勇者と魔王
俺達は今、魔王城の最深部で魔王と対峙していた。
「凍てつく波動よ……コールドプリズン!」
「小賢しいっ!」
仲間の放った魔法をかき消す魔王。
「貴様らなど、我が一撃で無に返してくれるわっ! 深淵よ……闇よりいでし、暗黒の炎よ……」
「させないわっ!」
もう一人の仲間が、魔王の詠唱を防ぐ為に前に出て攻撃を行った。
「チィッ!」
「今よ、勇者ッ!」
俺は剣を掲げた。
「これで終わりだ、魔王!」
「くっ……やられはせん、やられはせんぞー!」
「光よ、我が剣に宿りて、彼の者を打ち払わんことを! ホーリーブレードッ!」
俺の放った一撃は、魔王の体を切り裂いた。
「やったぁ、勇者!」
魔王の体はボロボロと音を立てて崩れていった。が、
「ぐ……貴様だけは、道連れにしてやる。勇者ッ!」
魔王は最後の力で俺の足元に何かを放った。
「なっ……なんだ、この魔法はっ! 足がっ……飲み込まれて!」
俺の体は足元に発生した闇に飲み込まれていった。
「うわぁああああああっ!」
「「勇者ッ!」」
◆ ◇ ◆
「ん……ここは?」
俺は気がつくと、薄暗い洞窟の中にいた。どうやら、どこかに飛ばされたらしい。さて、どうしたものか。取り敢えずは外に出るべきだろう。
その時だった。遠くから声が聞こえたのは。
「誰かっ……助けてっ!」
「んっ……」
俺は細目で、声の聞こえる方向を見つめると、そこには金髪の少女がこちらに向かって走ってきていた。
「なんだ……?」
よく見ると、後ろには巨大なモンスター。察するに、追われているようだ。
「あっ!」
少女はこちらに気づいたようだ。少し涙ぐんでいる。やれやれ、こっちもよく状況が飲み込めていねえっつーのに。仕方ない。
「おい、嬢ちゃん。そのまま走りな。俺がそいつの相手をしてやる」
「えっ……あっ! でも、そんな丸腰じゃ!」
そう言いながらも走るのをやめない少女。俺は走り抜けた少女の間に入り、モンスターと対峙をした。
当然、モンスターの視線は俺に移る。巨大な人型モンスターの拳が俺に迫る。
「よっと」
俺はそれをやすやすと受け止める。片手で。
「お返しだ」
反対側の手でモンスターを殴りつけた。モンスターは勢いよく後ろへと飛んでいった。
「グォオオオッ……」
それを後ろ目に見ていた少女は思わず、足を止めて振り返った。
「す、すごい……」
「ま、ざっとこんなもんだな。それで? 嬢ちゃんはこんな所で何をしているんだ?」
少女は先程まで驚いていたが、急に表情が怒りに変わった。
「嬢ちゃんじゃありません! 子供扱いしないで下さいっ!」
「つってもなぁ……」
どこをどう見ても、10歳ぐらいの子供にしか見えないんだが。金髪のロングヘアで白い服を着ている……少し変わってんな、この服。魔力を感じる。
「こ・ど・も・じゃありませんっ! 私は17歳の大人です!」
「いや、17歳は大人じゃねえだろ……あー、地域によっては大人だったか。しかし、17にはとても見えないが」
「失礼な人ですね……助けてくれたことには、礼を言いますが。私は──」
「そんなことより、外に出ようぜ。さっきの衝撃でモンスターが集まってくる可能性もあるしな」
「むう……わかりました。そうします」
少女は不満気な顔をしていたが、素直に俺の意見に従った。
洞窟の外に出た俺達。が、森の中か。
「取り敢えず、町まで案内してくれるか。嬢ちゃん」
「だから、嬢ちゃんって言うのやめてくれますっ!?」
そんな怒るところかね……。
「あー、じゃあ名前を教えてくれるか?」
「私の名前は、スィーロです。スィーロ・アフテリカと言います。貴方は?」
「スィーロ? 変わった名前だな」
「変わってませんっ! 私のいる町じゃ、最もポピュラーな名前ですっ!」
また怒らせちまった。ふむ……ポピュラーねぇ。俺は一度も耳にしたことねえけどな。
「貴方の名前をまだ伺ってませんけど」
怒りながら、スカートの裾を摘むスィーロ。あ、そっか。
「俺の名前ね。アルドだ。アルド・イギュラー。名前でわかったかもしんねえけど、俺があの勇者様だ、嬢ちゃん」
「……」
少女は訝しげに俺を睨んだ。何故?
「あの……勇者ってなんかの冗談ですか? 勇者様は貴方のような赤い髪ではなく、金髪で貴方よりももっと、お若い方ですけど」
「……」
数秒の間。そして俺は、はっとした。
「俺はおっさんじゃねえっ! まだ30だ。十分若いんだよっ!」
って、そこじゃねえわ。おかしいな。俺はそんなに世間で認知されてねえのか? 金髪野郎ってなんだ? 知らねえなぁ。
「あー……」
ポリポリと頭を掻く。
「まあ、いいわ。とにかく、町に案内してくれ」
「はぁ……それは構いませんけど」
俺達は森の中を歩いていく。至って普通の森だ。嬢ちゃん……スィーロが、洞窟から出た途端にほっと胸をなでおろしていたことから、恐らく安全な森なのだろう。
まあ、俺にとっては初見の森だ。油断は出来ないけどな。
想定外の事態ってのは、どこでも起きるものだ。安全だと思っている場所の方が、いざって時に危険になる。これは経験則だな。
ま、今の嬢ちゃんにそれを言ってもストレス与えるだけか。俺がしっかりしてりゃいいだろ。
「ところで、なんであんな場所にいたんだ?」
「……冒険に決まっているじゃないですか」
「おいおい、嬢ちゃん。子供があんな所で探検ごっこしたら、危ねえだろ」
あっ。言ってから、気づいた。
「だぁ~か~らぁ! 子供扱いしないで下さいっ!」
「すまんすまん、忘れてた」
「まったく……私は冒険者や兵士などの養成学校に通う生徒です。まあ、見習い魔法使いって奴ですね」
「魔法使いの見習いねぇ」
「こほん……見習いの私は杖がないと魔法が撃てないんです。敵との戦いで、杖を奪われてしまって……それで」
「あー、それで逃げていたわけだ」
「……しゅん」
……大人しくしてりゃ、可愛らしいのにねぇ。
さて、なんのことはなく。あっさりと町までたどり着いてしまったわけだが。
「おー、でけえ町だな。しかし、見たことねえな」
「……この国で一番大きな町ですけど。貴方、どこかの田舎から来たんですか?」
おいおい、勇者どころか田舎者にされちまったぜ。どうなってるんだ? 魔王を倒す為に、全国を渡り歩いた俺が、知らない町なんてそうそうないはずだが……しかも、こんなでかい規模の町。
「なあ。この国、なんて名前だ?」
「シルビア王国ですが」
「聞いたことねえ」
「やっぱり、田舎者じゃないですか」
おかしいな。ここへ来て、俺の感じる異変は頂点に達していた。建物自体も見たことのない構造してやがるし。俺はどこへ飛ばされたんだ?
「ギルドに案内してくれるか、嬢ちゃん」
「ええ……私もちょうどギルドに行こうと思っていましたから、それは構いませんけど……って、嬢ちゃんって言わないで下さいっ!」
嫌な予感がする。こういう時って、大抵当たるんだよなぁ……。
ギルドに到着した俺達。早速、ギルドの登録者リストを確認する。予想通り、俺の名前はそこになかった。ビンゴだな。
「はぁ……」
俺は深い溜息をついた。その様子を見たスィーロは、声をかけてきた。
「どうかしたのですか?」
「ん、ああ。ちょっとな。ここは俺のいた世界じゃないらしい」
あ、また嫌な顔された。
「さっきから、何を言っているのかよくわからないのですが」
「俺もわからん」
「はぁ?」
こんなこと、信じてくれる奴いるわけねえもんなぁ……。魔王の野郎、最後にとんでもねえことしてくれやがって。これから、どうするか。
そういって、剣の柄に触れようとしたが……よく見ると剣がなかった。
「おいおい、マジかよ」
伝説の装備もお預け喰らっちまったか。服だけはあの時のままのようだが。
飛ばされたということは、帰る手段がないとも限らないか。
ひとまずは、この世界でどう生きるか考えるしかなさそうだ。なんかすげえ真面目に考えてるな、俺。
「あ、もしかして。行く宛がないとか?」
「有り体に言えば、そうだな」
「だったら、最初からそう言えばいいのに。助けてくれた恩もありますし、当面の面倒ぐらいは見てあげますよ」
「お、マジか。頼むわ。こんな小学生に助けられる俺もヤキが回ってるけどなぁ」
「小学生じゃ、ありませんっ!」
そうして俺の異世界ライフとやらは、始まったらしい。




