第31話
冒険者ギルドの扉を開けると、いつもとどこか雰囲気が違っていた。
静かなんだけどざわざわしてて、ギルドの職員さんもソワソワしている。
何があったのか知りたい気もするけど、それはいまこの瞬間だけの好奇心にしか過ぎない。
それを知ることによって巻き込まれるかもしれない面倒くさいことと天秤にかければ、知りたい気持ちは簡単に消える。
いくら異世界に転移しても、私は主役にはなれないね。
依頼票が貼ってある掲示板をさらっと見て、良さげな依頼を複数チョイスし、受付カウンターで手続きをする。
レオンは黙って私の背後に控えている。
すべていつもどおり。
出来るだけ、いつもどおりの行動を心がけて余計なフラグを作らないようにする。
それでも災いは、来るときは来てしまうものだ。
「お前たちが『最近デビューした新進気鋭の有望新人』か」
冒険者ギルドのカウンターの奥の部屋から、ラスボスっぽい人があらわれて、大きなよく響く声で言い放つ。
いまカウンターにいるのは私とレオンだけなので、ラスボスから放たれた言葉は、私たちに向かってのものなのだろう。
正直面倒くさい。
レオンが音もたてずに私とラスボスの間のスペースに入り、警戒してくれる。
さすがレオン、頼りになるよ。
その様子を見たラスボスは、
「ほう、なかなか」
と言って、ニヤニヤしながらレオンを観察している。
私はレオンの影にすっぽり隠れるようにして安全地帯の確保に努めている。
ひとまとめにして、高い位置で縛っているプラチナブロンドの長い髪。
レオンよりは小さいけれど、私より背が高く、体幹も鍛えられていてがっちりとしている。
美人なんだけど、それよりも強いオーラみたいなのが圧倒的で、そのラスボス感に飲み込まれそうになる。
この人、間違いなくただ者じゃないよ。
なんていうか、女帝?
関わり合いたくない、絶対。
色々巻き込まれる系の物語が始まるやつだ。
「そこの男、時間があったら是非手合わせ願いたいものだな」
ラスボス女帝の興味は、主にレオンに向かっているようだ。
レオンは無言を貫いて、油断せずに私の盾になってくれている。本当にありがたい。
ニヤニヤ笑って眺めるラスボス女帝と、淡々と警戒するレオン。
これをどうしろと。
そんな誰も割って入れないような空気の中、
「カリーナ、自重しろ。不審がられている」
女帝に注意を促してくれる勇者が現れた。
ラスボス女帝はカリーナというお名前らしい。
勇者は、これまた全身が素晴らしく鍛えられた戦士って感じのおじさんだ。
見た目は40台くらいかな?
浅黒い肌に、彫りの深い顔立ち。
茶色の髪は、短く刈り込んであるけど乾燥してパサパサだ。
使い込まれた筋肉に、指先まで意思があるような動き、動作がに自信がにじみ出てて、雰囲気がイケメン。
かっこいいし。
金属で出来た胸当てに、革の腰当て、手足は金属パーツで補強された部分的な防具?みたいなの付けていて、黒っぽく統一されている。
年齢以上に、色んなことを経験して、辛いことも楽しいことも悲しいことも全部消化して、それでも陽でいられる強かで柔軟な心と身体…的な人なんだろうたぶん。
ラスボス女帝はアレだけど、コッチのイケオジ勇者は良い人そうだなー。勘だけど。
私はかなり、かなーり、イケオジ勇者をガン見していた。
ちょっと気持ち悪いくらいに。
そしたら、
「お前の男の趣味は悪くないと思うがな。コレは私の連れだ。味見くらいは許すが、やらんぞ」
女帝からあらぬ疑いをかけられた。
「え、いえ結構です」
気持ち悪かったですよね。ほんとすみません。
物欲しそうな顔でもしてたんでしょうかね。
お恥ずかしい。
心なしか、女帝に上から目線で鼻で笑われているような気がします。うう。
「まあ良い。で、期待の新人のお前たちに指名依頼をしたい」
ギルド内には、それほど人は多くなかったけれど、それなりにはいて、女帝の指名依頼って言葉に、うぉーってなっていた。
やだなー。いろんな意味で。
どう考えてもこの依頼は高位のものだろう。
ひょっとするとギリギリの戦いになるかもしれないくらいの。
報酬はそれなりなんだと思うけど、きっと割に合わないに違いない。
あと、人にものを頼むのに、デカい態度なのもやだ。
あと、そもそも誰だよこの人。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
取り敢えず、名前くらい名乗ろうよ。
「私は、カリーナ・ブロアだ。この町でAランク冒険者をしている」
女帝は、全く悪びれずに自己紹介してくれた。
名乗られたのなら、こちらも名乗り返さないといけないね。
「Eランク冒険者のリリです。つい先日、この町に流れ着いて冒険者始めました。新進気鋭かどうかはわかりませんので、貴女がお探しの冒険者かどうかは判断しかねます」
すごい怖いけど、女帝の目を射抜くくらいの気持ちで見つめる。
野生動物の、目を逸らしたら負け的なやつだ。
「まあ良い。で、私の依頼を受けるか」
「どのような内容の依頼かは存じ上げませんが、Aランク冒険者が依頼するようなものを、Eランク冒険者の私が受諾できるとは思えません」
内容もわからない依頼なんて受けるはずない。
「依頼内容は今ここで言う訳にはいかぬ。だが、報酬ははずむ」
これはダメなやつだ。
物語的には起承転結の「承」から「転」に移るキッカケ的なイベントだと思う。
命がけの予感しかしない。
「申し訳ありませんが、お断りします」
こういう人には、キッパリと言葉にしないと伝わらない。空気を読むとか、女帝の辞書には絶対載ってない。
「ほう、面白いな」
きっと周りから見たら、大型肉食動物に、小型の室内犬が、必死にキャンキャン吠えているように見えるだろう。
大型肉食動物は、あくまでも余裕で、小型犬の感情の起伏を面白がって見ているだけだ。
「それでは、他の依頼を受けていますので、これで失礼します」
どう言っても、何を言っても、女帝は揺るがない。
それであれば退散だ。
他にも選択肢はたくさんあるのだ。
ギルドの職員さんたちがざわざわしているようだったけど、脇目も振らずに出口へ。
レオンは黙ってついて来てくれている。好き。
女帝が、何をやらせたいのかわからないけれど、私とレオンの命を引き換えにしてまで受ける価値はない。義理もない。
この町は、帝国の決まりごとに基づいて領主である辺境伯が決めたルールが全てだ。
大雑把なルールは、自分の身は自分で守れ、だ。自分で守れないなら、家族やパートナーに守ってもらえるようになれというもので。
だから私は、自分とレオンとアビエルを守ることだけ考えるのだ。
町とか国とか世界なんて救えない。
まずは自分を。
その次に、周りの大切な人を、手の届く範囲だけ。




