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#1 久しぶりに飲むか

尾関は25歳の会社員。

社会人4年目として懸命に働き、会社での評価もそこそこ。

趣味は読書とゲームで、学生時代にはお洒落にもこだわりがあったが、会社勤めになってからスーツの着用が増えたのでその熱もすっかり冷めてしまった。

最近、5年付き合って同棲している彼女と婚約し、近く結婚式を催す予定である。

その彼女は「彼氏のどこが好きなの ?」と人に訊かれると、決まって「いい人だよ」と応えている。

尾関は見た目も中身も仕事も趣味も、中の上くらいの男である。


とある祝日の夜、尾関は高校時代の友人と8人で飲みに行く予定であった。

SNSで婚約については報告していたが、改めて直接伝える機会が欲しかったのと、そもそも彼らとは1年以上会っていなかったので、懐かしさもあった。

「多分、今夜は遅くなるよ」

尾関は彼女にそう伝えて、玄関を出た。

彼らは郊外にある8階建てマンションの6階に住んでいた。

尾関はエレベータが来るのを待ちながら、ほとんど沈んでしまった夕日が空を怪しげな紫色に染めているのを眺めていた。

「8人全員揃うのは珍しいな」

尾関は今日のちょっとした同窓会を、開催が決まった時から楽しみにしていた。


エレベータが到着した。

「遠藤、小池、亀井、佐合、堂本、古谷、那須...」

尾関は今夜会うはずの顔ぶれを思い起こしながら乗り込んだ。

「うわっ、なんだ !?」

不意に、下り始めたエレベータが大きな音とともに激しく揺れ出した。

しかも、その音が異様だ。

機械音に混じって動物の鳴き声や人間の叫び声、波の音や草木が風に揺れる音まで聞こえてきている...気がする。

「頭が...」

その雑多なオーケストラに頭痛を覚え始め、目を強く閉じた時、体が宙に浮く感覚を得た。

「落ちる!」

体の中が急激に冷えるような恐怖を感じて目を開けると、その光景は尾関が予期していたものとは違っていた。

落ちていることに変わりはなかったが、彼はエレベータの中ではなく、どこかの上空を落下していたのである。

さらに、エレベータに乗り込むときは夕暮れだったはずが、今は青空が広がっている。

「広いな...」

咄嗟のことに脳の処理が追いつかず、尾関は眼下に広がる大陸と、果てしなく続く青空を交互に眺めながら、自由落下していた。

青空なのに流れ星か隕石のようなものがいくつか遠く視界に入っている。

「夢か」

しかし、空気抵抗が「違うよー現実だよー」と言っているように尾関には感じられる。

「夢だ !」

尾関は自分に強く言い聞かせた。

とはいえ、この調子ではあと10秒ほどで地面に到達しそうである。

真下は砂地のように見える。木々がクッションになって...という展開は期待できなかった。

「夢です !」

尾関は特に手の打ちようがなかったので、ひたすら今起こっていることが夢であると信じ続けた。

そのまま頭から砂地へと突っ込むまさにその瞬間、体を覆うように半透明の泡のようなものが出現し、尾関をゆっくりと地上へと降ろして行った。

尾関はやはり何が起こっているのか理解できなかった。

そもそもあまり理解する気にもならなかった。

勉強でも仕事でも、自分には到底及ばないようなことは最初から諦めている節が尾関にはあった。

尾関を地上へと降ろした泡のようなものは、音もなく消えていた。

「夢じゃないのか...?」

尾関は手で砂の感触を確かめながら呟いた。

「夢ではありませんよ」

不意に、背後から女の声がした。

尾関は驚いて振り向くと、白い肌に黒のショートヘアの、日本人風の顔をした女が立っていた。

目は細めで物静かな雰囲気を醸し出している。

歳は尾関と同じ20代の半ばくらいに見える。

「ご無事で何よりです」

女は静かに笑った。

「あなただけでも近くに来てくれてよかった。あなたに話さなければならないことがあります。私の住む村まで来てください。すぐ近くですから」

女はそう言うと尾関に背を向け歩き出した。ついて来い、というのである。


砂地のすぐ向こうには村らしきものが、尾関が着地した地点からも見えていた。

村には民家が数十軒点在しており、まばらながらも通行人がいる。

時折、犬やウサギのような生物が二足歩行しているのが視界の隅に入ったが、尾関はあえて直視しないことにした。

村に入ると、女は尾関のために宿を確保してくれた。

部屋は、簡素なベッドと机やクローゼットがあるだけだったが。

尾関がベッドに腰かけると、女は机とセットに置かれていた椅子に腰掛けた。

「そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。私はアリィと申します。ここの村長の娘です」

「え、はい、尾関です」

まだ状況を飲み込めていない尾関は端的に名乗った。

「あなたたちをこの世界に呼んだのは私です。急にこのような世界に連れ出してしまって、お困りかと思います。しかし、急いでお話ししなければならないことがあるのです」

アリィは表情を引き締めて話し出した。

尾関としても訊きたいことはいろいろあったが、アリィの真剣さに押されてひとまず黙って聞くことにした。

「今、この世界は魔族の脅威にあります。千年に一度の逸材と呼ばれる魔王が昨年、王位を継承し、この世界の侵略を始めたのです。ここに住む善良な人々を守るために、急いで魔王を討伐しなければなりません。そのためには、あなた方8人が魔王の前で同窓会を開く必要があるのです。しかし...」

「いや、ちょっと待ってください、流石につっこませてください」

尾関は手をパーにして突き出した。

「同窓会ってなんですか?」

「ご存知ないですか?」

アリィはあくまで真剣な表情で言った。

「いや、知ってますけど、魔王とどのような関係が?」

「それが魔王の弱点なのです」

尾関は、アリィが冗談を言っているようにしか思えなかったが、その表情が真剣そのものであり、あまりぞんざいに扱うわけにもいかないとも感じていた。

「魔王の弱点はいくつかあります。愛情、献身的な優しさ、ユーモア、勤勉さ...その中の一つが同窓会です」

「千年に一度の割には微妙なクオリティですね」

「魔王は王位継承前の高校時代、周囲と馴染めずに友情や恋愛などの、青春の甘酸っぱさを体験することが一切できなかったのです。それ故に、とりわけ高校の同窓会をひどく憎んでいると」

「魔王って高卒なんですか? っていうか、そんなことより、俺だけでなく、今日飲みに行く予定だったメンバーがみんなこの世界に来てるんですか?」

「その通りです。魔王は魔界立極悪高等学校を卒業しています」

「いや、別にそっちはどうでもいいんですけど」

「実は、尾関さまたち8人は一緒にこの村へと呼び出す予定だったのです。しかし、どうやら計画が魔族側に漏れたらしく、妨害が入って散り散りになってしまいました。私の力では尾関さまを引き寄せるだけで精一杯で...。今となっては、魔王を討伐しない限り、みなさまを元の世界に戻すことも叶いません」

「しかし...なぜ俺たちが呼ばれたんですか?」

尾関はアリィの話をすっかり間に受けている自分を少し滑稽に思いながらも、あくまで真剣な姿勢を保つことにした。

「それは、言葉では説明が難しいのですが、あなたたち8人が最適なのです。このことは、旅を進めていくうちに少しずつ理解できると思います」

「旅 ?」

尾関は予想していなかった単語に思わず反応した。

「ええ、魔王を倒すためには、あなたたち8人全員の力が必要なのです。誰一人欠けてはいけません。だから、まずは、ばらばらになったお友達を探しに行きましょう。」

こうして、尾関の見知らぬ世界での冒険が幕を開けたのであった。

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