第3話
いきなり男の声がした。
心臓が飛び上がった。実際、身体が少し浮いた。
頭がキューンとなって、血が下がっていくのがわかった。
恐る恐る声のした方に視線を向ける。
積み重なった死体の山を凝視していると、山が微妙に動いている。
死体の山だと思っていたら、生きてる人がいるらしい。
絶対これ放置一択なんだろうけど、…なんだろうけど、目が覚めてから初めて出会った人ということになる。
都合の良いことに言葉も通じている。
上に積み重なっていた死体を太めの木の枝で突いて転がしてみると、目隠しされて、腕と足を拘束されてるゴツい金髪マッチョが出てきた。
片方の腕はぱっくり切られてて今にももげそうで、打ち身とか齧れたみたいな傷とかすごいことになってるけど、かろうじて生きてるレベルだ。
拘束されてるし犯罪者とかだとヤバいな。
うーん。どうしよう。
でもかなり弱ってきてる。
ヒールとか、ポーションとかの実験のチャンスとか思えばいいのかな。
万が一、ピンピンに元気になっても拘束されてるし、目隠しされてるし、すぐに危険はないかも。
よし、袖振り合うもナンチャラだ。
回復したげよう。
まず、効果の低いやつから順番に。
まず、「ヒール!…うわ」
こっわ!打ち身とか切り傷とか一瞬でふさがったよ。
でもぱっくりな部分はダメだった。
あ、これ、液体の方がいいのかも。
ポーション液体をパックリ開いた傷口にかけてみる。
ポーションでは、血は止まるけど塞がらないようだ。
次に、ハイポーションをかけてみる。
何事もなかったみたいにふさがった。
これ便利だわー。
まだ血が出てるので、ゴロンと横にしてみると、背中にもぱっくりな傷がある。
今度は、なんとなくヒールじゃなくて、この傷を治すって思ってヒールの魔法をかける。
ハイポーション液体を使った時と同じように傷が塞がった。
魔法の効果の強さは感覚らしい。微妙だな。
目に見える傷はなくなったので、状態異常回復魔法のリペアと、清浄魔法のピュリファイをかけてみる。
なんとなく清潔な感じになった。
伸び放題のヒゲはそのままだけど。
「治療感謝する。他の者は死んだのだな」
金髪ちょいイケ細マッチョさんは、目隠しされた目でコッチを見てくる。
「教会の聖女なのか?」
聖女って、ラノベか。
「帝国にはこの傷を治すような高位の治癒師がいるのだな」
この人、声も話し方も落ち着いてるし、悪い人ではなさそうなんだけど、どうして拘束されているんだろう。
まさか誘拐?
うーん、こんなゴツい人を誘拐とか、デメリット多すぎか。
「…警戒するのは理解出来るが、ここは辺境の街道だろう?このまま死体の側にいれば、魔物が来るのではないか?」
まじか。やっぱり魔物いるのか…。
逃げよう。
第一印象では、悪い人には見えないけど、悪い人じゃない可能性もたくさんある。
こっちは自分の身も守れないからね。
「待て!」
立ち去る気配を察知したのか、謎の金髪ちょいイケ細マッチョさんは、足と手を拘束されているのに、ヒョイと起き上がって慌てて縋るように私を引き止める。
腹筋すごいな!
「私はアストラル国の者だ。
先の大戦で、隣国と戦って負けた以外の犯罪は犯していない。
このままだと、敵が来ても戦えない。
せっかく助けられた命、無駄死にしたくはないのだが」
勝てば官軍負ければ賊軍てやつね。
戦争で負けるのは犯罪なのかあ。怖いね。
国が実施した殺人大会に、国の命令に従って参加して、
それで負けたら相手国の奴隷になるとか、ホントとんでもないな、戦争。
でも、ごめん、同情はするけど、命をかける気はない。
じゃ!
「待て!せめて、足の拘束を解いてはくれないだろうか。あと出来ることなら目隠しも外して欲しいんだが」
うーん。
たしかに、歩けないと攻撃されても逃げられないし、目が見えないのも無理か。
それくらいはやってあげてもいいか。
そろそろと戻って、金髪ちょいイケ細マッチョさんの目隠しをはずす。
片目に大きな傷があった。
だいぶ昔の傷のようだ。
イケメンなだけでなく、迫力もある。
「感謝する」
ワイルド系だな。
訂正、金髪ワイルド系イケメン細マッチョさんだ。
「…足の拘束具は解除出来ないか?」
ガン見してたら、足もやれと催促された。
なんか命令し慣れてる感じ。
ついホイホイと言うこときいてしまいそうになる。
「鍵は?」
足と手は、ロープとかじゃなくて、金属の道具で拘束されている。
鍵とかいるよねこれ。
しゃがみこんで金髪ワイルド系イケメン細マッチョさんの足を見てから、顔を見上げる。むり。
「これは奴隷拘束だ。奴隷の主人のみが解除出来る」
じゃあダメじゃん。
「いや、俺を連れてきた奴隷商人は、そこで死んでいるので、今の俺は主人のいない状態だから、其方が主人登録すれば良い」
「えー、奴隷とか要らないし」
自分1人でも生きていけるかわからないのに、こんな見ず知らずの金髪ワイルド系イケメン細マッチョさんの人生まで背負えない。
「俺は魔物と戦える」
空気を読んで、自分出来るアピールをしてくる金髪ワイルド系イケメン細マッチョさん。
就活面接かよ。
いやいやいや、魔物と戦えるってことは、私なんて瞬殺出来るってことですよね。
やはりここは丁寧にお断りします。
「申し訳ないのですが…「見たところ丸腰のようだが、攻撃魔法が使えるのか?
町からそう離れていない場所なのかもしれないが、街道を一人で歩くなど少し無謀ではないかと思うのだが」」
セリフかぶせてきたよ。
まあ確かにどう考えても、たまたま大丈夫なだけって知ってる。
「初対面の俺を信用する必要はない。奴隷登録すれば、主人に危害を加えることは出来ないし、命令には絶対服従なのだから、其方に悪いことは出来ない」
ほう。
案外悪くないのかも。
初めての異世界ひとり旅で、何かに襲われた死体の山に遭遇してしまった現状を鑑みると、残念ながら生き抜くビジョンが見えてこない。
なるほどこれはむしろラッキーと捉えるべきか?
「もしや、奴隷登録の仕方がわからないのか」
「ええ、まあ」
ここは流れに乗っておこう。
見ての通り犯罪奴隷って言ってたけど、どの辺りが見ての通りなのかすらわからないし。
「そこの奴隷商人から、奴隷商人の首飾りを取ってくれ」
死体から剥ぎ取るのか…マジか。
…奴隷商人ってどれだよ。
金髪ワイルド系細マッチョさんの視線の先には、5人くらいの死体がある。
殆どが、金髪ワイルド系細マッチョさんみたく半裸で拘束されてる男の人だ。
服着て首飾りしてる人は一人だけ。
中肉中背の地味な感じの男。特別、悪人ヅラって訳でもない。
なるべく血に触れないように、首飾りを取る。すごい気持ち悪い。死ぬ。
首が千切れそうになっていたので、引っ掛けないようにする。
気持ち悪いので、ピュリファイの魔法をかける。おーキレイになった。便利。
念のために自分にもピュリファイする。
私の行動の一部始終をガン見していた金髪ワイルド系イケメン細マッチョさんは、すかさず、
「それを自分の首にかけてくれ」
と、指示を飛ばす。
ぐちゃぐちゃ死体から剥ぎ取った首飾りを身につけろ、と。
この人の言われたとおりにするのってホントに正解なのか。
疑問が浮かんでくるがもう後には引けない。
涙目になりながら、首にかける。
なんか光った。やだーこわーい。
「よし、それは所有権登録タイプの装備だからな。其方はこれで、奴隷商人になった」
「は?」
いまなんと?