなものに助けられたわけだが、もしそれがアリィによるものだったとしたら、散り散りになった彼らが同じように助かっている保証はない。
しかし、アリィは「大丈夫です」と言う。
「少なくとも、無事にこの世界にはたどり着いているはずです。地面に降り立つまでは私の『加護スキル』が効いていますから」
「カゴスキル?」
尾関は聞き慣れない言葉に眉を顰めた。
「まだ説明していませんでしたね。この世界の住人はそれぞれ固有のスキルを有しているのです。私は特定の人々を危機や災害から守る加護の力を持っています。尾関さまを墜落から守ったのも、この力です。尾関さまもこの世界に転移したことで、何らかのスキルを開眼することでしょう」
尾関は、この世界に連れて来られたこと自体が危機なんだがと思いつつも、スキルについては少し興味が湧いてきた。
「じゃあ、俺にはどんなスキルがあるんですか?」
「それは、私にもわかりません」
アリィは素っ気なく応えた。
「スキルは、百人いれば百通りのものが存在します。私たちにとっても、スキルは人から教えられるものではなく、普段の生活や予期せぬ事故などを機に自覚するのです。ですから、尾関さまも旅を続ける途中で、何らかのスキルに目覚めると思います」
「旅、ね...。そもそもどこへ向かえばいいんだ?」
「7人のお友達はばらばらの場所に落ちてしまったようですが、一人は比較的近くに落ちていくのが確認できました。この村から北東の向かったところにある、コキマという町の辺りだと思います」
「あいつらがどこに行ったのかわかるんですか?」
尾関は期待を込めて尋ねた。
「いえ、残念ながらわかりません。ただ、落ちていく軌跡は見えたので」
尾関は上空から落ちてくる際に、青空の中に幾つかの隕石のようなものを見つけたことを思い出した。
「ま、やるしかないか」
尾関は大きく息を吐いて立ち上がった。
「ありがとうございます。このような事変に巻き込んでしまったことは大変申し訳なく思っております。しかし、他に手の打ちようがなく...」
「わかった、わかりましたよ」
尾関としてもこれ以上お礼を言われたり謝罪されたりするのは却って申し訳ない気分であった。
「旅の用意はしておきました。食糧、寝袋、薬などをお渡しします。そして、見知らぬ世界を一人で旅するのは危険ですから、案内人を付けさせていただきます。私は、この村を離れるわけにはいかないので...」
「ああ、助かります。でも、加護の力とやらがあるんでしょう?」
「いえ、加護の力は尾関さまがこの地に足をつけた瞬間に消えました」
「え、そうなんですか?じゃあ、もう一回お願いしますよ」
「いえ、私がエネルギーを回復するまでは使えません。ざっと1年ほど」
尾関は使い勝手が悪いなあと思いつつも、流石に声には出さなかった。
「あ、ちょうど来ましたね」
部屋の入り口に目をやると、例の二足歩行する動物が一体立っていた。
身体中が茶色の毛皮に覆われていて、所々濃い部分や白っぽい部分が縞模様のように存在している。
毛皮の上には紺色のワンピースを身につけている。
「彼女はハーシル。キッサ族の子供です。尾関さまの世界で言うと、猫という生物に最も近いですね」
そう言われると、毛の感じや耳なんかがかなり猫に近い感じがする。
背は尾関やアリィと比べるとひと回り小さい。
「猫は二足歩行しませんけどね」
と、尾関が言うと、
「あたしを家畜と一緒にしないでよ!」
ハーシルが応えた。
尾関はその一言でハーシルの活発さと、少しの子供っぽさを感じ取った。
「猫は家畜じゃないよ。ペットだ」
「何をー !? 」
ハーシルはそれこそ猫のように飛びかかって来そうな気配を出している。
「やめなさい、ハーシル。尾関さまはこの世界を救うために来てくださったのです」
「来たっていうか、連れて来られたんですけど」
アリィが制したが、尾関は、自分が自主的にこの世界にやってきたような物言いには少し違和感を感じた。
「ハーシル、尾関さまが無事に旅を終えられるよう、手助けをしてやってください。それが私たちの世界を救うことになるのです。まずは、尾関さまにこの世界のことを話しながら、コキマの町へ向かってください」
「うん、わかったよ」
尾関たちは旅の用意を受け取ると、村を出発し、北東を目指した。